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32 手芸教室は布教活動の一環です。

 今。

 赤岩の町では。

 手芸ブームが起こりつつあった。


 発端は、バナナが作った、フェルトの乙女神マスコットだった。

 絵がうまく、手先が器用なバナナが作ったそのマスコットは、なかなかに愛らしく、商店街で売り出してもいいくらいの出来映えだった。

 乙女神マスコットはキーホルダーに加工され、イチゴとメロン、それにトマトにもプレゼントされた。

 キーホルダーは、4人のランドセルと通学カバンに仲良く吊る下がり。

 女の子たちの注目を浴びた。


 そして。


 自分にも作って欲しいという女子たちが、バナナに殺到した。

 クラス中どころか、学校中の女子に詰め寄られ、だったらおれたちも欲しいという男子(こっちはバナナお手製のキーホルダー、しかもお揃い、というところに心惹かれたようだが)たちまでもが殺到した。

 流石に困っていると、

「作ってあげるんじゃなくて、作り方を教えてあげればいいんじゃないかな?」

 メロンの天の一声がバナナを救った。


 そんなわけで。

 バナナお手製の型紙と作り方(布教活動の一環ということで、茜がコピーをしてくれた)が、みんなに配られることとなったのだ。休み時間には、分からないところをバナナが教えてあげたりと、プチ講習会が開かれることもある。

 型紙はトマトを通じて中学校にも広がり、茜によって公民館にも持ち込まれ、ついには婦人会のおばさま方を巻き込んで、公民会主催の親子で参加できる手芸教室まで開かれることになった。まだ針が持てない低学年の子たちには、こちらをおススメしている。

 おまけにその内、おばさま方の作ったキーホルダーが、商店街で売り出される予定だという。

 

 クラス中が、休み時間になると裁縫箱を取り出して、チクチクとやり始めた。

 女子だけでなく、男子もだ。

 イチゴとメロンも、チクチクとやり始めた。

 既に、バナナお手製の既製品張りのキーホルダーを持っている二人だが、何となくクラスの雰囲気につられたのだ。

 イチゴの机に裁縫箱と椅子を持ち寄って、二人でチクチクしていると、裁縫箱がもう一つ、追加された。

 バナナ、ではない。

 バナナは、みんなに請われるままに、教室内を忙しく飛び回っている。大変そうだが、楽しそうでもあった。

 追加された裁縫箱の主は、桃花だった。

 どうやら、また話したいことがあるらしく、椅子も持参している。

 イチゴは面倒くさそうに、メロンは面白そうに、机の上に桃花のスペースを開けてやる。

 メロンが椅子を寄せて空いたスペースに自分の椅子を置いて座ると、桃花は裁縫箱から作りかけのマスコットを取り出し、何の前置きもなく話を切り出した。


「二人は、バナナ君のことが好きなの?」


 直球だった。

 好きなら、どっちでもいいから、早くバナナと付き合えばいいのに。そうしたら、男子たちの目も、アンズの目も覚めるに違いない。

 そういうことなんだろう。


「好きだけど、桃花の言うような好きとは違うかな」

「わたしも、そうかなー」

 バナナのことは好きだけれど、男の子として好きだと思ったことは一度もない。むしろ、うっかり男の子だと忘れていることの方が多いくらいだ。

 なので。照れも動揺もなく、サラッとイチゴが答えると、メロンもそれに続いた。やっぱり、サラッとしている。

 桃花はその答えが納得いかないらしく、顔を歪めた。それなりに綺麗な顔が台無しだが、ある意味勝気な桃花にはお似合いの表情でもあった。

「二人ともバナナ君が好きだから、相手に遠慮してる、とかじゃないの?」

 今日は攻めてくるなーとイチゴがのんびり考えていると、冷気が漂ってきた。

 メロンシャーベットのように、甘くて冷たい声が、静かに響いた。

「たとえそうだとしても。それ、桃花ちゃんには何の関係もないよね?」

 顔はおっとり笑っているけれど、でも、目は笑っていない。

「か、関係なくない!」

「関係ないよね?」

「っ!」

 反論する桃花に、メロンは甘く冷たく凄んでみせた。桃花は、言葉を続けられず、押し黙ってしまう。

 一体、何がそんなにメロンの琴線に触れたのか。

 さっぱり見当がつかなくて、イチゴは平静を装いつつも、その実、桃花以上に動揺していた。

「わたしたちの関係は、わたしたちが決める。桃花ちゃんのために、それを変えるつもりはないよ? 桃花ちゃんが欲しいものは、桃花ちゃんが自分で手に入れて」

 言い終わると同時に、冷たさは消えた。

 言いたいことを言ったら、それで気は済んだらしい。いつも通りにほわほわと、マイペースに針を進めている。

「………………」

 桃花は手を止めたまま、無言でメロンを見つめていたが、くっと唇を噛みしめて、手元に目線を落とす。

 ゆっくりと、その針が動き始める。

 完全に、勝負はついた、と思ったのだが。まだ、席を立つつもりはないようだ。

(あたしの方が居た堪れないから、早く、どっか、行ってくれないかなー)

 もはや、何を言ってもこの空気は変えられないと、イチゴがひたすら針仕事に集中していると、独り言めいた桃花の声が聞こえてきた。

「大体、確かに可愛いけど。でも、いくら可愛いからって、男の子なのに、あんなのおかしいよ」

 桃花の目線は、手元に落ちたままだ。

 まあ、それには確かにイチゴも同意する。

「イチゴが、赤石の蔵の力を使って、バナナ君に呪いでもをかけたんじゃないの」

「いや、何のために?」

 それには、同意できない。

 負け惜しみのような桃花の言葉に、イチゴは思わず反応してしまった。

 そう、本当に。反射的に、言葉を返していた。

 蔵の呪いを引き合いに出されたことに対する怒りとかは、一切ない。

 本当に。純粋に。

 ただ、疑問に思って。

 聞き返していた。

 蔵の力を使って、バナナ君が男子たちからモテモテになるようにして、それで。

 それで、一体、イチゴに何のメリットがあるというのか?

 心から純粋に、疑問に思ったのだ。

 再び冷気を纏い始めていたメロンは、イチゴが気分を害しているわけではないことに気が付いて、冷気を引っ込め、様子見に徹することにした。イチゴが気にしていないなら、話が面白く転がる方がいい。

 そして、メロンが見守る中。問い返された桃花は。

「………………」

 しばし、真顔でイチゴの顔を見つめ、視線を右に左にと動かした後、気まずげにイチゴからは目を逸らしながら言った。

「…………えーと、バナナ君に群がる……男子たちのおこぼれ……に、預かるため……?」

 流石に無理がある……という自覚があるのか、段々、声が小さくなっていく。

「何のために、そんな悲しいことを?」

 半眼で桃花をじっとりと睨み付けながら、イチゴはここでようやく理解した。

 先ほどの桃花の発言は、正真正銘ただの負け惜しみで、何か深い意味があってのモノではなかったのだということを。

(つい、うっかり、本気で聞き返しちゃったよ……)

 心なしか、頬が赤らんできた。

 手の動きが早くなり、比例して縫い目が雑になっていく。


「あっは。おこぼれの男子は、いらないよね~。桃花ちゃんって、面白いこと言うよね~」

「う、煩い! それくらい、不自然だってこと! それに、イチゴのせいじゃなくても、蔵の呪いのせいってことはあるかもしれないでしょ!?」

「あ。桃花ちゃん、蔵の呪いとか信じるんだ? 意外」

「そ、そういうわけじゃないけど!?」

「赤岩様に、バナナ君の呪いを解いてくださいってお願いしたら~?」

「あー、そうだね。そうしたら、呪いが解けて、バナナ君も普通の男の子に戻るかも」

「の、呪いなんて、信じてないし! それに、バナナ君だって、今はああでも、中学に入れば急に成長して、おっさんみたくなっちゃうかもしれないし! そうしたら、さすがに男子たちの目も覚めるはずだし!」

 桃花、再びの負け惜しみは、イチゴとメロンの心にクリーンヒットした。

「お、おっさんになった、バナナ君……」

「そ、想像できない。見たくない。バ、バナナ君は、永遠の魔法美少女ってことで!」

「赤岩様に、お祈りしとこうか?」

「ちょ、ちょっと、やめてよ!」


 きゃいのきゃいの、やっている内に、予鈴のチャイムが鳴り響き。

 今回は、ここまで、となった。


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