31 フルーツ祭り
その日、商店街はかつてない賑わいを見せていた。
毎週、土曜日の午前中には、商店街で魔法少女たちのパレードがある。
そんな噂が流れたのだ。
次のパトロールは、車を使って町の反対側に行ってみようかという話になっていたのだが。
「町の者に期待されているのなら、応えねばならない! 神として! よいか、皆の者! バッチリ、町の者に我の存在をアピールして、信仰度アップに努めるのじゃ!」
という、赤岩様の鶴の一声と。
「商店街の活性化のために、この間のアレ、もう一回やってくれない? ていうか、もういっそ、毎週やってくれない?」
という、商店街会長さんのお願いを受けて。
“この間のアレ”をもう一度やることになったのだ。
先頭は、バナナと茜。その後に、イチゴとメロンが続き。殿はトマトが務める。
商店街の人たちの手配で、完全にイベントの体になっており、人だかりはできているものの、通りの中央にはパレードのためのスペースが確保されていた。
魔法少女たちは、赤岩様のアピールをしながら、通りの中央を行進するのだ。まあ、さして大きくもない商店街なので、行ったり来たりを繰り返すだけなのだが。
客層は、小学生男子と女子中学生がほとんどだが、小さい子供を連れたお母さんたちも多い。
後者は純粋に魔法少女イベントを楽しみに来ているのだろうが、前者は明らかにバナナとトマト狙いだった。小学生男子からも女子中学生からも、パレードが始まる前からキャーキャーと歓声が上がっている。
そして。商店街会長さんの挨拶の後。
何の練習も打ち合わせもなく、パレードは始まった。
「手を振りながら、通りを行ったり来たりしてくれれば、それだけでいいから!」
という、会長さんの声に送り出されて。
「あ、お気に入りのお店とか商品とかあったら、遠慮なく宣伝してもらって構わないからね?」
という少々図々しいお願いは、
「今回は、赤岩様の知名度アップがあたしたちの目的だから。そっちは、気が向いたらね」
茜に笑顔で流されていた。
「町を守る乙女神、赤岩様に清き一票をお願いしまーす!」
「お願いしまーす♥」
(選挙の応援か!?)
と、内心激しくツッコミを入れつつも、イチゴも笑顔で手を振った。
最初はあまり乗り気ではなかったものの、小さな女の子に手を振り返してもらえると、ちょっと嬉しくなってくる。作り笑いは、段々と本物の笑顔になっていった。
「赤岩様を、応援してねー!」
小さな女の子やお年寄りに向かって、積極的に手を振り、笑顔を惜しみなく振りまく。
バナナが男性陣の視線を掻っ攫うのはいつものことなので置いておくとして、今回、トマトも大活躍だった。女子中学生だけでなく、お母さんたちやおばさま方の視線をほぼ独り占め。おニューの騎士風の衣装の効果も相まってか、手を振るたびに甲高い矯正がそこかしこで上がる。
そして、まったくの戦力外だったにも関わらず、意外と人気を集めたのが、大人の魔法少女・茜…………の腕の中に抱えられたくま天使だった。
絶対に喋るなと厳命されたくま天使が、茜の腕の中で大人しく手を振っている。
声はおっさんだが、見た目は可愛いテディベア。
「可愛いー」
「どうやって動いてるのかな?」
「あたしも、あれ欲しいー」
イチゴたちよりも少し小さいくらいの女の子たちは、くま天使に夢中のようだった。
信仰度が上がっているのかは兎も角。
パレード的には大成功だった。
途中休憩の時には、商店街の人たちがアイスやらジュースやらを差し入れてくれるのだ。
(これ、毎週、やってもいいかも……)
振る舞われたイチゴソース入りのソフトクリームを頬張りながら、イチゴは現金にもそんなことを思い始めていた。
程よく疲れた体に、冷たくて甘いものが沁み渡る。
魔法少女と護衛騎士が、ほっと一息ついた、まさにその時を狙って。
事件は起きた。
「やってられっか! こんなことーーー!!」
おっさんの声が響き渡る。
くま天使が脱走を図ったのだ。
ソフトクリームに身も心も蕩かされ、すっかり緩んだ茜の腕を振りほどき、華麗に一回転。スタッと着地を決めると、そのままダッシュ。
魔法少女たちが、ソフトクリームを手にしたままポカンと見送る中、取り囲んでいる人々の足の間をすり抜けようとして。
そこで、あえなく逃走劇は失敗に終わった。
後ろから伸びてきた手が、ひょいとくま天使の体を持ちあげたのだ。
「ちゃんと、捕まえておけって言われてただろ。大人なんだから、アイスに夢中になって、務めを疎かにするなって」
呆れ声で窘めながら茜の手にくま天使を戻してくれたのは、トマトだった。
慌てず、動じず。大股歩きで、逃げたくま天使の後を追い、難なく捕獲したその手腕に、イチゴは珍しく素直に感心した。
「まったくじゃ、いい大人が。しかし、なかなか意外とどうして、やるもんだのう、トマトよ。我は少し見直したぞ?」
感心したのはイチゴだけではなかったようで、偉そうな幼女の声がくま天使から聞こえてきた。
テディベアに憑りついたまま封印されてしまった小物妖怪、にさらに間借りしている赤岩様だった。
町の信仰度が少々上がったことにより、くま天使の目を借りて蔵の外の様子を見たり、声を届けたり、と言った芸当が出来るようになったのだ。
この間、蔵の二階にくま天使を呼び寄せていたのは、こういった思惑があってのことのようだ。
「あ、赤岩様。しー、しー。みんな、騒ぎ出しちゃってるよ。どうするの、これ?」
人だかりが騒めき出したことに気が付いて、イチゴが小声で赤岩様にストップをかける。
ぬいぐるみが、おっさんの声で叫んだり、勝手に動いたり、幼女の声でしゃべったりしたのだ。
当然と言えば、当然だ。
「ここは、おれに任せろ!」
自信満々で、人垣の方へ一歩を踏み出したのは、いつの間にかソフトクリームを食べ終えていたバナナだった。
「え? 任せろって……」
どうするつもり、と聞き終わらないうちに、演説が始まる。
「みんな。聞いてくれ! このくま天使は、赤岩様のお使いで、おれたち魔法少女の協力者、そう、マスコットキャラなんだ!」
「おー……」
小っちゃい子たちは、目をキラキラさせてくま天使を見つめだした。
身も蓋もないが、分かりやすい。小さいお友達には、大変、効果的な説明だった。
「くま天使は、悪戯好きで、しょっちゅう赤岩様の下を抜け出して、町で悪戯をしようとしているんだ。でも、悪戯をして人に迷惑をかけると、くま天使は天使の資格を失って、悪魔のデビクマになってしまうんだ。そうならないためにも、もしも、くま天使が赤岩様から脱走して町をウロウロしているところを見かけたら、すぐにおれたち魔法少女に教えてくれよな!」
「はーい!」
「はーい♥」
小さなお友達たちは、手を上げて元気に返事をしてくれた。
ついでに、バナナに見とれていた男子たちも、少々ピンク成分の混じった声でお返事をしてくれた。
そして。
大きなお友達たちはというと。
「なーんちゃって。腹話術でしたー」
「あー、なんだ。赤石の腹話術か」
「だったら、こーいうこともあるかも知れないわね」
茜の大分無理がある説明に、何故かあっさりと納得してみせた。
(ちょっ! いくら何でも、それで納得するって、大らかすぎるでしょ! この町の人たち~!)
子供たちは兎も角として。
いい大人が、こんなことでいいのかどうか。
町の行く末が心配になるイチゴであった。




