30 おニュー!
白地に金の飾り紐。
ベルサイユとか宝塚とか、そんなイメージ。
胸ポケットに、イチゴ・バナナ・メロンのカラフルな刺繍が施されているのはご愛敬。
コスプレ……というレベルではない、かなり上等の生地と仕立のそれは。
魔法少女の護衛騎士というコンセプトで制作された、バナナの母、きみ渾身のニュー衣装だった。
魔法少女護衛騎士を任されたのは、イチゴの兄、トマトだ。
キリリと顔を引き締めて黙って立っていれば、なかなか様になっている。
「うんうん。よく似合ってるな! へへー。他にもいくつかデザインの案あったんだけど、おれがそれを選んだんだぜ!! それと、胸ポケットの刺繍はおれがやったんだ!」
「バ、バナナが、俺のために、これを……?」
「おう!」
「その愛、しかと受け取った! 可憐な魔法少女の護衛は、この俺に任せてくれ!」
「あはは、護衛って。魔法少女は正義の味方でアイドルじゃないんだぜ? 守るなら町の人たちだろ? あ、でも。魔法少女がピンチになった時に助けに来てくれる仮面がいるって、母さんが言ってたな。んーと、おれはいいからさ。イチゴとメロンがピンチの時は、二人を助けてやってくれよ!」
「バナナ……! メロンちゃんは兎も角、うちの愚妹のことまで気にかけてくれるとは。任せてくれ、バナナは俺が必ず守る!」
「え? いや、だから……」
熱く盛り上がって……約一名が鬱陶しく熱く盛り上がっている男子トークを横目に、女子は女子で、トークに花を咲かせていた。
「なるほどー。これで、女子の信者を取り込もうという魂胆だね!」
「顔を引き締めて黙って立ってれば、結構イケるしね」
「なるほど、そうした効果も見込めるのか。これは、一石二鳥というものかの」
手乗り幼女、赤岩様がころころと笑う。
トマトのニュー衣装は、赤岩様の指示により作られたものだった。
今は、金曜の夕方。完成したのは昨日の夜。
明日のパトロールまで待ってもよかったのだが、待ちきれない人たちによって、早速お披露目会が開かれたのだ。
先ほどまでは、茜と竹蔵もいたが、出来栄えを確かめて写真を何枚か撮ると、すぐに引き上げていった。
イチゴたちが初めて魔法少女服に袖を通した時には、もう少し写真撮影会も盛り上がっていたのだが、あっさりしたものである。
トマトの方も、今更、母や祖父にチヤホヤされたいわけでもないので特に気にした様子もなく。というか、気になるのは、バナナの視線だけのようだった。
わざわざ衣装を新調した理由が、布教活動以外に思い付かないイチゴとメロンは、ポテチをパリパリしながら首を傾げた。
「トマトは今一つ神装束の力を引き出せておらんかったからの。我としては、戦力アップのつもりだったのじゃが」
「戦力アップ?」
「服を新しくしただけで、戦力アップになるの?」
トマトは竹蔵の元で、赤石の術者として、今まで以上に修行に励んでいるのだが、あまり成果は上がっていない、とは聞いていた。
札を使って、妖魔を滅したり封印するのが竹蔵のスタイルで、師が竹蔵しかいないトマトも自然とそれに習う形となったのだが。トマトの方は、何とか妖魔を封じたりは出来ても、滅するにはまだまだ修行が圧倒的に足りなかった。死ぬ気で物凄く頑張れば、いずれは何とか出来るようになることもあるかもしれないという、竹蔵のお墨付きだ。つまり、頑張っても望みは薄い。
神装束の力を引き出すことが出来れば、そのトマトでも、札の力で妖魔をやっつけちゃったり出来るようになるんだろうか? だとしたら、イチゴとしてもぜひ応援したいところだった。
少しだけとはいえ、イチゴも魔法を使えるようになった今。役に立たないトマトの代わりに赤石の役目を引き継ぐことになり、大人になっても魔法少女として活躍する羽目になるのは、何としても阻止したかった。
魔法少女は、少女だけの……いや、子供たちのだけの特権であって欲しい。
イチゴは切にそう思う。
「もっとこう、それっぽい衣装で、制作にバナナが関わっておれば、少しは効果が得られるかと思っての」
「あー、確かに。主にバナナ君効果だけど」
「バッチリ、やる気が大業火だね」
手乗り幼女がチロリと横目で流し見た先では、トマトがまだ熱弁をふるっている。バナナは付き合うのに少し飽きてきたようで、頷いてはいるものの心はどこか遠くへ飛んでいるようだ。いつの間にやら抱き寄せたくま天使の頭を高速なでなでしている。
だが、それだけで本当に、行き成り強くなったりするものなのだろうか?
そもそも、イチゴたちはまだ、トマトがオカルト的な意味で活躍しているところを見たことがない。一応、竹蔵と共に何度か“お役目”をこなしてはいるらしいのだが。
どこまでが本人の力で。どこまでが竹蔵の手助けなのか。
二人はじっと赤岩様を見つめた。
赤岩様は、何も言わずとも二人の疑問&不信を感じ取ってくれたようだ。
フッと笑って、こんなことを言った。
「まあ、普段は何の役にも立たないかもしれんが。いざという時に、何某かの力を発揮できるかもしれんじゃろ? 敵の正体が、まるで分っとらんからの。もしもの時のために、打てる手は打っておこうと思ったのじゃ。全くの無駄になる可能性もあったがの。じゃが、町の信仰度アップに繋がるなら、それだけでも新調した甲斐があったというものじゃ」
カラカラと、赤岩様の笑い声が蔵の二階に響く。
「あー……」
「なるほどー」
メロンは素直に感心しているが、イチゴはガクリと肩を落とした。
(頼むよ、兄貴。あたしは、大人の魔法少女にはなりたくないから!)
イチゴの願いを叶えてくれる神様は、ここにはいないのかも知れなかった。




