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27 アンズ・タイフーン

「うふふー。男の子に呼び出されるなんて、初めてだよね。ちょっと、ドキドキするね、イチゴちゃん!」

「えー? …………って、まさか、メロン! あんた、アンズ君のことが好きなわけじゃないよね!? あたしかメロンのどっちかが告白されるのかも? とか思ってるなら、考え直して! これ、絶対、そういうんじゃないから!」

「あははー。やだなー、イチゴちゃん、分かってるよー。わざわざこんなところに私たち二人だけを呼び出したのはー、『これからは俺がバナナを守る!』とか、そういう話だよね! きっと!」

「ほっ。なんだ、分かってるならいいけど。まあ、それは言い過ぎでも、バナナ君のことを聞かれるか、土曜日の事件のことを聞かれるか、その両方か。そんなとこだよね」


 月曜日。昼休み。体育館裏。

 イチゴとメロンは、都会からの転入生アンズに呼び出されていた。

 と言っても、アンズはまだ来ていない。

 男子は体育館でドッチボールをしている。アンズは、途中でうまく抜け出すから、体育館の裏で待っていて欲しいと、教室を出る前にイチゴにこっそり告げたのだ。

 放っておいて変な風に暴走されるよりは、一度話を聞いたうえで必要なら何らかの釘を刺した方がいいと判断し、イチゴはアンズの誘いに応じることにした。メロンも二つ返事でイチゴの意見に同意し、二人はなるべく人目につかないように、体育館裏へとやって来たのだ。


「そうなったら、やっぱり決闘かなー? バナナ君を守るのはわたしたちだー! とか言って! 相手は男の子なんだから、二人がかりでもいいよね?」

「なんで、いきなり決闘!?」

「ふふ。女子の前で下半身ひん剥いちゃってー。人のことよりもまず、自分自身のバナナを守れるようになるんだな! とか!」

「どこで覚えてくんの!? そういうの!?」

「ふ、ふふー」

 メロンは楽し気に笑っている。

 頼もしいけど、時々怖い。

 イチゴは戦慄した。


 決闘というよりはお仕置きの内容を想像しているのか、メロンがおっとり優しい笑みを浮かべつつも不気味な笑い声を洩らすという器用なことをしていると、二人を呼び出した張本人、アンズがやって来た。

「待たせてごめん」

 一試合してきたあとなのか、軽く汗を掻きながらもさわやかな笑顔で颯爽と現れたアンズは、大抵の女子なら「ううん、ちっとも♥」と頬を染めかねないなかなかの好男子だ。

 だが、イチゴとメロンの心には特に響くものがなかったようで、二人はいつも通りの平常運転でさくさくと話を続ける。

「あ、前置きはいいから、手短によろしく」

「速やかに本題をよろしくー」

 すげない対応にアンズは戸惑った顔を見せたが、直ぐに落ち着きなくそわそわと視線を泳がせ始める。あー、とか、うー、とか言うだけで、ちっとも話が始まらない。

「手短に!」

「速やかに!」

「は、はい!」

 イチゴとメロンに手厳しく促されて、アンズはシャキッと背筋を伸ばした・。

「その…………」

 アンズは口を開いたが、再び視線を泳がせる。やっぱりその先が続かない。

 仕方なく、イチゴは水を向けることにした。

「バナナ君のこと?」

「あ。…………う、うん」

 言い当てられて、アンズは覚悟を決めたようだった。

「二人とも、正直に答えて欲しいんだ。バナナは、本当は……」

 そこで一端、口を閉じ、ほんの少しためらった後。

 爆弾を落とした。


「バナナは、本当は…………女の子なんじゃないのか?」


「はい?」

「ん、んん?」

 明後日の方角から飛んできた爆弾が脳髄に直撃し、イチゴとメロンは微妙に怪訝な顔でフリーズする。

 アンズは、一度口に出したら止まらなくなってしまったのか、そんな二人の様子には気が付かずに、熱く語り始めた。

「俺、見たんだよ。なんか、結局黒いヘビのせいってことにされて、他の男子たちはそれを信じたみたいだけど。でも、俺は確かに見た。あれは、ヘビなんかじゃなかった」

 土曜日に県道で起きた事件は、黒蛇のせいということになった。茜の入れ知恵で、バナナが極上の笑みで「黒いヘビに襲われたけど、赤岩様にお仕えする魔法少女に助けてもらったって親には言うんだぞ!」と言い聞かせると、襲われた子だけでなく、居合わせた男子たちはみなポワンとした顔で頷いた。

 そして、あの黒いぷにぷにの手は、ただの黒蛇ということにされたのだ。

 アンズもあの場では、頬を赤らめつつ頷いていたのだが、後になって疑問が出てきたのだろう。

 まあ、確かに。元からコスプレをしていたため、“変身”こそしなかったものの、何もないところからバナナソードを呼び出したりしていたのだ。バナナの笑顔一つで騙されたままの他の男子たちが、むしろチョロすぎるのだろう。

「あの黒い手のオバケみたいなのを、白く光る剣でやっつけてたよな? 本当に、魔法みたいなの、使ってたよな? つまり、つまり……。こんなこと言ったら、頭がおかしいのかと思われるかもしれないけど、でも、俺は確かに見た。バナナは、本当に魔法少女だったんだ。あれが、あれがバナナの本当の姿なんじゃないのか? 本当のことを教えてくれ!」

 アンズは、真剣な顔で、二人を見つめる。


 イチゴとメロンは視線を交わし合う。


 たぶん。

 お化けや魔法を見たことと、バナナが女の子だったらいいのにという願望が、いい感じに結びついてこんな妄想が生まれたのだろう。

 二人は、そう予想を付けた。


(これ、どうする?)

(わたしに任せて!)

 メロンの瞳がキラリと光った。

 任せていいのか一抹の不安がよぎるが、イチゴの方には特に策はない。仕方なく、イチゴはメロンに頷いた。

 メロンは満足そうにふふっと笑うと、両手を腰の後ろで組んで、自分よりも背の高いアンズを見上げて、言った。


「そうだよ。よく気が付いたね? 今まで、誰も気が付いた人はいなかったのに」

「や、やっぱり……」

(み、認めたー!?)


 一体、どうするつもりなのか。

 イチゴはハラハラしながらも、隣に立つメロンの横顔を見つめるしかない。

 メロンは、おっとりし優し気な笑みを浮かべながら、先を続ける。

「バナナ君はね。小さい頃に、赤石の呪いの蔵に勝手に入って、それで、蔵の呪いで男の子にされちゃったの」

「そ、そんなことが」

(しかも、うちの蔵のせいにされたー!?)


「みんなで赤岩様に、バナナ君を女の子に戻してくださいってお祈りしたんだけど、ダメだった。町の人が赤岩様を信じなくなったせいで、赤岩様の力が弱くなっていて、呪いを解くことが出来なかったの」

「そ、そんな……」

(しれっと即興で、よくこんなことを……)


「自分が女の子だってこと、バナナ君自身も呪いのせいで覚えていないんだ。でも、呪いに掛かる前に、魔法少女に憧れていたことだけは、覚えてるみたいで」

「それで。あんなに魔法少女に拘っていたのか……」

(実際には、呪いに掛かって魔法少女に憧れるようになったみたいなもんだけどね……)


「魔法少女のコスプレをして赤岩様に祈りを捧げていたら、魔法少女の力を使う時だけは、女の子に戻れるみたいなの。元に戻ったら、また忘れちゃうんだけどね」

「そんな……。何とか、完全に元に戻せないのか!?」

(本気で信じちゃってるんですけど。どうすんの、これ?)


「土曜日の黒いぷにぷにした手みたいに、この町に入り込んだ悪い奴らをやっつけて、昔みたいにみんなが赤岩様を信じるようになって、赤岩様が力を取り戻せば、もしかしたら……」

「何か、何か、俺に手伝えることはないのか?」

(あー。これを狙ってたのか……)


「まずは、アンズ君が赤岩様を信じてあげて。そして、布教活動にも協力して! それが、きっと、バナナ君のためにもなる。それと、男の子になってもバナナ君はあの可愛さだから、男子たちはみんなバナナ君にメロメロなんだよね。それでねー。不埒なことをする奴がいないように、わたしたちも目を光らせてはいるんだけど、男子トイレとか男子更衣室とか手を出せないところもあってねー? まあ、呪いの噂とか、いろいろ手は打っているし、そうそう何かが起こることもないとは思うんだけどね。わたしたちが手を出せないところでの、バナナ君の警護とか、頼めるかなあ?」

「もちろんだよ。任せてくれ!」

(チョ、チョロすぎる……)


「じゃ、そういうことで。よろしくね! あと、この話はくれぐれも内密に! バナナ君自身にもね! 警護は本人には気づかれないように、それとなく、だよ?」

「分かった。任せてくれ。話してくれて、ありがとう。二人の信頼には、必ず答えるよ。じゃあ、俺、そろそろ行くから」

 爽やかな笑みを残して、アンズは体育館の中へと戻っていった。


「大丈夫なの、あれ? 本当に任せていいの? 警護どころか、思い余ってあいつがオオカミになっちゃったりしたら、目も当てられないよ?」

「んー? たぶん、大丈夫だと思うよー? 女の子には優しいみたいだし。バナナ君が本当は女の子だって思ってる方が、かえって手を出せないんじゃないかなー? ちゃんと騎士役をやってくれると思うよ? それに、イチゴちゃんには悪いけど」

「ん?」

「アンズ君は、トマトさんよりは安心安全だと思う」

「は、反論できない。あいつ、バナナソード見て、バナナ君のバナナを俺が剥いてあげたいとか言ってたからなー。蹴りあげて沈めといたけど」

 ナニを、とは言わなかったが、メロンには通じたようだった。

「それとは別に、これ、嘘だってバレたらどうするの? 面倒にならない?」

 先のことを想像して不安になるイチゴに、メロンは自信たっぷりに笑って見せた。

「うふふー。あの調子じゃ、小学校に通ってる間は、何とか誤魔化せるんじゃないかな?」

「その後は?」

 不安の晴れないイチゴに、メロンはくふっと蠱惑的に笑う。初めて見るメロンの表情に、イチゴは不覚にもドキッとした。

「アレはー、ちょっと早めの厨二病でした☆ お互い黒歴史は綺麗さっぱりなかったことにしよ? とか言っておけばよくない?」

「あ、悪魔だ! 悪魔がいる!」

 イチゴはアンズに深く深く同情し、彼が早く夢から醒めることを心から祈った。

 男子の純情を煽った挙句、厨二病で片づけられてしまうのは、さすがに気の毒過ぎる。

「イチゴちゃんはー、見た目は小悪魔系だけど、ちょっと小悪魔力に欠けるよねー。もっと、周りを振り回していこ!」

 ぽむ、とお胸の前で両手を叩き、メロンは無邪気にイチゴを応援する。


「メロンとバナナ君に振り回されっぱなしで、他の誰かを振り回す余裕なんてないっちゅーの!」


 体育館裏にイチゴの雄たけびが轟いて。

 少し遅れて、メロンの楽し気な笑い声が高らかに響き渡った。


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