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26 まほカツ☆

 赤岩町の商店街を練り歩くコスプレ集団に人々の注目は集まった。

 白と黒のセクシーキュートな衣装に身を包んだ成人女性が一人。

 赤・黄色・緑の、それぞれの名前にちなんだフルーツの飾りのついた魔法少女風の衣装の小学生が三人。小悪魔キュート、可憐な極上美少女、ゆるふわメロン(飾りもそうだが、お胸のサイズもメロンである)と各種取り揃えているが、うち一名は男子である。

 そして、白い学ラン姿の男子中学生。なかなか凛々しい顔立ちをしているが、今は緩み切っている。視線の先にいるのは、黄色の衣装の極上美少女(男子)。いろいろと残念だった。


 商店街の人たちは、昔ながらの赤岩の住民だからか、突然来訪して大はしゃぎしている大人の魔法少女にも寛容だった。

 大雑把なのか。大らかなのか。

 赤石の人間がコスプレでパトロールすることによって、オカルト的な意味で町の治安が守られていると何となく理解しているからなのか。

 赤石の機嫌を損ねたら呪われると思っているからなのか。

 夜中のパトロールは前から行われていたので、今更気にしていないだけなのか。

 理由は不明だが、特に眉を潜められたりすることもなく、受け入れられていた。

 それもあって。

 最初は、親子で魔法少女のコスプレとか恥ずかしいと思っていたイチゴだったが、段々と気にならなくなってきていた。

 果物屋さんの前を通りかかった時には、店の看板娘になってくれなんて言われて、満更でもなかった。


 イチゴが我に返ったのは、商店街で買い食いをしていたらしいクラスメートの男子数人と遭遇した時だった。

 男子たちはみんな、茜などには目もくれずバナナをガン見したが、ただ一人、転入してきたばかりのアンズだけは、一瞬バナナに見とれたものの直ぐにハッとして顔を赤らめながら視線を逸らし。逸らした先にいた大人の魔法少女に気が付いて、信じられないものを見た顔で固まった。

 数秒間石になった後、アンズはギギギとイチゴに顔を向け、

「あ、ええと。町おこしの一環? とかなのかな? 赤石の家には、何だかお役目があるって聞いてるけど、大変なんだね」

 と言った。顔はイチゴに向いているが、決して目を合わせようとはしなかった。頑ななまでに。

「うん。まあね。お役目。そう、お役目なのよ」

 ああ。やっぱり、おかしいよね、これ。

 内心そう思いながら、イチゴは引きつった笑みでアンズに答える。赤石の娘として、大人な対応をしなくてはならない。

 お役目だから仕方なくやっているわけでも、自棄になっているわけでもなく。茜が本気で大人の魔法少女を楽しんでいるのは誰の目にも明らかなのだが。

「愛と地球はあたしが守る!」

 魔界天使デビキュートの決め台詞が聞こえてくる。あえて視線は向けなかったが、ノリノリでポーズも決めているはずだ。

 アンズは何か言いたそうな顔をしたが、結局は口を閉ざした。イチゴを気遣うように、愛想笑いを浮かる。

(言いたいことがあるなら、言え!)

 張り付けたような笑顔でそれに答えつつも、イチゴは胸の中で毒づいた。



 バナナに釘付けの男子たちを引きつれたまま、パトロールは続行されることになった。本当は連れて行きたくはなかったが、勝手についてくるのだから仕方がない。

「明日はリコーダー、持ってこようかなー」

 などと、メロンは楽しそうだ。

「ハーメルンか! てか、神隠しとか起こったら、うちのせいにされそうだから止めておいて」

「はーい」

 もうすぐ昼時なので、商店街を抜けた後は、赤岩山沿いの道を通ってイチゴの家まで帰る予定だ。

 商店街は問題なさそうだったし、何のアピールか分からないアピールは一通りしてきたので、少しお山の様子を見ながら帰ることにしたのだ。

 もちろん、山に入るつもりはない。

 そうでなくても、金魚のフンを連れているのだ。


 天気は良く、絶好のパトロール日和だった。

 ずっと歩いていたので、さすがに少し汗ばんでくる。時折、山から下りてくる風が心地よく感じられた。

 お山沿いの県道は、たまに軽トラックが通り過ぎるくらいで、ほとんど車も通らない。山の反対側には、ぽつりぽつりと民家が立ち、合間には畑が広がる。

 麺つゆの匂いが漂ってきて、お腹の虫が騒ぎ出した。

 県道に出たばかりの頃は、みんなも一緒なのに何かあってはいけないと緊張してお山の様子を窺っていたイチゴだったが、長閑すぎるいつも通りの光景に、段々思考が散漫になっていく。空腹も、それを後押しした。

(みんな、どこまでついてくるつもりなんだろ? まさか、お昼ご飯、うちにタカるつもりじゃないよね?)

 お山のことは忘れて、お昼ご飯の心配をし始める始末だ。


 空腹と戦っていると、向こうから男の子が三人お山沿いを歩いてくるのが見えた。イチゴたちより、一つか二つほど学年が下の子だと思われる。

 何とはなしに見ていると、何か見つけたらしく、男の子たちは立ち止まってお山側の草むらを覗き始めた。

 イチゴたちから、百メートルほど離れた場所だ。

「ヘビでもいたのかな? それとも、虫かな?」

「んー。この辺、あんまり毒蛇とかはいないはずだけど、調子に乗って構い過ぎて怪我してもいけないしね。トマト、様子を見に行ってちょうだい」

「おう」

 茜に命じられたトマトは、頼もしく請け負うと先行して走り始めた。

 トマトとて、赤石の役目を担う男子なのだ。そうそういつも、バナナに見とれ呆けているばかりではない。やるときは、やるのだ。

「おれも行くぜ!」

「あ、待ってよ、バナナ君!」

 魔法少女の使命感に駆られたのか、バナナもトマトの後を追って走り出す。

 そうなると、残りのメンバーもバナナの後を追い始める。もちろん、茜もだ。トマトに何があっても構わないが、きみ先輩の愛息子であるバナナには傷一つ負わせるわけにはいかないのだ。


 こんなのは、田舎ではいつものことだった。

 駆けっこでもしているつもりで長閑な県道を走るバナナたち。

 だが。

 半分ほど進んだところで、悲鳴が聞こえてきた。


 三人の男の子の内、一人はこちらに向かって走ってくる。もう一人は、その場で尻餅をつき。そして、最後の一人は手首を何かに掴まれているように見えた。

 草むらに隠れていたヘビを怒らせて、噛みつかれたか、巻きつかれたかしたのだろうと思った。

 何にせよ、助けなくてはならない。

 一同は、スピードを上げた。

「トマト! そっちは、頼んだわ! みんなは、トマトに任せて手は出さないこと! 尻餅ついてる子を連れて、その場から離れて!」

 向かってきた男の子を保護して、茜が指示を飛ばす。

 みな、頷きながら先を急ぐ。


「誰か! 助けて!」

 泣き声と、助けを求める叫び声が聞こえてくる。

 いち早く辿り着いたのは、中学生のトマトだった。

「なっ!? これは……。バナナ! イチゴ! メロンちゃん! 頼む! 他の子は、尻餅ついてる子を連れて、母さんのところまで逃げるんだ!」

 襲われている男の子の体が、ぐんと草むらに引きずり込まれようとしたのを、トマトが羽交い絞めにして引き留める。

 イチゴたちにも、はっきりと見えた。

 それは、ヘビなんかではなかった。

 黒くてぷにぷにした細長い手が、男の子の手首を掴んで、草むらに引きずり込もうとしているのだ。黒い手は、草むらからホースのように伸びていた。本体は、見えない。もしかしたら、細長いものがどこまでも続いているだけなのかも知れなかった。

「安心しろ、二人とも! おれたちは、この町を守る乙女神、赤岩様の使いの魔法少女だ! そんな奴、直ぐにやっつけてやるからな!」

 走りながらバナナソードを呼び出したバナナが、黒い手に切りかかる。

「そりゃ! 一刀両断! バナナソード!」

「メロンボム!」

「シャボンミステリー!」

 続けてメロンとイチゴも、草むらの奥、本体があるかもしれない部分に向かって、ボムとシャボンの集中砲火を浴びせかける。

 バナナソードで切り落とされ、男の子の手首を掴んでいた黒ぷにの手は、塵になって霧散していった。

 しかし。

 草むらから伸びていた方は、霧散することなく、コードを巻き取るようにシュルシュルと草むらの中に引き込まれていく。

「あ、待て!」

 フルーツ魔法少女たちは後を追って草むらに分け入ろうとしたが、トマトに止められてたたらを踏んだ。

「駄目だ! 山には入るな! まずは、赤岩様に報告するんだ。それに、この子たちを送り届ける方が先だろう?」

「ん、んん。分かった。トマト兄ちゃんがそう言うなら」

 バナナは未練がましく草むらを見つめつつも、トマトに頷いた。

 バナナが行かないなら、イチゴとメロンにも山に入る理由はなかった。

 興奮を落ち着けるように、ふーっと息を吐いてから、バナナは泣きべそをかいている男の子に笑いかけた。

 男の子の涙がピタリと止まった。

 さっきまでの恐怖を忘れたかのように、ポーッとバナナに見惚れている。

「大丈夫だったか? 最近、赤岩様を信じる人が少なくなってきたせいで、町に悪い奴らが入り込んでるんだ。もちろん、そんな奴らは、おれたち魔法少女がやっつけてやる! でも、悪い奴らをやっつけるためには、もっともっと、みんなが赤岩様を信じてくれないとダメなんだ」

「……………………」

 男の子は、よく熟れたリンゴのように真っ赤になって、バナナにコクコクと頷いている。

「だからさ。おれたちがもっと強くなるためにも!」

 バナナはそこでキュッと拳を握った。


「赤岩様に、清き一票をよろしくな!」

「う、うん! 分かったよ。お姉ちゃん! 助けてくれて、ありがとう」


 いや、選挙じゃないし。お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだし。

 イチゴは心の中で、そっとツッコミを入れた。



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