21 本日の懸案事項
イチゴたち三人は、蔵の二階で、正座で説教されていた。
イチゴの祖父竹蔵に、勝手に蔵に入り込んだことを見つかってしまったのだ。
竹蔵が蔵にやって来たのは掃除のため……というのは建前で、実は懐に隠し持ったさきイカをつまみに御神酒で昼酒を楽しむつもりだったのだ。イチゴは知らなかったが、お神酒を新しいものに交換するついでに赤岩様に最近の町の様子を報告するという名目の元、気が向いた時間に蔵で一杯やるのが竹蔵の日課だった。
町の守り神である赤岩様を祀る――正確には赤岩様の欠片を祀る神聖なる蔵の二階で、イチゴたちが魔法少女ごっこをして遊んでいると思った(ある意味間違ってはいない)竹蔵は、血圧が心配になる勢いで猛烈に怒り始めた。言い訳どころか、謝罪する隙すらない勢いで。
「のう、竹蔵」
息継ぎのほんの一瞬の隙に説教に割り込んだのは、赤岩様だった。
恋のために町の守り神となった、自称乙女神は、手乗りサイズの幼女の姿をしている。
正座、というか最早土下座の三人を仁王立ちで叱り飛ばしていた竹蔵が、居住まいを正して深々と頭を下げる。
「あ、赤岩様。この度は、うちの不肖の孫が大変な失礼を……。何分、イチゴは赤岩様のお力を感じるアンテナがぽっきりと」
「おぬしが怒っているのは、この三人が蔵に入り込んだせいなのかの?」
竹蔵が言い終わらないうちに、赤岩様は言葉を被せてくる。
「は、はぁ」
竹蔵は質問の意味が分からなかったようで、ポカンとした顔で赤岩様を見つめる。赤岩様は、白い布を被せた台の縁に座って足をブラブラさせていた。
「であれば、叱責は不要じゃ」
「ほ?」
「この三人を蔵に招き入れ、蔵の掃除を申し付けたのは他でもない、この我自身じゃからの」
「ほ……ほい!?」
竹蔵の声がひっくり返る。
どうやら、赤岩様の一声のおかげで説教は終わりそうなのだが。
(だったら、もうちょっと早く助け舟を出してくれればよかったのに……)
イチゴはそっと足を崩しつつ、少々恨みがましくそう思った。
「大体、おぬしとて子供の頃は、我の招きでこの蔵に入り込み、遊んでいたではないか」
「も、申し訳ありません。でずが、あの頃とは事情も違いますし。赤岩様は長いことお姿をお見せになりませんでしたし、蔵の中には祓いきれていない呪具やら物の怪やらが放り込まれてましたし。力を持たないイチゴたちが中に入ったら、それこそ何かの弾みで何がどうなるか分かりませんし……」
台に座って足をブラブラさせている赤岩様に向かって、今度は竹蔵が平身低頭で言い訳がましいことを口にしている。
先ほど竹蔵があんなに怒っていたのは、三人の身を心配してのこともあったのだと、イチゴは今ようやく気付いた。
竹蔵による説教タイムは赤岩様により強制終了したわけだが、特に出て行けとも言われなかったので、イチゴたちは正座を崩し体育座りで竹蔵と赤岩様のやり取りを見守っていた。
竹蔵が乱入してきたおかげで、どうしてこの蔵に招き入れられて、呪いのアイテムやらの掃除をさせられることになったのか、どうして二階に呼ばれたのか、聞きそびれたままだ。このままでは、気になって他の遊びになんて集中できない。
それに、イチゴとしては。
めでたく赤岩様がお目覚めになったことで、イチゴにも魔法少女の力が目覚めたりしないのか、そこのところを確かめたかった。
そこのところだけは、何としても。
竹蔵も子供の頃は蔵に入り込んで遊んでいたとか、気になる情報もあったけれど、今は後回しだ。
イチゴはジリジリしながら竹蔵たちの話が終わるのを待つ。
そこのところを、早く確認したくてたまらなかった。
「そもそも、我がこの姿を保てなくなったのは、おぬしたちが滅しきれていない物の怪や、祓いきれていない呪具をポンポンお気軽に蔵に放り込むからじゃろうが! おかげで、反奴らを封じるのに力を集中する羽目になって、この姿で現れることできなくなったのじゃ! 赤石の力が衰えてきたのは、竹蔵! おぬしの代からじゃぞ! 近代化、とやらで信心が薄れているのではないのか?」
「いやいや、そんな滅相もない! そ、それはそれとして! どうして、その、蔵の封印未完了物の掃除とやらに、アンテナの折れたイチゴをお選びになったので? トマトでは、いかんかったのですか?」
竹蔵が上目遣いで窺うと、赤岩様はふんと鼻を鳴らした。
「トマトにも念は送ってみたわ。じゃが、あやつには受信できなかったのじゃ。我の声に答えたのは、あー、魔法少女やらいう戦闘装束に身を包んだバナナだけだったのじゃ」
「な、なんと! …………しかし、そうか。バナナのところのきみちゃんは……。なるほど、そういうことか」
「そういうことじゃ」
驚いた顔でバナナを見た後、竹蔵はハッと何かに気付いたように一人で頷き始める。
子供たちには何のことやらさっぱり分からなかったが、どうやら「そういうこと」らしかった。
「まあ、我が蔵に放り込まれたガラクタ程度で眠りにつくはめになったのは、お山の本体との繋がりが断たれたせいもあるのじゃがの」
「お、お山様との? そ、それは、つまり……?」
「うむ。もしかすると、この町に、何やら危険が迫っているのかもしれん」
重々しい赤岩様の一言に、我先にと答えたのはバナナだった。
「つまり! とうとうおれたちが魔法少女として蔵から世界にデビューする時が来たということだな!」
「もう、気が早いよ、バナナ君。世界の前に、まずは町内デビューだよ!」
立ち上がって目を輝かせているバナナに緩く釘を刺したのはメロンで。
こんな時。いの一番にツッコミを入れるはずのイチゴは。
「そ、それで、赤岩様。赤岩様が目覚めたってことは、ついにあたしも魔法少女として目覚めちゃったりするんですか、しないんですか? どうなんですか?」
揉み手をしながら、イチゴ的には本日一の懸案事項をぶつけてみるのだった。




