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2 フルーツ系魔方陣

「よーし、開いたぞ!」

「あれ? 変だね? カギをかけ忘れちゃってたのかな?」

「いや、そんなはずは……。カチリって音がしたし、勝手にカギが開いちゃた? いやいや、さすがにもっとそんなはずは……」

 

 カギがかかっていたはずなのに、なぜか開いてしまった赤石の蔵。

 決して、むやみに開けてはいけないはずの、赤石の蔵の扉。


「行くぞ、二人とも!」

 開かないはずの扉が開いてしまったことを不思議に思うこともなく、というよりは、そもそもカギがかかっていたことに気が付いていないバナナは、可憐な瞳をキラキラと輝かせる。

 気分は探検隊の隊長だった。

「って、いや、ちょーっと、待て待て! だから、この蔵には勝手に入っちゃダメなんだってば! 祟りにあうとか、呪われるとかいう言い伝え、バナナ君も知ってるでしょ!?」

 イチゴは、今にも中に入ろうとするバナナに後ろから抱き着いて無理やり止める。

 禁忌の森へ踏み込もうとする無謀な冒険者を止める、現地ガイドの気分だった。

「大丈夫だって。赤石の家の人は入ってもいいんだろ? トマト兄ちゃんも、毎週掃除してるって、この間言ってたし! イチゴがいれば、大丈夫だって。神様が囁いてる!」

「兄貴は後継ぎだから、蔵の整理とか手伝ってるけど、あたしは入っちゃダメって言われてるし、一度も入ったことないんだってば! もーう、余計なことを囁くのは、何処の神様だー!?」

「あ、そっかぁ。イチゴちゃんがいれば、入っても大丈夫なんだ。せっかく、開いたんだし、入ってみようよ! トマトさんも入ったことあるなら、きっと大丈夫だよ。わたし、イチゴちゃんを信じてるから!」

 必死でバナナを止めようとするイチゴだが、揉み合う二人の脇をすり抜ける様にして、メロンが足取りも軽く蔵の中に入ってしまう。呪われた蔵へ入ろうとしているとは思えない軽やかさだった。

「あ、ずるいぞ、メロン! おれが一番乗りしようと思ってたのに!」

「え? 勝手に信じられても、困る……って、あ、ああー!?」

 大胆なメロンの行動に驚いて拘束が緩んだすきに、バナナまで蔵の中に入ってしまう。

「あ、ちょっ……もう! こうなったら、見つかる前にとっとと儀式を終わらせて、さっさとここから出るしかないー!」

 手をワキワキさせながらキョロキョロと辺りを見回し、誰も見ていないことを確認すると、イチゴは覚悟を決めた様に自分も蔵の中へと入り、扉を閉める。

 呪いの言い伝えよりも、勝手に中に入ったことがバレて怒られることの方が怖いイチゴだった。


「イチゴちゃーん、暗いよー」

「あ、ごめん。確か、電気がつくはず」

 イチゴが扉を閉めたことで、蔵の中が一気に薄暗くなる。

 母や兄たちの会話から電気が通っていることは知っていたので、手探りで扉の近くの壁を探すと、スイッチは直ぐに見つかった。

「よし、あった。今つけるね」

 イチゴの声と共に、蔵の中に明かりが灯る。

「変なものも、いっぱいあるけど、意外と普通だな」

「うん。赤岩町の呪いのガラクタをいっぱい集めてるっていうから、もっとごちゃごちゃ詰め込まれてるのかと思ったけど、意外と片付いてるよね」

「呪いのガラクタ!? ……って、集めてるわけじゃないってば。みんなが処分に困ったものを勝手に押し付けてくるんだって。片付いてるのはたぶん、兄貴とお母さんで毎週日曜の朝に掃除してるからかな? おじいちゃんが生きてた頃は、毎朝掃除してたみたいだけど……って、聞いてないし」

 バナナとメロンは、イチゴの話を聞き流しながら物珍し気に蔵の中を見回している。イチゴはがっくりと肩を落としたけれど、直ぐに気を取り直して自分も蔵の中の見分を始める。イチゴとて、蔵に入るのは初めてなのだ。入ることを禁じられていた蔵の中身に興味がないわけではないのだ。

 蔵の中の空気は、ひんやりしていた。だが、祟られそうな冷気ではない。どちらかと言えば、神社などの静謐な空気に近かった。

 壁にはぎっちりと棚が並んでいた。その中に、人形やら壺やら厳重に封をされた箱やらがとにかく並べられている。ジャンルごとに分類してあるわけではなく、開いている場所に適当に置いていったような感じだ。

「うおっ。すげぇ。刀があるぞ」

「あっ、こら! お触りはダメだから! 見るだけだから! ほら、儀式! 儀式をするんでしょ!? さっさとやろう! 今すぐやろう! そして、早くここから出よう! 誰かに見つかる前に!」

「はっ! そうだった!」

 棚の前に無造作に立てかけられている黒い鞘に収められた一振りの日本刀に手を伸ばそうとするバナナをイチゴが叱り飛ばすと、バナナはいそいそと肩にかけていた大きなトートバックを床に降ろし、中からスケッチブックを取り出した。

「えーと、お、ここでいいか」

 キョロキョロと蔵の中を見回して、二階へと続く階段前の少し開けた板張りの床の上にスケッチブックを広げる。

 広げたスケッチブックの片側には、クレヨンで何やら描かれている。バナナはさらにトートバックを漁ると、グルグルの輪っかで閉じられたスケッチブックのもう片側、何も書かれていない方へ、取り出したものを並べ始める。

 バナナが一本。夕張メロン味のキャラメルが一箱。イチゴ味のグミが一袋。

 イチゴとメロンもスケッチブックの周りに集まり、床に膝をつけて絵柄を覗き込む。

「えっとぉ、これは何が描いてあるの?」

「魔方陣だ!」

「ファ、ファンシーな魔方陣だね」

 スケッチブックいっぱいに、茶色いクレヨンで大きく重なるように描かれた丸と星。その中や周囲には、バナナ、メロン、イチゴの三色のフルーツが可愛らしく飛び交っている。男の子が描いたにしては可愛らしすぎる図案だったが、バナナは見た目だけは飛び切りの美少女なのであまり違和感はない。

「それで、こっちのおやつは? これも儀式に使うの?」

「それは、お供えだ!」

「お供え…………」

「それじゃ、天使か妖精を呼び出すための儀式を始めるぞ! 二人とも、何か適当に呪文を唱えるように!」

「はーい。イチゴちゃんちの蔵なら、本当に何か出てくるかもね!」

「…………うーん、まあ。天使は無理でも役に立たない妖精ぐらいなら出てくるかもね」

 ワクワクと瞳を輝かせるメロンと疲れた顔で呟くイチゴ。

「こら、二人とも真面目にやれ! これは、天使か妖精を呼び出すための大事な儀式なんだぞ!」

「はーい」

「はいはい」

 大事な儀式という割には、いろいろいい加減で曖昧だった。


 そして、ついに儀式は始まった。



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