10 赤いリボンをキュッとね!
資格がないのに、入ってはならないとされている蔵に入ったことで、蔵の二階で眠っていたはずの赤岩様――の欠片を怒らせてしまったのでは?
もしかして、自分たちは全員、赤岩様の欠片に美味しく召し上がられてしまうのでは?
フルーツだけに。
――と考えて、一人蒼白になるイチゴだったが。
「大丈夫だって、イチゴ」
バナナは自信満々で、それを否定した。
「………………!」
イチゴの瞳に光が戻りかけたが、
「だって、赤岩様はおれの望みを叶えて魔法少女にしてくれたんだぜ? 悪い奴のはずがない!」
それが、何の根拠もないただの思い込みによるものだと直ぐに気が付き、肩を落とす。
バナナに力を与えてくれたのが赤石様の欠片かどうかもはっきりしていないし、そもそも力を与えてくれたからと言って、いい奴とは限らない。願いを叶えた代償に命をもらうぞー、とか言って結局食べられてしまう可能性もある。
あるのだが、バナナにそれを言ったところで聞きやしないことは分かっているので、一人途方に暮れるしかない。
メロンはと言えば。右手に日本刀、左手にくま天使を抱えて、蔵の中を物色し始めていている。
もはや止める気にもならず項垂れていると、肩にぽんと手を置かれた。
光のエフェクト付きの笑顔を浮かべたバナナだった。
「イチゴ、安心しろ。もし、赤岩様が悪い奴だったとしても、その時はおれがやっつけてやる。魔法少女的に!」
「バナナ君…………。うん、ありがと」
もちろん、そのセリフだって、何の根拠もない。
だけど、イチゴは頷いて微笑んでみせた。
信頼の証、ではなく。
諦めの心境で。
そして、諦めた上はいろいろ開き直り、とっとと気持ちを切り替えた。
「うん、よく考えたら、まだ蔵から出られないと決まったわけでもないしね! 二階にさえ行かなければ大丈夫なのかもしれないし! まずは、扉が開くかどうか試してみてからの話よね!」
「あ。イチゴちゃん、ドアなら開いたよー。外にも問題なく出られるみたい! くまくんは出られなかったんだけど」
元気を取り戻し、出口へ向かおうとしたら、メロンの呑気そうな声が聞こえてきた。
「え? いつの間に、試したの?」
「イチゴちゃんが、くのーしている間―」
「あ、そう。でも、よかったー。閉じ込められたわけじゃなくって」
「オレ様は閉じ込められてるけどな……」
メロンの腕の中で、くま天使の手足が力なく揺れている。
「あんたは自業自得でしょ。しばらく、くま天使として祀られてろ」
「せめて、その呼び名はやめてくれよ……」
「バナナ君が気に入ってるから、ダメ♥」」
「くっ……」
「あ、そうだ、メロン。そのまま、そいつ抱えてて。ちょっと、聞きたいこと、あるし」
「了解!」
メロンがキュッとくま天使を抱え直し、くま天使の後頭部がメロンの胸の谷間に少しだけ埋まる。
「………………」
イチゴは、ほんの一瞬だけ、それを無言で見つめ。
んん、と咳ばらいをして、くま天使の首に結ばれた赤いリボンに手を伸ばす。
綺麗に蝶々結びされたリボンの両端を両手で掴み、くふりと小悪魔キュートな笑みを浮かべる。
「バナナ君に力を与えたのが何者だったとしてもだよ? どうして、それがバナナ君だけだったのかは、やっぱり疑問なんだよね」
「うんうん、わたしもー」
くま天使は、リボンの先とイチゴの顔を交互に見る。行ったり来たりと視線が忙しい。
ごくりとくま天使の喉が鳴った。
イチゴは、何も約束は口にしていない。
だが。つまり、これは。
質問に答えたら、リボンを解いてくれるということなのだろうか?
くま天使の胸が期待に高鳴る。
「何か知っていることがあるなら、話してもらおうか? んー、知ってることがなくても、妖怪? らしいあんたの立場で思い付くことがあるなら、洗いざらい話してもらおうか?」
笑みを深くしながら、イチゴはリボンの端から手を離し、今度は輪っかの部分を掴む。
端を引っ張ればリボンはほどけるが、輪っかを引っ張ったらキュッと締まる。
ぬいぐるみなので首がしまって苦しくなったりはしないはずだが、このリボンが悪戯妖怪をぬいぐるみの中に封じるために結ばれているのなら、きつく締めることによって封印の力も強くなるのではとイチゴは予想した。
案の定。
くま天使は、慌てだした。
「待って、待って! それだけは、やめて! 喋る、喋る! 何でも喋るから!」
イチゴは満足げに頷いて、輪っかから端へと持ち変える。
「まず、他に何か、知ってることはあるのかな? 正直にね?」
「…………知ってることは、もうねーよ。元々、この町に住んでたわけでもないしな」
少し迷ってから、くま天使は喋り出した。
残念ながら、知っていることはもうないようだった。
「ふむ。じゃあ、どうしてバナナ君だけが魔法を仕えたのか、考えられること、何かない?」
「あー。赤石の娘だとかいうおまえからは何の力も感じないんだが。あの小僧からは、少し力を感じるぜ? だから、一番影響を受けやすいんじゃないか? あとは、二階にいる奴との相性がいいとか、そういうこともあるかもしれねー」
イチゴの指がリボンから離れる。
「力って、この話の流れだと、霊能力とかそういう怪しい感じのヤツ?」
「そっかー。バナナ君には生まれつき魔法少女の才能があったってことなんだー。男の子なのにねー?」
イチゴとメロンのセリフが被る。
どちらの言っていることも聞き取れなかったので、くま天使は返事をスルーして続きを話す。
「あー、あとなー。二階のヤツの力はこの蔵限定みたいだから、あの小僧の願いが叶うのは蔵の中だけだと思うぜ? たぶんだけどな」
「蔵の中限定魔法少女かー」
「しばらく、蔵に通うことになるのかな……。まあ、いいか。もうあんな化け物みたいのは出てこないだろうし。きっと、その内、何とかなるよね……」
「あー、それなんだがなー」
諦めのため息をつくイチゴに、くま天使が追い打ちをかけてきた。
「たぶん、また。次もどれかの封印が解けて何かの妖怪が現れると思うぜ?」
「は、はぁ!? なんでよ!?」
イチゴの雄たけびで、蔵が震えた。




