1 赤石の蔵
赤石の蔵。
古くから赤岩の町に住んでいるもので、その名を知らぬものはいない。
それは、赤岩の災厄のすべてが詰め込まれた呪いの蔵だと言い伝えられている。赤石の血を引く人間以外は、決して開けてはならず、もしも、資格のないものが蔵に入れば、蔵に取り込まれ二度と日の光を拝めなくなる。そんな、呪いの蔵。
決して開けてはならない、赤岩町のパンドラの箱。
だが、その一方で。赤石の蔵は、こうも言われている。
うっかり呪いのアイテムらしきものを手に入れてしまったら、とりあえず、赤石の蔵に放り込んでおけ。あとは、赤石が何とかしてくれる。
とも。
赤石の家の蔵。
赤石の家の敷地内に建てられた、二階建ての割合に立派な蔵。
そんな。
恐ろしいのかありがたいのかよく分からない蔵の前に。
三人の子供たちが集まっていた。
三人とも、色違いの魔法少女風の衣装を身に着けている。
色はそれぞれ、黄色、緑、赤。
とりあえず、紹介しよう。
まずは黄色。名前は、黄藤バナナ、小五。ショートパンツからスラリと伸びた足が眩しい。どこからどう見ても飛び切り可憐な美少女だが、男の子である。町内一の美少女と名高いが、男の子である。ちなみに中身のほうは、一途に魔法少女に憧れていることを除けば、割と普通の男の子だ。
次に緑。緑川メロン。同じく小五。ミニフレアスカートがふわりと可愛い。名前の通り、小学五年生とは思えない立派なメロンを胸に二つ携えている。薄茶色のゆるふわロングが似合う、おっとりした感じの女の子だが、自分ではしっかり者のつもりでいる。
そして、ラスト、赤。ミニのプリーツカートが赤石イチゴ。やっぱり小五。肩口までの艶やかな黒髪にイチゴの髪飾りがよく映えている。外見だけは小悪魔キュートな女の子だが、中身は割とそうでもなかったりする。
「えっとぉ。それで、これから、何が始まるのかなぁ?」
「言っとくけど、カギがかかってるから蔵の中には入れないからね? ダメだからね?」
蔵の扉の前で、自信満々に仁王立ちしているバナナの両隣で、メロンは不思議そうに首を傾げ、イチゴは少々焦った様子で握りしめた両の拳を胸の前で上げ下げしている。
「いいか、二人とも。これから、この蔵の中で、魔法少女になるための儀式を執り行う!」
「えー?」
「はぁ!?」
キラッキラに瞳を輝かせ、拳を握りしめてバナナが宣言した。
メロンは目をぱちくり、イチゴはまん丸にして、バナナをじっと見つめた後、自分たちの着ている服を見下ろす。
「えっとぉ。魔法少女には、もうなってるよね?」
「魔法少女には、もうなってるでしょ!」
魔法少女風の衣装は、手先が器用なバナナの母親のお手製だ。バナナが母親に強請って、作ってもらったものだ。イチゴとメロンは、バナナほど魔法少女に憧れているわけではないが、可愛い服を着れること自体は嬉しいし楽しい。先ほど、イチゴの母親による写真撮影会をノリノリで終えたばかりだったりする。
その後、バナナにこの蔵まで連れてこられたわけなのだが。
そのバナナは、二人の目の前で人差し指を揺らしている。
「チッチッチッ。そういうことじゃないんだよ。これは、ただの魔法少女のコスプレだろ?」
「え? う、うん? そうだね?」
「そりゃまあ、そうだけど?」
二人の少女の、不思議そうな視線と訝そうな視線を、バナナはまったく意に介さず話を続ける。
「おれはな、気づいちまったんだよ。ただ、選ばれるのを待っているだけじゃ、駄目なんだって。だから、自分から選ばれに行くことにしたんだ!」
これ以上ないほどのドヤ顔のバナナ。二人の少女は顔を見合わせる。
「えーと?」
「つまり?」
「これから、おれたちを魔法少女にしてくれる天使か妖精を呼び出すための儀式を執り行う! この蔵の中で!」
「なんでうちの蔵なのよ!? だから、ここは入っちゃダメなんだってば!」
「大丈夫! 何かがおれに囁きかけたんだ! この蔵を開放しろって! つまり、この蔵で儀式をすれば、おれの願いが叶うということだ!」
「どこのどいつだ! 余計な電波を発信しやがったのは!?」
「お、落ち着いてー、イチゴちゃん。ほら、蔵にはカギがかかってるんだから、大丈夫だよ。何度かガチャガチャやって開かなければ、バナナ君もきっと諦めるよ。そしたら、無難にイチゴちゃんのお部屋辺りに行くことになるよ、きっと」
叫ぶイチゴを宥めるメロン。
元凶であるバナナは、そんな二人を安心させるように自信満々の笑顔を浮かべる。
「安心しろ、二人とも。絶対におれが、この蔵を開けてやるからな!」
「がんばれ~、バナナ君」
「だから、開けるなって言ってるのに! って、開かないんだった。あー、もう! こうなったら、誰かに見られる前に、さっさとガチャガチャの儀式を終わらせてよね。それで、さっさとあたしの部屋に行こう。もうそれしかない!」
無責任な声援を投げるメロンと、一人で忙しいイチゴ。
「よし、それじゃ、行くぞ! 二人とも!」
威勢の良い掛け声とともに、バナナは蔵の扉に手を伸ばす。引き戸になっている扉の、窪みの部分に手をかけると、カチリと音が聞こえた。
ただ手をかけただけなのに、なぜかカチリと音が聞こえた。
「あれ?」
「ん?」
カギがかかっているはずの扉は、スパーンと小気味いい音を立てながら勢いよく開いた。




