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4(納得できない)


   *


 シャーペンによる執筆分の何枚かを河童が消しゴムにかけたので、ボールペンで書き直すハメになった。

「手書き、大変」ひかりのボヤキに、「慣れるまで大変だろうねぇ」とキモイ君。

「辞書を引き引きだしね」ひかりは気弱な笑みを浮かべる。「タイピングの練習、考える速度で出来るようにって頑張ったんだ」

「それはすごい。カナ入力?」

「ローマ字。お父さんが教えてくれた」

 ノートパソコンも、ワープロソフトも、父のお下がりだ。

「カナ入力なら速度は半分だよね?」とキモイ君。

「でも配列憶えるのは倍じゃね?」とひかり。

「ああ、そうか」四十七の表音文字。「そりゃそうだ」

「アルファベットの並びも別に憶える必要、あるんじゃね?」

「ローマ字入力、すごいな」

「ローマ字入力、すごいね」

「手書きにして何か変った?」

 キモイ君の問いに、ひかりは少し考え、「言葉に対する考え方が変わったも。漢字とか仮名とか、文章としての見た目とか」

「読む文章でなく、見る文章かぁ」

「文章は読まれるものだけども、どう読んで欲しいか、どんなふうに読まれたいのかに気が付いた……みたいな感じ?」


   *


 文芸部は深刻な問題に直面した。北川君の書いている物語から飛び出した、きゃるーんとした二次元的立体半裸の女の子は、謎の光で規制が入っているので大丈夫だが、西谷先輩のSF作品はそうならなかった。

 八本足宇宙人は一冊の本を手にしていた。黒地の表紙に、LED表示のようなグリーンに光る幾つものブロック的な物がチラチラと瞬きながら上から下へと流れ、時折中ほどで形になる。「ギャラクシー・ガイドブック」と読めるのは何故だ。日本語だ。正確を期するのならば半角カタカナの反転文字である。

「銀河共通文字はMATRIXマトリックスって設定」と、彼女は嬉しそうに語った。この「銀河の惑星をランク付けした」本の中で、太陽系第三惑星の項目は、「めっちゃ辺境」にして「殆ど無害」とのこと。

「オマージュよ」と西谷先輩はパチッと綺麗なウィンクをしてみせた。

「42の謎は解けました?」でへでへと、二次元美少女に囲まれた北川君が訊ねる。でへでへと、鼻の下が伸びている。

「それはこれから」

「ヤバいっすね」

「ヤバいよー」

「どうヤバいのかな?」東山部長の疑問に、西谷先輩は、「42で検索かけると分かりますけど、森羅万象、ありとあらゆるものの究極の解答にたどり着きます」

「ほう?」

「そして地球は地均しされます」

「何故?」

「銀河ハイウェイ工事の真下にあるので」

「なんと」ちょっとびっくり東山部長。

「それは元ネタの話ですよね?」と北川君が訊ねれば、うん、と西谷先輩は頷き、「単なるお遊びだから。わたしの話の中では銀河ハイウェイは建設されない」

「辺境なのに?」

「辺境だからよ」

「成程」ふむふむと東山部長。「辺境過ぎるのか。なら安心だ」

 しかし南海先輩は、「ハイウェイ工事? 宇宙で?」首を捻って無粋な疑問を口にする。「物理法則は?」

「だいたいエーテルで解決」きっぱりと西谷先輩。

「ダークマターとかダークエネルギーとかヒッグス粒子は関係ないんだ?」

「そんなんわたし、分からないもん」つんと唇、尖らせて、「夏への扉を開くのは、浪漫であって理屈じゃにゃいっ」猫化した。

「二重スリット問題とか何なの!? 観測しないと波で観測すると粒子で、見てる見てないで振る舞いが変るなんて、どうしろと! 結果を見ずして何を語れと云うのさ!」西谷先輩がいつになく熱い。いや暑い。「アキレスと亀だって微積分の屁理屈パラドックスだけど、疑問はない! 屁理屈なりに成り立ってる! コペンハーゲン解釈? 観測って何よ! 鶴の機織りじゃあるまいに! いつ何処で見たかで確定する? 予知と念力の世界じゃん! だったらエーテルのほうがナンボもマシってなもんよ! 1/2死んでる猫がSFなの? ホラーだよ!?」圧力調整バルブ開放ばりの鼻息を吹いた。

「確かにエーテルは便利ですからねぇ」北川君の言葉に、「そうよっ」西谷先輩は身を乗り出し、「全てはエーテルで解決。何もかもエーテルのお蔭。エーテルは物理赤点でもSFが書ける素晴らしいマジックワードなのよ!」

 ふーん。/*ナノマシンはいいのかな?*/

「あっ」ひかりは、思わず立ち上がって叫んだ。「吸血鬼と人狼がキスしてる!」

「なんだとぅ!」東山先輩も立ち上がって振り返るも、更に先へと互いを求めるふたりの官能的な息遣いだけを残し、スミの塗り潰しが規制する。

「部長、」北川君がのっそり云った。「十八禁はご法度じゃないですかねぇ」高校ですよ、ここ。文芸部。いちおう。

「君に云われたくないのだが」

 北川君の背後では、半裸の女の子たちがいちゃいちゃいしている。

「ちなみにわたしの誕生日は来月だ」

 はっと、全員が息を飲んだ。東山部長、はっ、と笑う。「楽しみだなぁ!」


   *


「モノを大切にするのは悪いコトじゃないよね」キモイ君に云われ、「うん」ひかりは頷いた。そう教えられているし、そう躾けられたと思っている。

「でも、カタチあるものはいつか無くなる。執着は枷になる。妨げになる」

 分かってるよ、そんなこと。「それでも大切にしたい」

「何事も、過ぎたるは猶及ばざるが如し」

「何事も、程々に?」

「確かに不条理だよね」ふー、とキモイ君は息を吐いた。「メーカーの都合だもんな」

「その通りだわよ」

「でも、都合はメーカーだけじゃないよ。世界そのものが誰かの都合で廻ってる」

「神さま?」

 さて、どうかな。「例えば書きかけの小説。物語世界は誰の都合? それを小説だと認識している現実世界は誰の都合? なべて世は既知なる宇宙法則の上に成り立ち、事実とは偶然の必然が絡み合った事象の受け取り次第で、だから自分の手ではどうにもならない、そう云うことってあるよね」

 分かってる。分かってるけどさ──、

「理解できても納得できない」

「うん、そうだね」キモイ君は静かに頷いた。「だから引導を渡す、なんて言葉があるんだと思う。もしくは、お葬式」

 うっわ。なんか話が遠くに飛んでったぞ。

 キモイ君は云った。「猿人と新人を分かつ儀式だよ」

「……執着は?」

「人類の業なんじゃないかなぁ」文明の発展に寄与するところが多分にあるからなぁ。「しょうがないかなぁ」

 キモイ君は頭の後ろで手を組んで、教室の天井を見上げた。視線の先は遥か遠い何処かに向けられているようだった。或いは、外宇宙。

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