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3(遠いところへ)


   *


「バージョンアップで良くなることって余りないよね」キモイ君が云う。「機能的には充分出来上がってるから、買い替えさせるのに規格を変えたり、古いソフトを切り捨てたり、見た目に皺寄せが行くんだよね」むぅ、と顎に梅干し。「誰のための商品なんだか」

「だよね!」喰い気味のひかり。

「実際、便利になったと思う。確かに自動化されたと思う。結果、時間短縮の手間入らずになったと思う。でも、トラブったら半日掛かりなんてザラ。全体的に見ればその実、差し引きゼロなんじゃないかな。ただ普通に使いたいだけなのに、サポート切れ当り前。動作確認できません。安全、保証できません。けんもほろろって感じ」キモイ君は小さく笑って、「パソコンって人類史上最高で最低の発明」

「どうしてそんなものが許されるのかなぁ」

「だって戻れないもの」

「不可逆……だっけ?」

 キモイ君は頷いて、「オッカムの剃刀。世界の真理。プロメテウスの火。知恵と勇気とその覚悟。ネットワークは文字通り現代社会で物質的にも精神的にも網目状に浸食している。それを引き剥がすには、利息を加えた相応以上の対価を支払わないといけない」

 ああ、なんか。

 片手を胸に当て、ひかりは思う。

 とてつもなく遠いところへ来てしまいました。


   *


 放課後、掃除当番を終え、遅れて部室に顔を出すと、ぎゅうぎゅうだった。部員は五人しかいないのに、これはおかしい。

「天狗じゃ」一目見て、ひかりは云った。「なんで?」どうして。

 それに答えたのは南海先輩だった。「メインキャラをずっと一緒で話を進めるより、別れ別れにして父親パートと息子パートの対比構図を創ろうと思って」

「それで天狗に攫われた?」

「うん」そう。

 ああ、そう。

「ねぇねぇ、ひかりちゃん、見て見てー」西谷先輩の直ぐそばには、クラゲみたいに半透明で、ぐねぐねしたのがいた。「宇宙人。八肢人オクタリアン。由緒あるタコ型異星人!」

 ああ、そう。「アダムスキー型円盤が校舎の上に浮いていたからそうかなぁと」嘘ついた。

「いや、違う」西谷先輩はきっぱり否定した。「彼らの船は不定形な偏光外装の宇宙船」

 ああ、そう。

「おおーん」東山部長の背後で、顔だけ獣化した人狼が、青白い顔をした吸血鬼を抱きしめ、哭していた。

「ラストに向かって盛り上がってるから仕方ない。耐えろ人狼、踏ん張れ吸血鬼!」キーボードの上を、指が機関銃さながら文字を叩き出す。


   *


「世界中にこれだけ本があって、物語があって、いまさら何を作るつもりなの?」キモイ君は不思議そうに訊ねた。

「毎日、部活で何をしてるの?」ひかりは逆に訊ねた。

 するとキモイ君は、「ゲーム」至極真剣な顔で答えた。「僕は消費することに一生を捧げることに決めたんだ」

 決めた? 「以前は創作側だった?」

 さあ、とキモイ君は、ひかりの言葉を柳に風とはぐらかし、「ワープロが使えなくなったのは」組んだ腕の片手を顎に宛て、「何か理由があってのことだと考えたりしない?」

 それはもう何も書くなと云うことか。

 ひどいヤツだな、キモイ君。あたしは書きたいんだよ。創りたいんだよ。書きたいことがたくさんあるんだよ。

「どのくらい書いてたの?」

 キモイ君の問いに、「十枚くらい」ちょいとイロをつけました。

「何枚くらいの作品?」

「たぶん三〇枚くらい」

 キモイ君は微笑んで、「何かを期待するより、さっさと手を動かしたがいいかもね」

 そんな彼の物云いに、ひかりは憤慨するものの、正論だけに反論できない。


   *


 前置きもなく立ち上がった東山部長が、制服のスカートの尻をぱたぱたとはたいた。

「あれが放屁と云う現象か」宇宙人が河童に問う。「尻子玉、取っていいかなぁ」河童は物欲しげに部長を見る。

「やめろ」及び腰の東山部長。「そんな臓器は存在しない」

「やおい穴もありませんよ」原稿用紙から顔も上げずに北川君が云うと、「嘘を云うな、嘘を!」くわっと部長はホワイトボードの前に立ち、黒ペンを手にするや、キュキュッと男性下半身の断面図を描き出した。

「これが!」絵の尻側をペン軸で叩き、「お菊さんだ!」それから前方向へ移動し、「こっちはふたつのお稲荷さん! ぶら下げるのはコックさん!」酷い有様。「アール・ヌーヴォー様式で、平時はぐったりへにょってる! 臨戦時にはアール・デコ!」

 ペンを黒から赤に持ち変え、「そしてここに!」腿の付け根を丸く囲むと、「やおい穴!」

「ファンタジーですね」と北川君。

 うん。「ファンタジーだ」と南海先輩。

「部長、」北川君は手を上げ、「保健体育、真面目に受けました? 生物の資料集、生殖のページ、きちんと読みました?」

 しかし東山部長は。ぬははは、と笑う。「キミタチ、タツノオトシゴは知ってるな?」

 はっ、と誰もが息を飲んだ。東山部長は続けた。「やおい穴は、やおいぶくろに繋がっている」

「……まさか!」北川君が乗っかった。

「そうだ、人狼フェンリル卿と吸血鬼ガンド伯、ふたりの愛の結晶は地上最強の生物としなってこの世界に爆誕する」ぬはははは。

「人狼吸血鬼……!」

「いや違う」そんなわけあるかい。「人間だ。ヘルと云う名の女の子」

「人間が最強?」ひかりが首を傾げると、「うむ」東山部長は頷いて、「古来より化け物を倒すのは人間と決まっておる」

 ああ、そう。

「しかし、あながちファンタジーと切り捨てることは出来ない」と、南海先輩が真面目な顔で云う。「腸に受精卵を癒着させると、胎児が育つと云う話を聞いたことがある」

「ほれみろ!」東山部長、嬉しそう。

「そう云えば」と、西谷先輩も追従する。「人工子宮も研究ありましたね。羊で実験」

「どうだ!」東山部長、得意顔。

「ないない」北川君の否定に、「何を!」東山部長は鼻息を荒くする。「北川君をモデルにしたお屋敷付きメイドを、ふたなり設定に改変する!」猛然とキーボードを打ち始めた。

「やめてくれー」半笑いの北川君だったが、

 ターン!

 キーを打つ音が一際高く鳴り響くと、「うぇっ!?」すごい声を上げた。

「どうしたの?」恐る恐るひかりが訊ねる。

「……なんでもない」とは云うが。下腹部を押さえ、脂汗をかいている。「ちょっと……トイレ」

 慎重に立ち上がると、ガニ股ちょこちょこ、部室を出ていった。

「うおっ!?」戻ってきた。「うぇっ!?」

 なんだなんだどうした。

 北川君は目を閉じ、すうと深く息を吸うと、「一年北川、きんたま掻きます!」くるりと後ろを向き、制服のズボンのベルトをかちゃかちゃ外した。

 ひかりと西谷先輩は恐怖で椅子ごと後退さった。東山部長は好奇心で身を乗り出した。南海先輩は無関心で自分のパソコンに戻った。

 ごそごそとズボンの中に手を入れた北川君は、顔だけ振り向き、「穴が増えた!」

「げー」ひかりと西谷先輩。

「ははは!」哄笑する東山部長。「おトイレで楽しんで来い!」

「はい……」北川君は魂の抜けたような声でズボンを手で押さえ、再び部室を出ていった。

「現実化するのか」ぼそっと南海先輩が云った直後、「北川ァ!」部室の外ですンごい声がした。男子体育担当の羽生先生だ。「廊下でなんて格好してるんだァ!」

 いやまったく。

 北川君が部室に転がり込んできた。「部長ぉ……」

「どうした」にこにこ笑顔で応える。

「出入りするたび性別変るんですけど、」

「素晴らしい!」東山部長は、しあわせの絶頂とばかりに鼻から太い息を吐いた。鼻水が勢い良く飛び出した。

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