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サヨナラの続編  作者: 軌跡
3/3

高校編

 いたって平凡で、どこにでもいる、ありふれた小学生は、いつの間にか高校生になっていたわけだが、人見知りと、人間不信と、男性恐怖症をこじらせていた私には、高校生活を安寧に過ごせるか怪しいところだった。


 商業高校には卓球部がある。

 その実力がどの程度なのかは知らなかったが、私はもちろん卓球部に入るつもりでいた。

 そうしたらまた、大会場で彼に会えるかもしれない。

 会ってどうするつもりなのか、自分でもわからなかったし、結局中学の頃と何も変わらないまま、話しかけることもなく、話しかけられることもなく、ただ見ているだけに終わるのだろうと、心のどこかでそんな風に諦めてはいたのだけれど。


 ―まさか、こんなことになるだなんて、この時の私は、そんな可能性など、微塵も考えてはいなかった。





***





 格技場と呼ばれる場所が、卓球部が主に練習で使用する場所のようで、一人で行くのは、本当に怖くて仕方なかったけれど、私は勇気を振り絞って卓球部に見学に行った。

 久しぶりに聞いた、卓球台をピンポン玉が跳ねる音が、とても心地よく感じた。


 ―わけもなく!


 そんな感慨に耽る間は、その時の私には一瞬たりとも存在していなかった。

 考えるよりも先に、体が動いてしまっていた。

 私は、ぼうっとした意識の中、ゆっくりと()に近づいて行った。

 向こうはというと、どうやら私の存在に気がついたようで、きょとんとしている。その手には、確かにラケットが握られていた。

 ―声を、かけずには、いられなかった。


「あなた…当矢中の、――くん?」


 彼は目を見開いて、私のことを凝視した後。


「俺ってそんなに有名人?」


 と、おどけたように、笑って言った。


 ―ああ、もう!本当に!

 まさか同じ高校に進学していたなんて!

 これが彼との、二度目の邂逅であった。





***





 晴れて卓球部に入部し、彼とも運命的な再会を果たしたわけだが、だからといって、何がどう変わるわけもなく。

 それでも、同じ高校で、同じ卓球部だというのだから、少なからずその点において、私は多いに喜んでいた。認め難いが。

 入部して数日。

 先輩方に呼ばれ、部室で新入部員(つまり私も含まれる)の自己紹介などというものが行われることになった。

 どういう順番で自己紹介が進められていったのかは、正直もう覚えていないけれど、その内の一人が、私よりも誕生日の遅い、三月二十八日生まれであることを聞いて、少し驚いたことは記憶にある。


 そして、来たる私のターン。


 全員の目が自分に集中していることの居心地の悪さにうんざりしながら、神井中出身であることと、自分の名前と、誕生日が三月二十日生まれであることを告げた。

 すると、思いのほか、周りのリアクションが悪かったというか、なんともいえない微妙な空気が流れ、私はひどく狼狽した。


 ―あれ、私、何かまずいことでも言った?


 そして次の瞬間、私は衝撃の事実に直面する。


「誕生日は…三月、二十日です」


 ―まさか!まさかまさかまさか!


 さすがの私もこれには驚いて、思わず彼のことを凝視してしまった。

 こんな偶然が、本当にあっていいのだろうか?

 私と彼は、なんと誕生日が一緒だったのである。

 平成五年、三月二十日生まれ。

 生粋の同い年であった。





***





 そんな喜びも束の間、彼は同じ卓球部で同級生の、大久保(おおくぼ)(さくら)という子を好きになった。

 桜は、私よりも背が低くて、髪が長くて、細くて、可愛い子だった。

 私では、到底太刀打ちできない相手だった。

 そこでようやく、自分が彼に対して好意のようなものを抱いていることを知った。

 自覚したくなかったと思った。

 私は、二つ上の先輩と、付き合うことになった。





***





 いつからだったか、時期はもう定かではないけれど。

 おそらく、高校二年生の年。一つ上の先輩方が部活を引退した後。


 彼が、部活内で避けられるようになっていた。


 桜は、もう随分前から幽霊部員のようになっていて、かくいう私も、一つ上の代が引退したとほぼ同時期に、卓球部に顔を出さなくなった。

 その間に、一体何があったというのか。ひょっこり部活に顔を出しに行った際、一人でぽつんとしている彼を見て、私は本当に驚いた。

 他人から悪意を向けられるような人柄でないことは、近くで見ていればよくわかったし、みんな仲が良かったはずなのに、これは一体どういうことだと、私にもさっぱりわからなかった。


 一度それに気づいてしまうと、どうしても見て見ぬふりができなくて。


 嫌々、それでも自分の意思で、私はまた部活に出るようになった。

 男子の輪に入れるはずもなく、頼りの桜もいないし、後輩たちの中に割り込む勇気もなく、だから部活に行きたくなかったのに、それでも私は、一人でいる彼のことを、どうしても放っておけなかった。

 結局それは、ただの自己満足でしか、なかったのかもしれないけれど。





***





 みんなと時間をずらして帰ることが多くなって、なんとなく、私は彼と一緒に帰るようになった。一緒にいる時間も、前より段違いに増えていた。

 色んな話しをしている内に、楽しくて、ついうっかり、引いた線を飛び越えてしまいそうになることが多々あった。不審に思われていても仕方がない。


 そんな、ある日のこと。

 それは、とても寒い、冬のことだった。


「俺、彼女ができたんだ」


 何を、どう、繕っていいかわからず。

 何を言っても、ボロが出てしまうと私は思った。

 彼の前では悲しまない。絶対に、悟られてはいけない。

 良かったじゃん!と私は笑った。笑えたはずだ。


「なーんて、嘘だよ。嘘。冗談」


 それを、真に受けてしまった私は、本当に、バカだ。

 余計なことを言ってしまった。

 取り消せないことを、言ってしまった。


「冗談で良かった。それが本当だったら、私泣いちゃうところだったよ」


 ごめん、彼女ができたって話、冗談じゃなくて、本当。


 ―ああ、私は、なんて、愚かなんだろう。

 一瞬でも期待してしまった自分を、殺してやりたい。


 結局、彼にとって、私は、その程度の存在だったということ。

 彼女ができたことを、冗談交じりに言ってしまえるような、そんな、どこにでもいる、ありふれた同級生の一人。

 悲しくはなかった。涙も、流さなかった。


「なんだ、びっくりさせないでよ~。彼女できて良かったじゃん!」


 よくよく聞いてみると、どうやら彼女は同じ当矢出身のようで。

 告白されて、昔から知っている仲だから、彼女のことをそういう風に好きなわけではないけれど、付き合ってみようと思ったんだと、彼は言っていた。


 ―そんなの、ずるい。


 それなら、私でもいいじゃない。

 もしも、私が、好きだと言っていたら。

 彼は私と――・・・私と。

 そんな私の想いは、降り積もる雪に埋もれて死んだ。

 それから私は、また部活に出なくなった。





***





 そうして、月日が流れ、私は高校三年生になり、気がつけば、高体連も風のように過ぎていた。

 結局、大した成績も残せず、私の高校生活における、卓球人生は幕を閉じる。とは言っても、ほとんど幽霊部員のようなものだったけれど。


 高体連が終わった、最後の日。

 彼との繋がりが切れる、その間際。


 たまたま二人になった時に、私は体育館で、あの冬の日に捨てた彼への想いを、拾ってやってもいいかと思った。


 ―私は、君のことが、好きだったんだよ。


 それでも結局、たった一言、それだけのことが言えなかった。

 高体連は終わり、卓球部を引退した私は、ただの三年D組、藤原千春になった。





***





 夏になると、本格的な就職活動が始まり、そんな中、私は彼が、***に就職が決まったことを知った。

 私自身、***もいいかな、なんて思っていた矢先のことだったから、それを聞いた時は、少し複雑な心境だった。

 中々内定がもらえず、気がつけば十二月になっていたけれど、なんとか年明け前に就職先が決まり、私は四月から、国立公園内に位置する、観光ホテルで働くことになった。

 これで、もう、本当に。

 会うことは、なくなるのだろう。

 同じ高校で、たった三年、同じ卓球部だっただけの私のことなんて、彼はおそらく、忘れてしまうに違いない。


 ―だから、私も忘れよう。

 忘れようと、そう、決めていたのに。


 下校中、ぽつんと一人で歩いている彼を見かけ、どうしてか私は、声をかけた。

 珍しいと、純粋に思った。

 何故なら彼は、彼女と毎日当矢まで一緒に帰っているはずだから。


「別れたんだ、ちょっと前に」


 それは。

 それだけは本当に、聞きたくなかった。

 未だ私に、一縷の望みを与えようとするその言葉を。

 私はあの時、どうやって、飲み込んだのだろう。

 もう一度、あの冬の日に捨てた彼への想いを拾おうとする自分が、惨めで、滑稽で、泣きたくなるくらい、悲しくなった。





***





 なんの接点も持てないまま月日は流れていき、三月。

 私は無事に商業高校を卒業した。

 最後まで、告げることなく終わったこの恋のようなものは、一生、私の後ろを付き纏ってくるのだろう。

 この時の私は、それはそれでいいかと思っていた。

 綺麗な思い出として、私だけが憶えていればいいと、そんな風に折り合いをつけた。

 好きだった、と過去にすることを決めた。


 私は彼から卒業した。

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