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天使のバレンタイン(※死者一名)

作者: ぽぽりんご



 神は言った。

 

「お前には、下界に降りてもらう」

 

 私は答えた。

 

「死ね、ハゲ」

 

 

 神の怒りは天の怒り。

 私の発言により下界を大きな嵐が襲ったが、些末なことである。

 それよりも、私の頭を襲ったげんこつの方が大事だ。

 

 

 無駄に仰々しい雰囲気で私の才色兼備なる頭を殴ったのは、このあたり一帯を統べる神様。年季の入ったクソジジィだ。思いつきで発言する彼を表現するのに相応しい言葉は、老害であろうか。

 一刻も早く天に召されるよう毎日祈っているのだが、あいにく彼は換気扇にこびりついた油汚れよりも意地汚く、除去が難しい。

 信仰の無力さを痛感する毎日である。

 

 

「儂がハゲている訳ではない。人間達のイメージを具現化しているだけだ。まったく、なぜこんなイメージが定着してしまったのか」

「それは、貴方の肖像画をたくさん作った私の功績が大きいでしょうね。ほめてくれてもいいんですよ?」

「なんとむごい仕打ち」

 

 同時に、天使は美しいとのイメージを定着させた。

 ゆえに、天使である私は美女だ。

 なかなか良い仕事をしたのではないかと思う。誰かほめろ。

 

 

「で、なぜ私が下界に降りねばならないので? 下界といえば、臭い・汚い・ハゲジジィに見くだされると三重苦ではないですか。いったいなぜ、温柔敦厚(おんじゅうとんこう)・天理人情、若く綺麗で未来溢れる私が行かねばならないのか。老い先短く女房子供にも見限られ、この先なにひとつ良い事など有りはしないであろう貴方が行けば良いではありませんか。この案の問題点は、廃棄物投棄法に触れる可能性があるという、ただ一点のみです」

「お前の発言からは、温柔さも人情もまったく見えてこんわ」

「目まで曇っていらっしゃる。これは重症……」

 

 強固に拒絶する私だが、ジジィは諦めない。

 油汚れでもここまでしつこくは無い。

 

 

「たまには人の願いを叶えてやらんと、信仰心が薄れてしまうからな」

 

 理由を問いただすと、予想通りの答えが返ってきた。

 そんな生ぬるいジジィが手にしていたのは、短冊。

 目を凝らしてみると「バレンタインチョコが欲しい」の文字が見える。

 

 これは、あれか。七夕の短冊か。

 時期的にバレンタインとは正反対な気がするが、もてない男がバレンタインにかける情熱とは、かくも熱きものか。

 情熱を注ぐ所を間違えているから、チョコを貰えないのではないだろうか。

 

「もしかして神様、自分を織姫と彦星に重ねていますか? 若い子へのセクハラが激しいせいで奥方様が出て行っただけなのに、おこがましいと思いませんか? 死んで詫びるべきでは」

「神がセクハラをして、なにが悪い」

 

 開き直りやがった、このクソジジィ。

 奥方様との(たもと)を分かつのは、天の川ではなくジジィの性欲(ミルキーウェイ)である。

 

「とにかく。この願いを書いた者からは、たぐいまれなる情熱を感じた。叶えてやりたい」

「なんだかねじ曲がった願いな気がしますが。あと、髪の一つも生やせないのに神を語るとは、これいかに」

「願いに貴賎などない。なにを恥ずかしがることがあろうか。あと、ハゲも恥ずかしくないから」

 

 ジジィは、臆面もなくそう言ってのけた。

 恥ずかしいジジィである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そんなこんなで、私はモテない男にチョコを渡す仕事をしなければならないことになった。誰か慰めろ。

 まぁ、めんどくさい部分は人に丸投げするだけだが。

 

 ボケーっと空にプカプカ浮いている後輩天使を発見した私は、すかさず拉致。暇そうにしているのが悪い。あと天使にしては珍しくショートカットの子なので、目立っていたというのもある。

 

「さて後輩Aよ。あれを起動させなさい」

「らじゃー」

 

 腕を組み仁王立ちした私は、シナリオマッシーンの前に立った。シナリオマシーンとは、その名の通りシナリオを自動生成してくれる素晴らしい機械である。台本通りに演出し進行する事で、人間達からお手軽に信仰を集めようというわけだ。

 神々は、手を抜くことに関しては手を抜かない。

 

 

「では、チョコを渡すシナリオを算出してみましょう。対象に関する資料は読みましたか? 私は読んでませんが、貴方であれば正しく状況を把握できると信じています。さて、私の役どころとしては、やはり女神やお姫様ポジションが相応しいとおもうのですが」

「ド厚かましい願望、了解した。では、アプローチそのいち。ごー」

 

 マシーンの操作は簡単。適当に設定を入力し、核となる物語をぶちこむのみ。

 後輩はぼんやりした目のまま、一冊の絵本をマシンに放り込んでレバーを引いた。

 

 待つことしばし。

 あっという間にシナリオが完成し、私達の前に映像が投影される。

 

 

 

★バレンタイン企画そのいち 泉の女神編★

 森の中でひっそりと輝く清浄な湖。

 なにが楽しいのか。水辺をスキップで移動する男性が、手にしたものを豪快に水の中へと落っことした。

 

『ああっ、たまたま所持していたチョコが! 泉のなかに!』

 

 ぱぁぁぁぁぁ!

 

 輝きと共に女神が登場。

 女神、つまりは私の役どころである。

 圧倒的な美は、まさに女神と呼ぶに相応しい。

 美の頂点に君臨する私は、哀れな人間に慈愛の目を向けた。

 

『あなたが落としたのは、この金のチョコですか? それとも、こちらの銀のチョコですか?』

『いいえ、僕が落としたのは普通のチョコです』

『すばらしい。正直者のあなたには、この私をプレゼントいたしましょう』

『やったぜ』

 

 

 

 私は、後輩のドタマにチョップを食らわせた。

 

「ちょっと待ってください。なんで私がプレゼントになっているのですか?」

「チョコなんて飾り。頭のネジが緩みきった男性が真に望むのは、可愛い女の子。本当に欲しいものを与え、かつ私の昇進の邪魔となる先輩を排除できる。一石二鳥、すばらしい提案」

「この子、とぼけた態度で内心そんなことを……」

 

 恐ろしい。

 神よりも清廉潔白、品行方正な私を見習っていただきたい。

 私なら、目上の者を敬う気持ちを忘れない。

 一つ問題があるとすれば、私より目上の存在など居ないことであろうか。

 完璧すぎるというのも罪である。

 

「しかしこの案、問題あり。先輩は可愛いが、従順とは対極に位置する存在。先輩を貰った男性が哀れなので、没にせざるをえない」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。私のことをよく理解していますね」

 

 

 バレンタイン企画そのいち 泉の女神編 没!

 

 

 

「では、次のシナリオを入力してください」

「次はすごい。なにしろ、世界一の美女役。タイトルは白雪姫」

「それは楽しみですね! 美女な上にお姫様という所が素晴らしい。沢山のイケメンにかしずかれ、チヤホヤされたいものです」

「さすが先輩、臆面もなくゲスな欲望をあらわにする。憧れてもいい。では、ぽいっとな」

 

 後輩は、絵本をマシーンにぶち込んだ。

 

 

 

★バレンタイン企画そのに 白雪姫編★

 森の中にぽつんとたたずむ、古ぼけた家。

 そこに、りんご売りの老婆がやってきたのだ。

 

『りんごはいらんかね。とてもおいしいチョコりんごだよ』

『わぁ、とてもおいしそうなチョコりんご! こんな森の奥まで老婆がチョコを売りにくるなんて、異常きわまりないけれど。でも、この輝きの前には些細な問題ですね!』

 

 映像の中の私が、あからさまに怪しいババァからリンゴ型チョコを受け取る。

 そして、おもむろにパクリと平らげたのだ。

 

『うっ、毒が!』

 

 

 

 私は、後輩の首にラリアットを食らわせた。

 魂を刈り取る形をしている……!

 

「私が毒食って死んだだけじゃないですか! おまけに、お姫様要素ゼロでしたよ。姫とはいったい」

「おかしい。王道ストーリーだったはず……はっ、続きがある。この女性は、王子様のキスで体内のチョコ毒素を吸い出されて生き返るもよう。斬新なチョコのプレゼント方法と言える」

「なんですかそれ。死体からチョコを吸い出すとか、妖怪か何かですか?」

「毒を吸い出しても倒れない所をみるに、その可能性は否定できない」

 

 毒食って死んだ上に、妖怪にキスされるとか。

 罰ゲームとしか思えないのだが。

 

「ちなみに。短縮版でないシナリオの場合、この頭の緩いお姫様は三回ババァに殺されるもよう」

「少しは警戒心というものを持っていただきたい。バカなのですか、このお姫様は」

「その可能性は大いにある」

「そんなバカの役は嫌です。ささ、次に行きましょう次」

「注文が多い……」

 

 

 

 アプローチその三だ。

 

「じゃん。次はこれ。『眠れる森の美女』」

「お、いい感じのタイトルじゃないですか? なにより、美女というのが素晴らしい。前半になんだか不穏な文字列があるような気もしますが、ひとまずそこには目をつぶりましょう」

「では、れっつすたーと」

 

 

 

★バレンタイン企画そのさん 眠れる森の美女★

 石造りの城の中。

 映像の中の私は、糸車に手を伸ばしている。

 そして、その針が指に刺さったのだ。

 

『うっ、毒が!』

 

 

 

「さっきと同じじゃないですか!? 貴方は、そこまでして私を亡き者にしたいのですか!」

「首をがっくんがっくん揺らすのはやめるのだ。正直そうしたいのは山々だが、今回の件に関しては私の願望が現れたわけではない」

「いま、さらっとひどいこと言いませんでした?」

「老いからくる空耳では? ……おう、まて。パンチはいけない。暴力反対」

 

 神をも黙らせる私の右ストレートを喰らわせるわけにもいかなかったので、こめかみをグリグリするだけで済ませた。

 私は優しいのだ。愛してくれてもいい。

 

「だいいち、今の話のどこにチョコが絡む要素があったのですか?」

「しばしお待ちを……このあと、チョコでできた茨が城を覆い尽くすもよう。理由は不明だが、思春期特有のトゲトゲしい心象のメタファーか何かと思われる。やがて訪れた王子の熱い愛がチョコを溶かし、喰らい尽くし、眠れる美女を救い出すのだ」

「なんか、さっきの話と似てません? あと、チョコを溶かすほど体温高いなんてその王子、病気じゃないですか? インフルエンザワクチンでも投与したほうが良くありませんか?」

「残念ながら、完全に発症してからワクチンを投与しても効果が薄いのだ」

「やはり病気なのですか」

「可能性は否定できない」

 

 

 

 私は、後輩が用意した大量の絵本をポイ捨てした。

 

「絵本はやめましょう。人間の考えることは、理解できません」

「りょうかい、パイセン。では、私が描いた漫画を流用しよう」

「あなた、漫画なんて描いてたんですか? 衝撃の事実なんですが」

「まだ、描き始めたばかりなのだ」

 

 後輩が取り出したのは、一冊のノート。

 その中に、所狭しと虫っぽいのがうごめいている絵が描かれている。

 正直キモい。精神鑑定を依頼するべきだろうか。

 

「なんですか、この虫」

「のー、虫ではない。それはかの騎士王、キング・アーサーなのだ」

「まさかの人類」

「横に並んでいるのは、美の女神であるアフロディーテ様」

「横? 横とはいったい……てか大丈夫ですかこれ。本人に見られたら怒られませんか?」

「女神と呼ばれるぐらいだし、きっと心が広いからへーきへーき」

「どうですかねー。絵が未熟なのは許してくれるでしょうが、話の展開に対しては危険な気が」

「大丈夫だ、問題ない。この物語は、アフロディーテ様の『はぁ……イケメン騎士を食いたい』というツイートを元に組み上げたのだ。彼女の欲望を満たす物語のはず」

「ツイート?」

 

 なんだかよくわからないが、アフロディーテ様は心の闇をどこかで放流しているらしい。別に構わないのだが、できれば身分を隠して実施していただきたいものだ。

 

「駄目です、没ですね。私をこの中に混ぜようなど、言語道断。なんか、理不尽な目にあいそうなので」

「だめかー、残念無念。無駄に勘がするどい」

 

 

 

 少し疲れた私は体を伸ばし、息を吐く。

 このままおバカなことを続けていても、永遠に仕事に取りかかれない気がする。

 

「もっと効果的にいきましょう。対象が好む展開でなければ意味がありませんよ。顧客満足度を高めるために、調査が必要です」

「それなら調査済み。今回チョコを渡す対象が愛読している物語は、私も把握している」

「いつのまに」

「たまたま好みが被っていただけ」

 

 元から読破していたということか。

 早く言ってほしい。

 

「彼が愛読している物語は、これ」

 

 後輩が差し出したノートパソコンには、「小説家になろう」というサイトが表示されている。

 いつのまにネット回線を引いたのだろうか。

 大丈夫なのだろうか。炎上とか。

 

「あなた、こういうサブカルチャー的なものに詳しいですよね……」

「さぶかるは、我が心の清涼剤。十万もの物語がこのパソコンに保存されている。まずは、ここを見て欲しい」

 

 小動物を思わせる動きでパソコンを操作した後輩は、とある物語の序盤を表示する。

 先ほどまでのぼーっとした表情とは違い、微妙に嬉しそうだ。

 こういう所は、可愛いと思えるのだが。

 

「ここ。異世界に転移した主人公が、盗賊に襲われている女の子を助ける。すると女の子は『きゃあ素敵、抱いて!』となる」

「お手軽すぎませんか? 主人公視点からだとそう見えるだけで、女の子的には脅威の対象が盗賊から主人公に代わっただけじゃありませんか?」

「いや、どうも本気で惚れている。私もこの現象には調査が必要だと思っていた。人知どころか、天の知すらも超越した事象が発生している可能性がある」

「貴方は、可能性を捨て去る覚悟を持った方がいいと思うのです」

 

 神様の髪より薄いものを、後生大事に抱えていても不毛極まりない。

 たとえわずかに残っていようと、ハゲはハゲである。

 

「とにかく、ヒーローイズムな展開が好みということですね。では、その方向でシミュレートしてみましょう」

「らじゃー」

 

 物語を、パソコンごとマシーンにぶちこむ。

 設定も、今までのものより現実的に。

 対象のいる現代日本に合わせると、盗賊ではなくチンピラが適切だろう。

 また、深き叡智を誇る私がおバカに殺されるのは嫌なので、ある程度私の性格が反映される設定とする。

 

 

 

 そうして始まった物語。

 夜の町で、私はチンピラに絡まれたのだ。

 

『おうおう姉ちゃん、可愛いじゃねぇか! ちょっと俺と良いこと……ぶべらっ!?』

『気安く触るな下郎。精神が汚れる』

 

 

 

「すとっぷ。これはない」

「いや、今のは仕方ないでしょう。肩に手を回されたのですよ。私は、聖母マリアのように汚れ無き心をもっているのです。妊娠したらどう責任をとってくれるのですか」

「腐れビッチがよく言う……まて。ぎぶ。ぎぶあっぷ」

 

 私は、口の悪い後輩にアイアンクローを食らわせた。

 だが後輩は、ギリギリ締め上げられながらも口を閉ざさない。

 意外と余裕あるなこいつ。

 

「先輩は、ヒロインというものがわかっていない。男の自尊心を満足させるためには、相手に主導権を渡した上でちやほやしないと。先輩のように、マウントポジションをとってはいけない」

「ええ……先に殴らないと、負けちゃうじゃないですか」

「先輩は何と戦っているのだ……とにかく、せめてもう少し大人しく。ヒロインは、ヒーローが助けにくるまでふんぞり返っていればいい」

「なるほど、わかりやすい。やってみましょう」

「まったく信用できないセリフだが、再開しよう。ぽちっとな」

 

 

 

 チンピラが現れた!

 

『ふへへ、お前は俺のセフレとなるのだ』

 

 私は叫んだ!

 

『キャー! 助けて、誰かー!』

 

 ヒーローが登場した!

 

『そこまでだ、悪党ども!』

 

 謎の全身タイツヒーローが、ばったばったと悪党をなぎたおす!

 パンチが! キックが! 容赦ない暴力が、チンピラを撃破、撃破、撃破!

 

『大丈夫だったか、可憐でか弱き美少女よ』

『ありがとうございます。助かりました。お礼にチョコを』

『うむ、確かに受け取った……ややっ、少女が光となって消えてしまった! ううむ、面妖な』

 

 

 ここで映像がフェードアウト。

 

 

「いいんじゃないですか? けっこういい感じに終わったんじゃないですか? 心に嘘はつきたくないですが、チョコ初めて渡せましたよ?」

「どうだろう……いやでも、今までのよりは……ぷっ」

「おい待て。なぜ笑った」

「笑ってない」

 

 この後輩は、臆面もなく嘘を言う。

 

 

「だが先輩、ここで一つ問題。対象は正義感あふれる人間ではない。いうなれば、貧弱もやしボーイ。心に英雄を飼ってはいないのだ」

「全然駄目じゃないですか。前提条件をマシーンに入力しておいてくださいよ」

「対象の性癖を考慮にいれると、三次元の女性からチョコを受け取ることがファンタジー展開となってしまうので、やむなく」

「そこまで?」

 

 ここで、しばし後輩が考え込む。

 考えるのは私の仕事ではないので、私はだんまりだ。

 私の仕事は基本的に、無茶な要望を出してきた神様をぶん殴る事である。

 

 

「ふむ、発想の転換が必要。とっかかりが二次元でさえあれば、なんとかなるかもしれない。よし、こうしよう」

 

 何か思いついたようで、後輩がマシンの設定をいじりはじめた。

 さらに待つことしばし、ようやく次の物語が開始される。

 

 

 

 画面には、薄暗い部屋でえっちなゲームをやっている男性の姿。

 右手にはマウスを。左手には……いや、この情報は不要だ。省略しよう。

 

「ここで、こう」

 

 後輩が画面を操作すると、ゲーム画面から痛々しいコスプレ衣装をまとった女の子が出てくる。

 これは、あれか。私か。

 私が、とても痛々しいことに。

 

「格好に突っ込みたいのは山々ですが、ひとまず置いておきましょう。なるほど、ここでチョコを渡すわけですね?」

「のー、まだ早い。チョコが欲しいといのは、本当の願いではない。真の望みは、自分が女の子に愛されたい、ちやほやされたいというもの。天から与えられた愛をむさぼるだけでは、家畜と代わらない。軟弱家畜ボーイに未来はない。願いを達成するためには、彼自身に魅力を持ってもらわねば」

「いや、いいですよそんなの。めんどくさい」

「そこで、こうする」

 

 さらにマシンを操作する後輩。

 テンションが上がってきた後輩に、私の言葉は届かない。

 のめり込んだら一直線なのだ、この子は。

 

 

『勇者様! あなたに私の世界を救って頂きたいのです!』

『ええっ!? 大勇者であるこの僕に、世界を救えっていうのかい?』

『そうです。この手をとって! さぁこの手をとって! さすれば、世界の半分をお前にやろう』

『やったぜ』

 

 

 

「おい。なぜ最後、急に魔王になった」

「……?」

 

 後輩は本当に不思議そうに、こてんと首を傾げた。

 

「先輩が魔王的ポジション、とても自然。なにか疑問でも?」

「なんでカタコトなんですか? 笑いをこらえてませんか?」

「その可能性は否定できない。そも、ジャイアンがお姫様ポジションに挑むという設定に無理があった」

 

 私は、後輩に強烈なデコピンを喰らわせた。

 力を溜めて、撃つべし! 撃つべし!

 

「まつのだ、これは仕方がない。対象の性根は心底腐っているので。太古より存在するヘドロ沼を煮詰めたより淀んでいるので、内面で女性を引きつけるのは不可能。世界を救い、富と権力を得て、それを餌にするぐらいしなければ女性が寄ってこないと判断した」

「いくらなんでも可哀そうでは?」

 

 もし事実だとしたら、彼には安らかな死を与えてあげたい。

 せめて、来世に希望がもてるように。

 

 

 

 その後も私達は、あーでもない、こーでもないと議論を続けた。

 だが、なかなかいい感じのストーリーが出来上がらない。

 

「もう、あれですね。いっそのこと、本当に異世界転生でもさせたほうが簡単なんじゃないですか?」

「それには私も同意する。マシーンが叩き出した解を見るに、彼にチョコレートを渡すことが可能 かつ 現実に存在する女性は、彼の母親のみ」

「最近思うんですが、貴方、けっこう外道度高くありません?」

「心外な。私など、先輩の足元にも及ばない」

「殴りますよ」

「すでに殴っている件……あいたっ」

 

 学習しない後輩である。

 じつのところ、たいして痛みを感じていないのが本当の所だろうが。

 天使は頑丈なのだ。

 

 

「ともあれ、答えは出ましたね。彼には、異世界転生してもらいましょう。きっと彼も世間の荒波にもまれている間に成長して、良き男性に育ってくれるでしょう」

「同意する。すがすがしい丸投げ感が心地よい。では先輩、彼を撲殺しにいくのだ」

「わかりました。では、行きましょう」

「ついでに、ゲームを買いまくる。購入リストは既に完成済み」

「用意周到ですね」

「万事ぬかりない」

 

 私は、さっそく地面に穴をあけて下界に通じる道をつくった。

 三分もあれば自動修復されるので、なにも問題はない。

 天界に道路公団は必要ないのだ。

 カップ麺の待ち時間を計るときに穴を開ける輩もいるぐらいである。まぁ、私のことだが。

 

 

「おぬしら、準備は進んで……ぬおおおおおおっ!?」

「あっ」

 

 と、ひょっこり現れた天照らす神様が、その穴に落っこちた。

 許可無く乙女の視界に入る無礼を働いた天罰だろうか。

 万死に値するとまでは、思っていなかったような。そうでもないような。

 

 

「……神様って、飛べましたっけ」

「のー。ジジィに翼はない。ジジィはイカロスでは無く、彼の翼を焼く太陽の役回りゆえ、地表まで一直線。地面に激突する。ジジィは死ぬ」

「そうですかー」

 

 私はため息をついた。

 キルヒホッフの法則というものがある。

 人間が考えた法則で、一件の重大災害対して軽度の災害が三十件、ヒヤリとする事例が三百件ほどあるというものだ。

 

 一瞬ヒヤリとしてしまったが、相手がジジィで良かった。

 軽率に地面に穴を開けるのはやめよう。災害に繋がる恐れがある。

 

「まぁ、放っておいてもそのうち復活するでしょうが……転生装置、起動させていたのは幸運でしたね。せっかくなので、ジジィのために使いましょう。一回ぐらい人間になってみるのもいいと思います。死ねばみな仏、ジジィの来世での幸福を。アーメン」 

「やすらかにねむれ、ジジィ」

「ついでに、ジジィにチョコを配る仕事を押しつけましょうか」

「ぐっどあいであ。数年から十数年仕事が遅れるが、許容範囲内と判断する。空いた時間で私も買い物ができてハッピー。それに、かわいい女の子に転生できたのなら、ジジィも本望のはず」

 

 

 こうして、私達の仕事は万事平穏に終わった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 数日後。

 

 なぜだか憂鬱な気分の晴れない私は、暇つぶし……いや視察のために輪廻転生部署を訪れた。

 そして、そこで働いている友人の愚痴を聞きながらお茶とお菓子を平らげる。

 

「姉さま、最近仕事がすごく忙しいんです。転生に無茶な設定を付与させる機会が多くて」

「珍しい作業ですね。そういうのって、自動処理で済ませるのでは?」

 

 ティーカップを傾ける。

 美味しい。やはりこの友人がいれた紅茶は最高だ。

 まいど出てくるお菓子も一級品とくれば、ご馳走にならざるをえない。

 

 本日のメニューは、チョコレートケーキである。

 たいへん美味。

 冷たい舌触りと、文字通りとろける甘さ。

 口の中で暖まるほどに甘みが増し、飲み込んだ後わずかに残るほろ苦さが次の一口を求めさせて止まない。

 

「なんでも、シナリオマシーンがそういうストーリーばかり勧めてくるらしく。それに沿った設定を私がしているんです」

「へぇ」

 

 シナリオマシーン。

 シナリオマシーンねぇ……

 

「噂によると、どこかの馬鹿が十万ほどの異世界転移・転生物語をマシンにぶち込んだらしいですね。めんどくさがりな上級天使の方々は、出てくる設定をそのまま流用しているのだとか。このままだと私は、十万人分の転生を手動で実施するはめに。死んでしまいます!」

「では、ほどほどに抑えるように通知しておきましょう。可愛い友人の頼みですし」

「ありがとうございます、姉さま!」

 

 これは、アレだろうか。

 アレだろうなぁ。

 マッチポンプというやつだ。

 

 

 しかし、シナリオマシーンは過去数千年に渡って運用されてきたはず。

 いくら最近入力したとはいえ、フルオートで転生物語ばかり出てくるのは異常とも言えるが。

 

 マシンが気に入ってしまったのだろうか。

 流行は火のように燃えあがり、風邪のように拡散する。

 情熱に浮かされ、恋に酔い、憎悪に苦しみ。

 やがて耐性をつけるまで、この流行は収まらないのだろう。

 

 色々と面白い事が起こりそうではある。

 美味しいお菓子も頂いたし、本来なら心はハッピーになる、はず。

 だが、私の心は悶々として晴れないままだ。

 今日は、あまり気分が優れないらしい。

 いや、今日だけではないか。ここ数日はずっとだ。

 

 

 

 その日の仕事を終えた私は、羽を広げて上空へと飛び上がり、天を見上げて目を細めた。

 雲より高い場所。燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽光は、ジジィ亡きあとも衰えを見せない。

 神などいなくとも、世は回る。

 

 

 平和だ。

 平和で、穏やかで、殴る対象を失った私のストレスがマッハである。

 

 

 ──ああ、そうだ。

 気づいてしまった。

 私のやりたい事。私の望み。

 ここにいては、それは叶わない。

 

 

 私は決意した。

 

 

「赤ん坊に転生したジジィを指さして、プギャーしに行こう」

 

 

 ジジィの胃に穴が開く事が決定した瞬間である。

 

 

 


天使に罵倒されたい。


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― 新着の感想 ―
[一言] クソのような性格の女の子にいい加減にあしらわれるのは素敵だと思いました。 私のミルキーウェイも適当にあしらって欲しいです。
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