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28才の戸惑い





 あれから、西山は必要以上に近づいてはこなかった。


 いや、もともと彼女の担任でもなかったし、これが今までとは何ら変わりない日常で、彼女が生徒の一人に戻っただけに過ぎない。

 普通に考えれば、振られた相手を避けるのは至極当然のことであり、それなのに何となくあの短い告白の時間の中で、色んな表情を見せてくれた彼女を目の当たりにしたからか、気がつけばうっかり西山の事を考えてしまう自分の方がどうかしている。

 決して、彼女に特別な気持ちを抱いているわけではないはずなのに……。


 今朝は当番で、校門の前で登校してくる生徒を迎えていた。


「吉井ちゃん、おはよう」


「おはよう。“ちゃん”じゃない、ちゃんと先生と呼べといつも言ってるだろう」


 普段から比較的気軽に会話する生徒に挨拶とともに、注意を促す。


「先生、はよ〜」


「おはよう。せめてシャツのボタンくらいはちゃんと閉めろ」


「いっつもヨレヨレ白衣を来てる先生には、言われたくねーよ」


「ヨレヨレはともかく、ボタンはちゃんと閉めてるだろうが」


 彼等にとっては、俺は教師というより近所のお兄さん感覚というか……。まぁ、年頃の生徒たちと気さくに話せるというのも大事なことだとは思うが。


 そんなことを考えていると、登校してくる生徒の中に西山あかりの姿を見つける。

 校門までの坂道を友達としゃべりながら歩いていると、後ろから先日の放課後一緒に帰っていた男子生徒が西山に声をかけ、彼女がそれに笑顔を返していた。

 そして、件の彼がそのまま西山の隣を歩き会話に加わると横にいた友達にからかわれたのか、彼女が少しだけ頬を赤くしながら怒っている。


「おはよう……」


「あ、吉井先生。おはようございます」


 こっちから挨拶をすると、今気がついたという感じで西山が丁寧に挨拶を返してくれた。しかし、彼女とは視線が合うことなく、そのまま西山は友達との会話に戻った。

 それは今までと何ら変わりない日常の光景だった。というか、これまでもこんなふうに校門で西山に挨拶をしていたはずなのに、よく思い出せない。

 今、はっきりと思い出せるのは、あの放課後、俺の声に振り返った彼女のはにかんだ表情。


 何となく視線が彼女の後ろ姿を追ったが、もちろん今朝の彼女は振り返らなかった。



◇◆◇



 授業中もふと気がつけば西山の席にチラッと視線を向けるが、彼女は黒板に集中しながらいつも通り真面目にノートをとっている。


(気にしているのは、俺の方か……)


 生徒からの告白に何だかんだで振り回されていたのは俺の方で、彼女のほうがよっぽど大人に感じた。


 チャイムが鳴る。午前の授業が終わり、学食に行く生徒や弁当を片手に移動する生徒が次々と教室を出て行く。そんな開いた扉から、ふとあの男子生徒が廊下を歩きながら、こちらに向かってくるのが見えた。


(一緒に食べる、約束でもしてるのか……?)


 考えるよりも先に、口が勝手に動いていた。


「西山、教材運ぶの手伝ってくれないか?」


 しまったと思った時には、もう遅かった。

 そんな俺の発言に、西山が返事をする前に後ろの席にいた彼女の友達が口を尖らせた。


「え〜、ひどい。これから、私達お昼なんですけど〜」


「そうだよ。先生、いつも一人で片付けてるのに、なんで今日に限ってあかりに頼むの? 貴重なお昼休みが減っちゃうじゃん」


 彼女の仲良しグループの子達が「そうだ、そうだ」と次々に抗議してくる。自分でも何言ってんだと自覚していたので前言撤回しようとしたが、見かねた西山が小さく息をつくと。


「いいよ。いいよ。今日、ちょうど私が日直だし。二人とも先食べてて」


 そう言って友達をなだめるると、彼女が教壇まで来ると授業で使った教材をサクサクと片付け始めた。


「生物準備室に持っていけばいいんですよね」


「あぁ、悪いな……」


「日直ですから」


 西山と荷物を分けて持ち、教室を後にした。

 自分の方から声をかけといて、俺はあの告白以来の近い距離に戸惑っていた。彼女とて本当は俺に話しかけてなど欲しくなかっただろうに。

 歩きながら西山に対してどうしたらいいのか、会話の糸口を必至で探す。


「せっかくの昼休みに、悪いな……。約束とか、あったんじゃないのか?」


「……大丈夫です。メグ達とはいつも一緒に食べてるから約束とかじゃないので」


 やっとの思いで話し掛けるも、実にあっさりと返されてしまった。しかし、彼女は仲の良い友達との事を言っているのだが、自分が気にしているのはそっちではなく……。


「いや、け、今朝一緒に登校してたヤツと約束してたんじゃないのかなと。いや、声を掛けたあとに、た、たまたまなアイツがこっちの教室に歩いてくるの見かけて……タイミング悪かったかなって」


 教師のクセに小さな嘘をついてしまった。本当は、ヤツの姿を見て思わず彼女に声をかけてしまったというのに。


「……」


 横を歩いていた西山が、少し驚いた感じでこっちを見上げたのが分かった。思いっきり立ち入ったことに首を突っ込んでしまい、彼女の視線にあわてる。

 こんなことを聞くなんて、本当に俺はどうかしている……。


「……意地悪です」


 しばらくして、西山が少し小さな声でそう言うと、彼女との身長差で自然と上目遣いになった西山が軽く俺をにらんだ。偶然とはいえ、その表情に思わずドキッとしてしまって、あわててそれを振り払う。


「吉井先生が言ったんですよ。同年代と青春しろって……」


「っ……そうだったな」


 彼女に痛いところを付かれ、思わず言葉が詰まる。

 自分から際どい話を振っといて、勝手にしどろもどろになっている自分が情けない。


「お、もうここで大丈夫だ。助かった、西山」


 そうこうしているうちに目的の準備室の前に着くと、助かったとばかりに彼女の荷物を受け取り感謝を言って話を切り上げようとした。






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