17才の告白
はじめての投稿作品です。(改稿しています)
つたない作品ですが、楽しく読んでいただければ幸いです。
――先生……好き、です。
「て、言ってたのにな……」
運動部の掛け声が、あちこちから響き始める放課後。
バイトや塾へと急ぐ生徒やどこに寄って帰るか相談しながら歩くグループが、次々と校門を出て行く。
その中に、少し恥ずかしそうに、でも隣の男子生徒に笑顔を向け会話をしながら歩く西山あかりの姿を見つける。
(まあ、同世代の相手が見つかって、俺にとったらこれで無事問題解決じゃないか)
一週間前の放課後、ちょうど今くらいの時間だったか、俺は2年生の西山あかりに告白された。
彼女の印象は、手のかからない普通の……ちょっと大人しいくらいの生徒。いや、正直に言えばそれまでぼんやりとしか認識していなかった。
成績の優秀な生徒や反対に授業態度の悪い生徒、良くも悪くも目立つ生徒についつい気を取られ、普通の生徒一人ひとりに等しく目を掛けることはなかなか難しい。
だからこそ、西山のように大多数の生徒が普通の生徒でいてくれるおかげで、安心して過ごせている部分もあるのかもしれない。
そんな普通の生徒である西山あかりが、彼女のクラスの担任でもなければ生徒から人気があるわけでもなく、どちらかと言えば生徒からは親しみを込められながらも、若干舐められ気味の俺を好きだと言った。
一週間前は……。
◇◆◇
一週間前の放課後、廊下を歩いていると西山あかりから声を掛けられた。
俺が担当している教科の課題ノートを授業の時に提出するのを忘れていたので、放課後になって届けに来たらしい。俺の記憶が正しければ、彼女はこれまで遅れたりするような事がなかった気がするので、その時は珍しいなというくらいにしか思わなかった。
「吉井先生。すみません」
「お〜、西山が忘れるなんて、めずらしいな」
差し出されたノートを受け取ろうと、その端を掴んだもののグッと抵抗感があった。
「ん?」と思い、再度受け取ろうとノートを引っ張ったが、何故か彼女はノートを掴んだまま離さない。教師相手に普段ちょっとしたイタズラや冗談を言うような生徒でもなかったので、どうしたのかと彼女に視線を向ける。
きっと俺は、この時はじめて西山あかりという生徒を、ある意味ちゃんと見たのかもしれない。
特別目立つような子ではなく、ごく普通の生徒。そんな俺の視線に、目の前の西山はみるみるうちに耳まで真っ赤に染まっていった。
それでも視線をそらさず真っ直ぐに俺を見つめ返す彼女の瞳が、廊下に差し込む夕日に照らされて燦めいたような気がした。
まさか思いつつも、心の片隅でかすかな予感が過ぎったのも事実。なかば本能的にそれを遮ろうと口を開きかけたが、西山の告白のほうが早かった。
「先生……好き、です」
緊張していて小さく震える声が、廊下まで響き渡る運動部の掛け声にかき消されることもなく、はっきりと俺に届いた。
一瞬、最低にも聞こえないふりをしようかと思ってしまったが、こういう生徒にははぐらかさずに、教師として毅然とした態度で話せばきっと理解してくれるはず。
「ハハ……。こんなアラサー教師を好きになるとは、物好きな奴だな」
教師というのは生徒にとって比較的身近にいる大人であり、学生時代に密かに憧れたりするというのはままあることかもしれない。
恋愛感情というよりは気にかけて欲しいとか、何かしら認めてられたいとかそういう思いからくるものも多い、はず……。
そんな俺の言葉に、西山の揺れる瞳がかすかに伏せられた。真面目な生徒である彼女ならこのあと告げられる内容も、あらかじめ予想しているのだろう。
(よく見ると、西山の睫毛長いんだな……)
ふと、場違いな事を思いながらも、言葉を続ける。
「まぁ、なんだ……西山の気持ちは嬉しい。が、限られた高校生活をこんなオッサン教師にかまけてないで、同年代との青春を楽しめ」
自分の言葉に少々わざとらしくなりながらも「うんうん」と頷きながら、そっと西山の様子をうかがう。
彼女の手がギュッとノートを握り締めると、前髪から覗く瞳がさらに大きく揺れるのが見えた。
「あれだ……俺は教師だから……な? に、西山なら俺に言われるまでもなく、ほら、その、うん……分かるだろ?」
教師とはいえ俺だって男だ、女の子の涙には激しく動揺する。
自分の立場を忘れず、西山の気持ちもはぐらかさず、毅然とした対応をとろうと思っても、さっきから歯切れの悪い言葉が続く。
(不甲斐ない先生で悪いな……)
なんとか穏便に理解してもらおうとあたふたしていると、ふいに西山が顔を上げて俺の顔を見て少し笑った。
「ふふっ……。そんなに慌てなくても、大丈夫ですよ先生。ちゃんと……分かってますから」
少し瞳が潤んでいたが、それでも涙を零すこともなく、思ったよりも元気な声にホッとすると同時に、こんなふうに笑う西山の顔も初めてちゃんと見たことに気づかされた。
そして、それは彼女が教師の自分のために、精一杯そう振る舞ってくれているという事も。
「そうだな。西山なら分かってるよな。気持ちは嬉しかったから、ありがとう」
俺の何倍も大人な西山の態度に、救われる。
「先生にとって、きっと私は大勢の生徒の内の1人だって分かってるけれど、でも、なんて言うか……せめてこの気持ちだけ知ってて欲しかったってだけなので、だから……大丈夫です。困らせて、ごめんなさい」
「西山……」
本当に、素直な生徒で助かる。
彼女の言う通り、大勢の生徒の内の1人と言ってもそれぞれの思いや悩みがあって、だけどこうやって普通でいてくれることに助けられているということを、つい忘れがちになっているのかもしれない。
そんな西山は伝えたかった事は全部言ったのか、今度こそ素直にノートを俺に渡すと、
「吉井先生、さようなら」
そう言いながらちょこんとお辞儀して、俺の横を通り過ぎて行った。
「に、西山、気をつけて帰れよ」
そんな彼女の後ろ姿に、俺は思わずそう声をかけた。
すると、立ち去ろうとした西山がピタッと立ち止まり、一瞬間があって振り返ると……。
「吉井先生! 困った顔も、好き……!」
西山がはにかみながらもちょっと茶目っ気な感じでそう言うと、そのまま走り去って行った。
大人しく真面目だと思っていた彼女の思わぬ可愛らしい姿を、眩しく感じながら少しだけ目を細めて見送った。
どうなることかと思ったが、これでお互いまたそれぞれの日常に戻っていくんだろうと思った。
◇◆◇
その西山あかりが、一週間後には楽しそうに男子生徒と会話をしながら二人で帰っていた。
さすがにあの告白から一週間後というのは早い気がするが……いやいや、本当に物分かりの良い生徒で助かったじゃないか、それに自分が言った事だ「同年代と青春しろ」と。
このままいつまでも好意を持たれて何か問題でも起きたらお互い困るし、いや、西山が問題起こすような生徒じゃない事は分かっているが……。
彼女に対して特別な感情など持っていないはずなのに、俺はどこかモヤモヤとする気持ちを振り払うようにすれ違う生徒に挨拶しながら、職員室へ戻った。