列車
長時間宛もなく電車に乗るのが唯一の趣味だ。ただ西へと向かう列車に揺られている。
正面にも椅子がある四人掛けの席、そこに座っていると、正面に高校生であろう女性が座ってきた。
襟が鮮やかな水色で、清潔感が制服から伝わってくる。目は大きくすこし垂れ下がっていて、丸顔の頬にはソバカスがちりばめられている。薄幸顔というのだろう。彼女は紺色で無地のリュックサックを自分の膝にのせ、白色のトートバッグを窓側の脇に置いた。
そうすると彼女はリュックから参考書を取り出した。
表紙に「化学」という言葉が書いてあるのはわかったが、その他の文字は読み取れなかった。電車のなかで勉強を始める。とても真面目なのか、もしくは受験か何かで追い込まれているのかは判断できなかった。
彼女が乗ってから二駅が経ち、電車のドアが開くと彼女は急に顔をあげた。悲しいとも、心配ともとれる顔をして、僕の背後を見ている。僕の後ろから若い女の子の活気ある話し声が聞こえる。ドアがしまると、すこし安心したような表情になり、参考書に目を落とす。
彼女は何を目指し化学を勉強しているのだろうか。なぜ、そんな寂しい顔が出来るのか。彼女はイオンと格闘していたようだが、15分ほどすると、うとうとしだし、時折何かに気付くように顔を上げ、参考書をみる。そしてまたうとうとする。という行動が何度も繰り返された。その度に参考書と、左手に持っているシャープペンシルが落ちそうになる。
彼女の隣に品のある鼻の横に大きなほくろがある老婆が座った。その老婆は座るときに老婆が彼女のスカートの裾を下に敷いてしまった。彼女がすぐにスカートを引っ張る。老婆と彼女がどちらともが軽く謝り、すぐさま彼女の方は参考書を見る。老婆は外の景色を見ていた。
彼女はまたうとうとしており、老婆はそれをみて少し微笑み、また窓の外を見た。
彼女がまた浅い眠りから醒め、顔を上げた時に一瞬目があってしまった。同時に目をそらす。僕は見ようとも思っていない景色を見る。
水田が広がっていた。若い稲が空気を切り裂くように細かく揺れている。こんなところまで来たのか。
老婆が立ち上がった。彼女はそれをみて、時計を確認する。もうすぐ降りるのだろうか。ふともう一度窓の外を見る。
彼女を見ると参考書をしまっていた。参考書の「化学」以外の言葉は確認出来なかった。彼女のなかに、今日電車のなかで眠気のなか勉強したものは半分も残らないだろうと思うと少し悲しくなった。彼女は参考書をしまってから4駅ほどたったところで降りていった。
僕は彼女と同じ駅で降りた。