第1話 「月光の古大橋」
五月某日、拡張パック<ノウアスフィアの開墾>と共に発生した、<大災害>こと<第三の森羅変転>。そのおよそ一ヶ月が経過した六月の初旬、ギルド<西方見物録>のメンバー一同はミナミ以西の土地の状況を探るべく西進し、ウェストランデ西部地方、備前市に当たる<窯の街ガルドクロウ>にまでやってきていた。
その目的はエルダーテイルがゲームであった頃に、既に崩壊していた瀬戸大橋こと<ロストブリッジ>を渡り、魔物の巣窟と言われる島、<フォーランド公爵領>の情報を集める事にあった。しかしそもそもゲーム時代から崩壊し、朽ち果てた<ロストブリッジ>を「渡る」などと言う事ができるのだろうか? ギルド<西方見物録>のメンバーは懐疑的な視線を送り合っていた。ギルドマスター一人を除いて。
今回西進を決めミナミを出立する以前、<西方見物録>のギルドマスター<攻嵐>の元に、ある大手ギルドのメンバーの一人が訪れていた。総髪を後ろで束ねたやせぎすのエルフの青年。名をKRという。
<Plant Hwyaden>。ミナミが今後一つのギルドに集約されるであろう、その末席の幹部でありながらも、エルダーテイル時代の日本サーバーにおいて、その名を轟かせた伝説的なプレイヤー集団<放蕩者の茶会>にも属していた者。その容姿とは裏腹に歯に衣着せぬ物言いをするこの人物は、ミナミの街の中でも有名なプレイヤーの一人であった。そしてKRと攻嵐は、リアルで繋がりを持つ友人同士の間柄であった。
そのKRが攻嵐の元を直接訪ね今回の件、<大災害>後の<フォーランド公爵領>の状況視察に関しての依頼をしたのだった。その中で彼は友人にこう話したのである。
「満月輝く夜に、<ロストブリッジ>は復活する」
と。
かくして<西方見物録>メンバーは満月の夜、<ロストブリッジ>にたどり着いた。そしてKRの情報通り、月光に輝き、立派なまでの姿を見せる古大橋、<ロストブリッジ>を臨むこととなった。
この出来事が<大災害>、そして未だ謎の多い拡張パック<ノウアスフィアの開墾>に起因した出来事であるかどうかは分からない。そしてこの月光に輝く<ロストブリッジ>や、その奥に待ち構える魔物の巣窟と化した四国、<フォーランド公爵領>の情勢がどのようになっているかは不明である。
<西方見物録>メンバーは皆、未だ半信半疑な様子、そして緊張の面持ちのまま、橋を駆けだしたのであった。
この世界は<ハーフガイア・プロジェクト>によりスケールが半分になっている。実際の瀬戸大橋の全長は約一三キロ。つまりその半分の六・五キロが<ロストブリッジ>の長さだろう。満月の光で<ロストブリッジ>が復活したと考えるならば、夜が終わるまでに渡り切る事が条件である。万が一渡り切れない場合は<セトの海>に落ちる事となる。仔細は省くが、<セトの海>に落ちたが最期、生きて<フォーランド公爵領>に落ち延びる可能性はゼロに等しい。初心者を除く冒険者はみな、そう心得ていた。そしてこの六月と言う時期は夏至に近いと言う事も考慮する必要がある。つまり夜が早く明ける可能性が高いのだ。万能な<冒険者>の身体をもってしても、六・五キロという距離を、身につけた重装備のまま走り抜けると言うのは困難なものであるのだ。そして、
「ギシャアアアア!」
歩き回れる<ロストブリッジ>と言うのは、<冒険者>にとってのみの利点ではないのである。
眼前に現れた複数の魔物。三叉の銛を持った<水棲緑鬼>や、死の淵から負のオーラと共に復活した<屍食鬼>など多くの怪物が簡単には渡らせまいと立ちはだかる。<西方見物録>メンバーは、このような「いざ」と言う時のために事前訓練していた大規模戦闘の陣形を取って、駆け出した勢いそのままに、敵に向かって行く。
そして<西方見物録>による<ロストブリッジ>攻略の火ぶたは切って落とされた。
<守護戦士>が果敢に魔物の陣に突っ込み攻撃に耐える中、<妖術師>や<召喚術師>の魔法が火を噴く。その攻撃に耐えた敵も、新たに現れた<暗殺者>や<盗剣士>、<吟遊詩人>らの攻撃を食らい倒れる。しかしそこに新手の魔物が現れたとの情報が。しかしすぐさま敵に切り込む<武闘家>と<武士>。獲物を待ち構える敵に<付与術師>の魔法が絡みつき、しかしそれを振りほどいた魔物の攻撃は、<神祇官>の張った障壁に跳ね除けられる。深い攻撃ダメージを受けた<守護戦士>が、<施療神官>と<森呪遣い>の回復魔法で復活し再び敵陣に飛び込む。その刹那、魔法攻撃職が作り出す高火力の爆発が周囲の敵を吹き飛ばし、新たな骸を積み上げていくのであった。
――どのくらいの時が経過したのだろうか。
低レベルのメンバーのみならず、中堅、いや幹部クラスのメンバーの中にも大きな負傷を受けた者が少なくない。ギルドマスター<攻嵐>を含め全員が肩で荒い息をついている。橋を渡りだした時にいたメンバーから数人の姿がなくなっている。それは、文字通り命を賭して<ロストブリッジ>を渡ったと言う事実であった。そして今まさに、夜が明けたようだった。その様子は光を失い、抜け殻のような雰囲気で佇む、普段そこにあるままの<ロストブリッジ>の様相から見て取れた。
しかし誰一人として安堵した表情の者はいない。彼らが居る場所は<フォーランド公爵領>。それは、ゲーム時代から<冒険者>に安心をもたらす拠点が一つもない、魔物達の楽園であるからだ。
ある者は足を引きずり、またある者は痛めた身体を自ら抱きかかえながら、ゆっくり歩きだす。そんな中で誰かが言を発する。まずは少しでも落ち着ける場所に行こう。南下したすぐの場所に村落跡があったはずだと。
――<ラウンドータスの集落跡>
誰かがゾーンを確認したところ、そんな名前が目の前のウインドウに表示されている。
と、その時だった。
地面が唸り地震となって冒険者を揺らす。直後、集落の広場の中心に、地面から巨大な大木のような何かが何本も姿を現した。それらはウネウネ・ユラユラと身体を揺らし、それらの奥に本体と思しき大輪の花が現れた。花はそれ自体が顔や目であるかのように眼下の<冒険者>を見やると、幾重にも伸びる触手で襲い掛かってきた。<フォーランド公爵領>を訪れた<冒険者>に対する手洗い歓迎であるかのように。
「アサシネイトォォォッ!」
<暗殺者>ローマ・ポイズンが、その自らの尽き掛ける命の炎を言葉通り燃やし放った必殺の一撃が勝敗を決めた。<ロストブリッジ>以降、さらに複数名の死傷者を出す戦闘となったが、最終的な勝利を<西方見物録>は決めたのだった。左右に分断された邪悪な大輪の花は、ズズンという重量を感じさせる音を伴い、その亡骸を地に伏した。とその直後に大輪の花を、そして<西方見物録>のメンバーを、そして集落跡全体をまばゆい光が包み込んでいく。幾ばくかの時間のあと、光が収まった中で目を開けると信じられない光景がそこにはあった。
数人の村人が朝の挨拶をし、畑仕事に精を出している。
家畜の鶏や牛が鳴き、犬が小さく吠えている。
談笑する<大地人>達の声がする。
朝の挨拶をする子どもと、その返事をする老人の声がする。
どこからか煮炊きをする白煙が上り、料理をしているだろう音や、かぐわしい匂いが流れてくる。とそこへ1人の老人がやってくる。老人は自らを<ラウンドータスの村>の村長であると名乗り、ズタボロの様子をした<西方見物録>一行を暖かく迎えてくれるのだった。
一同は皆ポカンと立ち尽くす。そんな中誰かがウインドウを確認すると、確かに<ラウンドータスの村>というゾーンを確認する。そして別のウインドウを見ていた他のメンバーが「あっ!」と声を上げる。その者に皆の視線が注がれる。そして誰もが、自身のウインドウを確認し、また「あっ!」と声を上げる。
そのウインドウはクエストの画面。
そこには「Newマーク」のついた新規のギルドクエスト<フォーランドの鎮魂歌>という文字があったのだった。
驚いた様子の冒険者たちを、にこやかな表情で見やる村長。
月光の<ロストブリッジ>を渡り訪れた<冒険者>と<フォーランド公爵領>の大地人の、新たなる冒険の物語が今始まったのだった。