太陽系第5ステーション
光に視界が奪われる寸前、俺は後方スクリーンを通して巨大な戦艦の影を見た。
ような気がした・・・。
頼む、気のせいであってくれ。
まじで。
眩しさのあまり目を閉じると、一瞬ふわりと宙に浮く感覚。
そしてプレアデスが急加速したように感じた。
既に閉じている瞼にぎゅっと力を込める。
更にぐるぐると回転しているらしく、上下の感覚がめまぐるしく入れ替わった。
まじかよ、いつまで続くんだよ、これ。
ぐるぐると脳が揺れ、吐き気がこみ上げてくる。
目を閉じているにも関わらず、チカチカと眩しい光を感じた。
プレアデスはなおも加速し続け、回転は止まらない。
だめだ、もう限界。
*****
「・・・ばる。すばる!大丈夫!?」
ミモザの大きな瞳が覗き込む。
気がついたとき俺は個室のベッドに横になっていた。
えーっと、そうそう、ワープしようとして気絶したのか。
かっこわりい。ミモザはピンピンしてるのに。
「!!・・・痛って!!」
体勢を起こすと、未だに吐き気と割れるような頭の痛みが襲って来た。
まさか、吐いてないよな!ミモザの前で!!
慌てて自分を見下ろす。
・・・セーフ・・・。
ふーっと、息を吐いた。
「はい、お水、飲む?大丈夫、最初はみんなそんなもんよ。すぐ慣れるから」
差し出されたペットボトルを受け取る。
慣れる日が果たしてやってくるのか?
ってか、慣れる程体験したくないんですけど!??
「ステーションに到着するまでまだ時間あるから、ちょっと寝てたら?」
「ああ、悪いな。世話かけて。
・・・て、お前が俺を運んだのか?予想はしてたがどんだけ怪力なんだよ!」
部屋から出て行こうとしていたミモザは俺を振り返った。
「そんなワケないでしょー!?ノナよ、ノナ!!
ノナ!あの恩知らずを制裁してやって!!」
ミモザの隣に浮いていたノナからパンチングマシーンのグローブが飛び出してきた。
見事、顔面命中。
・・・俺、病人なんですけど?
「ふふーん。銃だと脅すだけだから、パンチの機能を加えたのよ」
ミモザは満足そうに言った。
この、暴力女。
ノナは飛び出すグローブを収納しながらミモザの方に駆けて行く。
別にノナはミモザの命令に従っただけで悪くないのにな。
何気なく卵型のロボットに声をかけた。
「ノナ、運んでくれてありがとうな!」
すると、ミモザが驚いたような表情をしてノナと目を合わせた。
いや、ノナに目は無いから正確には内蔵されたカメラとだが。
ノナはピコピコと機械音を出しながらミモザの周りを回り始めた。
その様子は喜んでいるように見える。
ロボットにも感情があれば、の話だけれど。
「・・・あんた、変なヤツね。ステーションに着いたら起こすから、ちゃんと休みなさいよ!!」
「お、おう!」
ミモザの声もなんだか弾んでいるように聞こえた。
なんだ?俺、そんなおかしな事言ったのか??
*****
太陽系のハブステーションは土星の軌道上近くにあるらしい。
プレアデスがワープしてきたのは火星付近だ。
ハブステーションに行くための、いわば乗り継ぎのためのステーションに到着しようとしている。
「あれがステーションよ」
ノナに連れられてコックピッドに入ると、開口一番ミモザが言った。
正面のスクリーンには巨大なドーナツ型のような建造物が浮いている。
ドーナツの側面には至る所に出入り口があり、様々な形の宇宙船が出入りしていた。
まだ本調子ではない俺だが、その圧巻のスケールに心を踊らせずにはいられない。
「すっげえ!すげえよ、夢じゃないんだよな!?」
「ノナに殴ってもらう?」
「いえ、遠慮します」
ガシャガシャと音を立てているノナを警戒しながら、艦長席に着く。
艦長席の目の前に、見慣れないガラスの様な透明なプレートが埋め込まれているのが目に止まった。
文字のような記号の羅列と、マークがその内部に浮かんでいる。
「おい、ミモザ!お前勝手にプレアデスを装飾してんじゃねえよ!」
「ああ、それ?登録宇宙船の認識エンブレムだから。それが無いと不法船として捕まるわよ」
「え?そんな物いつの間に手に入れたんだよ」
「あんたが寝てる間に作ったの。ちょっと大変なんだから、感謝しなさいよ!」
「作った・・・ってつまり・・・」
「うん、偽造!」
にっこり微笑むミモザに俺は返す言葉が無かった。
・・・ミモザさん?あなた本当、何者ですか??
俺が青ざめ放心しているのもお構いなしに、プレアデスは着実にステーションに近付いていた。
その入り口が目前に迫り、暗い出入り口から中に入る。
進行方向に向かって誘導するように、青い光が点滅していた。
しばらく進むと、通信システムを通して音声ガイドが聞こえてきた。
「停止して下さい」
「プレアデス、停止します」
ミモザの声に合わせて機体が止まる。
ウィーンという音がプレアデスの前後左右から聞こえて来た。
ふと見ると、目の前の認証エンブレムとやらが緑色に発光している。
その表面を記号が左から右へと流れて行った。
「認証ID確認しました。ようこそ、太陽系第5ステーションへ。進んでください」
無機質な音声に誘導され、プレアデスは再びゆっくりと進み出した。
トンネルのような通路を抜けると、少し開けた部屋に辿り着いた。
天井には青い光で大きく記号が書かれている。
その部屋の中央でプレアデスは静止し、着陸した。
「さ、降りるわよ」
「え、お、降りる!?ちょっと待て、お前、プレッシャースーツは!?」
「いらないわよ、そんなもん。手ぶらでいいから、さっさと行くわよ!」
手ぶらでいいって・・・コンビニよりも手軽に宇宙ステーションを利用するのか、宇宙人ってやつは。
だからって、本気で手ぶらなのも不安だ。
慌てて部屋に戻り、宇宙に来てから存在すら忘れていたスマフォをポケットに突っ込んでミモザの後を追った。
プレアデスを降りると、今度は前方の出入り口が開いていて、
その先には真っ白く大きな空間が広がっていた。
ざわざわと大勢の人・・・もとい、宇宙人が行き交っている。
「すっげえ!」
「あんた、今日そればっかり。ちょろちょろして迷子にならないでよね!」
「お前・・・年長者に向かって・・・」
「そうやっていっつも年上ぶってるけど、ミモザとそんなに変わらないでしょ!?」
「変わらないって、お前、俺はもう18だぞ!?」
「ミモザだって、17歳なんだから!!ほとんど変わらないじゃない!!」
「じゅ・・・17!??」
宇宙人の成長って、地球人より遅いのか!?
「な、なによ、その目・・・身長は低いけど、胸はあるんだからね!」
「いえ、なんでも」
やっぱり、平均より子供なのか。
胸以外。
*****
ミモザによると、ステーションは小さな町のような感じで今いるゲートと呼ばれるステーション間の移動機能の他、居住区やショッピングモールのような施設もあるらしい。
「行き先は太陽系メインステーションです。F18に停泊してます」
「メインステーションですね。最速で明日の9時15分にワープ・ドライブ可能です」
ミモザと受付係の会話を隣で聞きながら、俺は周りの景色をスマフォで撮影していた。
電波は入らないが、他の機能は問題なく使える。
この写真があれば間違いなく、俺はスターだ。
でも、なんだろう・・・これ、あんまり宇宙っぽくないような。
確かに窓の外の景色は宇宙だし、真っ白な内装も未来的で、よく見ると地球上ではありえない技術が使われているんだけど・・・。
「さ、行くわよ!出発までに色々買い出ししたいし・・・どうしたの?」
スマフォを見て首をかしげる俺に、ミモザが声を掛ける。
周りを一周見回して、ミモザへと視線を戻す。
やっぱりだ。
「なあ、ミモザ。宇宙人って・・・もっとけむくじゃらだったり、ぬめぬめしてたり、なんつーか・・・他の種族っていないのか!?周りを見ても地球人と同じような背格好だし、さっきのお前の話だと、成長速度なんかも同じなんだろ?みんなそうなのか??」
ミモザは一瞬固まってから、肩を落とす。
あれ、何か聞いちゃいけない事だったのか?
「・・・うーん、そっか、地球じゃ宇宙の歴史なんて勉強しないよね。もちろん、別の姿かたちをした種族もいるんだけど・・・」