宇宙人の生態
ミモザがプレアデスに乗船して丸二日。
俺たちは未だ月の軌道上辺りにいた。
ミモザはシステムの見直しと修正をサクサクとこなし、
機体の改修に取りかかっていた。
彼女の持って来た小型の宇宙船に積まれた部品を使い、
ノナが船外活動を行い補修を行っている。
プレアデスのシステムを早々に理解したミモザはその間、
コックピッドの操作席を陣取り華麗なシステム捌きを披露していた。
約束通り改修事項はきちんと俺に報告し、判断を煽ってくれるが・・・
一体お前の頭はどうなってんだ!?ミモザ!!
もはやこの船は完全に奴の支配下だ。
一方俺はというと、技術面で特に協力できる事も無く、炊事係へと収まっていた。
いや、秘書・・・執事と言った方がいいだろうか。
それとも家政婦・・・うーん、ただ働きだし。
あ、ぴったりなのあった!
奴隷!!
・・・がんばれ、俺!!
「あー、お腹減ったー!!すばる、ごはんできてる?」
俺が落ち込みながら昼飯のカレーを煮込んでいると、
食堂にミモザが顔を出した。
プレアデスの自慢だが、なんとシステムキッチンが付いている。
IHクッキングヒーターが3つ、大きなシンクと幅広い調理場。
いつでも地上と同じ食事が作れる。長旅に備えた配慮だ。
もちろん食材や水も大量に積み込んである。
対面式のキッチンの向かいには、正方形のダイニングテーブルに
2脚の椅子を配置している。
ミモザはその片方の椅子に膝立ちになり
こちらを覗き込んだ。
「今度こそ、美味しいモノ食べさせてよねー」
「文句あるなら食うんじゃねえ!」
「ちょ、何その茶色いの!変なにおいするし!!」
鍋の中身を見て、ミモザは驚愕の表情を浮かべた。
「それ、食べ物なの!?信じらんない!一体何が入ってるのよ!?」
「うるせえなー。お前ら一体、普段何食ってんだよ!?」
わめき声をBGMにご飯の上にカレーをよそり、スプーンと一緒に差し出す。
ミモザはしばらく見つめ、意を決したようにカレー皿を受け取った。
俺は水のペットボトルと自分の分のカレーを手に、
ミモザの向かいに腰掛けた。
注意深くスプーンでカレーをつつくミモザを目の前に、
ご飯とルーを半々にスプーンで掬い口に運んだ。
自分で言うのも何だが、上出来だ。
もぐもぐと口を動かす俺に、視線が突き刺さる。
いや、ガン見し過ぎだから!!
「ど、どうなの!?美味しいの!??」
「自分で食ってみろよ!」
「・・・」
ごくりと唾を飲み、ミモザはスプーンでカレーを掬った。
それを口に含みゆっくりと噛み締めている。
今度は俺がガン見する番だ。
妙に緊張感のある沈黙。
そして・・・
「まずい」
「嘘だろ!?一体何がどんな風にまずいんだよ!」
「何もかもよ!なんかどろっとしてるし、舌がピリっとするし、口の中が変なにおいで一杯になるし!!本当に地球ではみんなこんなの食べてるの!?」
「そりゃあもう!ジャパニーズカレーと言えば各国の老若男女に大人気、地球のソウルフードだっつの!!」
ミモザはペットボトルを開けて水をごくごくと飲んでいる。
くそ、カレーもだめか。
オムライスもみそ汁もナポリタンも。
俺が二日間の間に振る舞った料理は全て同じような反応だった。
地球の味は、宇宙人の味覚にはどうやら合わないらしい。
ミモザの小型宇宙船にも食料が無くはないが、
それでは足りなくなるのが目に見えている。
渋々・・・と言った感じでミモザはカレーを口に入れては水をがぶ飲みしている。
どうにかしないと。
こいつ、栄養失調になったりしないだろうな?
食事を進めながら、俺は本格的に頭を悩ませていた。
悪戦苦闘しながらも、少なめに盛ったカレーを平らげたミモザは
続きの作業に戻って行った。
食事だけじゃない。
見た目こそ地球の人間と変わらないが、
ミモザが宇宙人だと痛感する事が他にもあった。
例えば、風呂。
宇宙では風呂はおろか、シャワーも無いらしい。
「シャワー、先使えよ」
俺がそう勧めると、ミモザはきょとんとして手を止めた。
「シャワー?何、それ」
「え、シャワー通じないのか!?ええっと、水で身体を洗う時に使う部屋なんだけど・・・」
どうやって説明したらいいんだ!?
ミモザは更に困惑した表情になった。
「水で身体を洗う!?何の為に?」
「何の為って・・・生活してたら身体が汚れるだろ!?汚れを流して洗うんだよ!」
「・・・クリーンシステムは?」
「クリーンシステム!?なんだ、それ!?」
宇宙的スタンダードはそのクリーンシステムってヤツのようだ。
服を着たまま小さな部屋に入ると安全な化学線を照射して、衣服を含めて3分で清潔にしてくれるらしい。
「ここを捻るとお湯が出てくるから。あと、これがシャンプー、リンス、ボディソープな」
「シャンプー?」
「あー、髪を洗う洗剤だ。ボディソープは身体を洗う洗剤。リンスはー、まあ、髪をいい感じにしてくれる薬みたいなもんだ!」
「へー、面白ーい!」
使い方を説明すると、ミモザは興味深そうにシャワーをいじってお湯を出したり止めたりしていた。
「あんまりお湯ムダ使いするなよ!じゃあ、タオルここに置いとくからな!」
女の子にシャワーを使わせるなんて経験は初めてで
なんとなく落ち着かず、船内を動き回っていた。
ところが20分、30分経ってもミモザは上がってこず・・・。
仕方なく様子を伺う事にした。
べ、別に外から声掛けるだけだ。
心配なだけで、覗くワケじゃねえからな!
なんて心の中で言い訳を並べながらシャワールームへ向かう。
すると、先の方から名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
「すばる!すばるぅー!!」
何かあったのかと足を早め入り組んだ廊下を曲がる。
シャワールームの前にミモザが見え、胸を撫で下ろした。
「ミモザ!どうした!?」
俺に気付いたミモザが顔を上げこちらに駆け寄る。
が、よく見るとミモザの髪や衣服から雫が垂れているのが分かった。
「すばる!寒いよー!!」
「うわ!何やってんだ!?お前、ずぶ濡れじゃねえか!!」
「乾燥装置の説明聞いてなかった!」
涙目で抱きついてこようとするのを必死で押さえる。
こんなんで抱きつかれたら俺までずぶ濡れだ。
「バカ!んなもんあるか!!服脱いで入るんだよ!!」
「ええ!?早く言いなさいよ!!あーん、冷たいよー!!」
「うわ、冷て!あんまり近寄るな!!」
「ひどっ!あんたがちゃんと説明しないせいでしょ!!」
「とにかく、風邪引く前に服脱げ!・・・って、アホか!ここで脱ぐな!!」
一先ずシャワールームにミモザを押し込む。
廊下の水たまりを掃除していると、中からミモザが顔を出した。
「おう、着替え・・・っ!!」
お約束の展開。
ミモザはバスタオルを身体に巻き付けて気まずそうにこちらを見ていた。
「ミモザ、着るものない!」
慌てて顔を反転させる。
「ちょ、ちょっと待ってろ。着れそうな服持って来るから!」
何だ、このラブコメチックなハプニング!?
俺の部屋着を着せて、とりあえずシャワー騒動は解決したわけだが・・・
女子に耐性の無い俺にはかなり強烈な一撃だった。
「・・・る!すばる!!」
ミモザの声に回想から引き戻される。
「へ!?あ、ああ、何だよ!?」
「何、にやにやしながら皿洗いしてんの!?気持ち悪い!」
「べ、べべべべ別ににやにやなんか!!」
・・・してない・・・よな?
「まあいいわ。機体の改修が終ったから一番近いステーションにワープする予定だけど、その前に通信システム、使いたいでしょ?」
そうだ!通信が途切れて丸2日。
きっとじいちゃん達も心配してるはずだ。
コックピッドの操作席に座り、通信システムを起動させる。
俺の隣にはミモザが、船外作業を終えたノナを抱えて立っている。
ザ・・・ザザ・・・。
しばらくのノイズの後で画面が表示される。
背景のラボと、デスクで居眠りするじいちゃんが映った。
ほんの2日離れただけなのに、なんだか懐かしく遥か遠い場所に感じた。
「じいちゃん!じいちゃん!!」
俺の声に反応し、じいちゃんが起き上がった。
「お、おお、戻った、すばる!無事か!?今どこにいる!?」
「ああ、無事だ!それより、ちょっと予定より遠くまで行く事になった」
「遠く?遠くって一体どこまで行くつもりだ!?まずは磁力フィールドとワープの・・・」
「はーい!初めまして。すばるの友達のミモザです!!ちょーっと、説明させてもらいますね!」
「ん、んん?すばるの友達!?一体いつの間にプレアデスに!??」
話に割って入って来たミモザに、じいちゃんは面食らっている。
そりゃあそうだ。
地球を出発した時にはいなかったんだから。
めんどうだが、いちから説明するしかないな。
*****
「なるほど」
「だから、なんとかミモザを送り届けてやりたいんだ」
「・・・だめだ」
「え、なんでだよ!?じいちゃん!!」
「お前の話だと、地球の技術や常識では全く通用しないようじゃないか。まずは戻りなさい。ミモザちゃん、申し訳ないがここは別の船に・・・」
その時、大音量がコックピッドに鳴り響いた。
ミモザが乗り込んで来た時と同じ。
アラートだ。
「やばっ!もう来たの!?」
ミモザは予想していたようだ。
って事は、前に話してた追手か?
くそ、タイミング悪いな。
「じいちゃん、ごめん、俺たち行かなきゃ!」
「おじいさま、安心して!すばるにはミモザがみっちり宇宙の技術を叩き込むから!!」
「待ちなさい!すばる!!」
「心配するなって、親父達にも伝えて!じゃあ、もし通信システムが届く範囲だったらまた連絡する!あ、それからラボで寝ると風邪引くから気をつけろよ!!」
アラートが鳴り響く中、ミモザと操作席を交代する。
「で、どうする!?」
「大丈夫、もう準備はできてるから!ノナ、ワープ開始!!」
「え、そんな急に!?」
「早く、椅子に座ってベルトして!!ふっとばされるわよ!?」
「わ、わわ、ちょっと待って!!」
慌てて操作席のやや後方にある艦長席についてベルトを締める。
「目標座標確認完了。艦長、命令お願いします!」
「え、いきなり本番!?え、ええっと、わ、ワープ!!」
「プレアデス、ワープします。5秒前、4、3、2、1」
ミモザの澄んだ声のカウントが終わると、眩しい光に包まれた。