ペア
「とにかく、俺の話を聞け!!」
ミモザの肩に手を置き、俺の方を振り返らせた。
揺れる胸の谷間に思わず目が行き、慌てて手を離す。
が、俺の視線をミモザはばっちり捕らえていた。
含み笑いをして、足を組み替えながら言い放つ。
「いっくらあたしがかわいくてセクシーで魅力的だからって、襲ったりしたら即死だから♡」
「だ、誰がお前みたいなガキ襲うか!」
確かに巨乳だが、いいとこ14くらいだろ。
だが、俺の反論はどうやら彼女にとって禁句らしい。
ミモザの顔色が一瞬で変わる。
「ガキ、ですってえー!?」
ガシャン。
機械音と共に、俺は銃のようなもので囲まれた。
「うわあぁ、ごめんなさいごめんなさい!!」
両手を挙げる降参のポーズを取ってひたすら謝る。
あまりのうろたえぶりに呆れたように、ミモザはため息まじりに言った。
「もういいわよ、ノナ」
ノナ?ノナって一体なんだ?
ミモザの声に応じるように、
周りの銃が下がっていく。
それにしても、この周りの銃は一体どこから・・・。
正面のミモザは腕を組んでいて、
銃を操作しているようには見えない。
俺は銃の先を目で追った。
ミモザと俺が向かい合う中間、やや上方にそれはあった。
銃はそれぞれアームのような物で操作されていて、
アームは一つの楕円形の個体から各方向に伸びている。
アームと銃はあっという間にその個体に収納され、
本来の形であろう姿が分かった。
それは、地球上でもよく知られたものに似ていた。
生命の神秘をも感じるそれは・・・。
・・・卵?ってか、ゆで卵?
上1/3がキレイに剥き取られたようになっていて、
割れ目はぎざぎざしている。
絵に描いたような卵だ。
こういうおもちゃ、見た事ある。
俺が小学校低学年の頃、女子の間で流行ってたな。
付属品の餌をやったり風呂に入れてやったり、
大事に世話すると喋るひよこのぬいぐるみが中から出て来るってやつだったかな。
確か商品名は「ぴよたま」。
今目の前に浮いてるのはサッカーボールくらいの大きさだ。
ひよこじゃなくて、ダチョウだな、こりゃ。
「おいで、ノナ」
ミモザの呼び掛けに、卵はふよふよと近付いていった。
「・・・おい、なんだよ、その卵」
まさか宇宙版「ぴよたま」!?
こんな危険物子供に与えるなんて宇宙人の気が知れねえよ!!
「ノナはあたしの、ペアよ!」
さも当然、とばかりに言いながら、
ミモザは卵を両手で俺にずいっと差し出した。
近くで見ると卵の殻の部分は白いセラミックのような物でできていて
殻が剥がれた部分はガラスのような透明の膜で覆われている。
中ではカメラのレンズのような物が動いていた。
「ぺ、ペア!?」
この機械的な外見は、おもちゃというよりロボットだ。
地球でもロボットが実用化されてはいる。
でもそれはお掃除ロボットや観光地の案内ロボットとして使われる、
プログラムされた基本動作をひたすら繰り返すものだ。
自由に飛んで銃を操るなんて、まるでSF映画の世界。
「そう、平たく言えば個人専用のロボットの事ね。
今あんたとあたしが会話できてるのも、この子のお陰」
つまり、ミモザの言葉を日本語として俺の脳に認識させ、
俺の話す内容はミモザの星の言葉として変換してるって事か?
すげえ、星を跨いだ翻訳機能があるロボットなんて。
宇宙の技術はここまでなのか。
俺が凝視していると、さっきアームが出ていた両脇から
今度は丸い物がぴょこっと出て来た。
その先にも一回り小さい丸。
向かって右側だけ俺の方に突き出したような格好になった。
これは、恐らく腕の役割なのだろう。
とすると・・・もしかして、握手を求められている・・・?
ミモザの方に目をやる。
「やだなあ、そんなに危なくないよ。さっきはあたしの感情に反応しただけ」
俺はミモザの笑顔につられて、笑顔でノナと握手した。
いや、それ、めっちゃ危ないんですけど。
俺とノナの握手が終わると、ミモザは更に恐ろしい言葉を発した。
「じゃあ、ノナ、この船のメインシステムにアクセスして!」
ミモザはノナを抱えたまま再びパソコンに向かう。
ノナの丸い腕が引っ込み、代わりにケーブルが出て来た。
それを見てノナとの握手の余韻に浸っていた俺は、正気に返った。
「いやいや、だから、まず俺の話を聞けって!!」
*****
「で、一体なぜ、誰に、追われてるんだよ!?」
ミモザはつーんと横を向いて、聞こえないフリをしている。
なんとかミモザを説得し、食堂に連れて来たまでは良かったのだが。
この問いに関しては全く口を割ろうとしない。
「分かった、それはいいよ。とりあえず、匿ってやるからプレアデスのシステムを戻してくれないか?」
ミモザが何をしたのかは分からないが、通信やセキュリティ設備だけでなく、
プレアデスの進行方向までも操作できないようになってしまっている。
「・・・やだ」
こいつ!
思わず怒鳴りそうになるのを抑える。
落ち着け、俺。
あまり刺激してさっきみたいに銃で包囲されても不利になるだけだ。
「お前、プレアデスをどうする気なんだよ」
「別に、危害を加えたりしないよ。ただ目的地まで乗せて欲しいだけだって!」
「目的地って、どこだよ」
聞いて分かる訳もないのに問いかける。
宇宙人の感覚が分からないが、せめて東京・札幌間くらいの
気軽さで行ける場所であって欲しい。
ミモザは俺と一瞬目を合わせて逸らした。
うわ、この反応は・・・
日本・南米間か!?
それとも地球・月間か!!?
「・・・分からない」
太陽系・銀河間キター!!
思わず椅子から立ち上がる。
「分からないって、おまえ、それどういう事だよ!?」
「わ、分からないっていうのは、あれよ。
なんとなく見当はついてるんだけど、正確じゃないっていうか・・・」
「なんだよそりゃ、どんな星だ!?」
テーブルから乗り出すように問いただす。
「星じゃなくって、あたしが行きたいのは反FA軍の本拠地!」
ミモザも負けじと立ち上がり、テーブルに手をついて言った。
「反エフエー軍?」
俺が問い返すと、ミモザははっとしたように両手を口に当てた。
しまった、と顔に書いてある。
はんえふえーぐん。
軍?
じいちゃん、親父。
宇宙は俺が想像していたより、とんでもないところらしい。