旅立ち
決意の日から4年。
14だった俺は18になっていた。
学校にはあれから行っていない。
不登校になった俺を見て、親父は怒り、母親は泣いていた。
唯一の見方は、やっぱりじいちゃんだった。
じいちゃんの研究所で日夜研究と訓練に没頭し、
気付けば高校も卒業する年齢になっていた。
そして今日、俺は宇宙に飛び立つ。
「準備はいいか?すばる」
じいちゃんの声にいよいよ緊張が高まる。
球体型のラボはスイッチ一つで開閉式ドームのように全開になり、
ラボ内で制作された宇宙船は移動させる必要無く飛び立つ事ができる。
今日はもちろん全開になっている。
白いプレッシャースーツに身を包み流線型の宇宙船ープレアデスーに近付くと、
ラボの外に人影が見えた。
「親父・・・母さん!?」
間違いない。
4年間ほとんど顔を合わせてないはずの両親がそこにいた。
「なんで、親父と母さんが・・・」
「何を言ってる。プレアデス計画のスポンサーだぞ?」
しれっと答えるじいちゃんの言葉が、一瞬理解できなかった。
スポンサー?
って事はプレアデスの制作費やら
俺の宇宙飛行訓練の費用やらは親父が・・・?
そりゃ、親父のエネルギー会社なら宇宙船のスポンサー
くらいできるかも知れないけど・・・でも、なんで!?
親父は腕組みをして仁王立ちしている。
母さんは目元にハンカチを当てているようだ。
ここからでは二人の表情までは確認できない。
「すばる、あいつの小さい頃の夢を聞いた事があるか?」
「え、親父の?いや、無いけど・・・」
それ、今関係あるのか?
「宇宙飛行士だよ。あいつも、自分の夢をお前に託したんだな。
まったく、親子三代、夢を捨てきれず何をやってるんだかな・・・」
はは、とじいちゃんは少し笑って続けた。
「すばる、お前は父さんに、宇宙人の話をしたか?」
・・・そういえば、してないな。
絶対バカにされると思ってたから。
とにかく俺は宇宙に行く、って言って家を飛び出したままだ。
「無事に帰って来て、どんな物を見て、何を思い、どう考えたのか・・・
きちんと教えてやりなさい。きっと、お前をバカにしたりはしない」
それを聞いて急に視界がぼやけた俺は、
じいちゃんから顔を逸らして手荷物を漁った。
何度も書き直してボロボロになった便せんを取り出す。
4年前ナサに向けて書いた手紙の下書きだ。
あちこち二重線や塗りつぶした跡がある。
結局、待てど暮らせどナサからの返事は無かった。
痺れを切らした俺は、自ら宇宙に飛び立つ事を決めた。
もう一度宇宙人に会う。
そして、あの日俺に何があったのか、真実を知るために。
プレアデスの制作が上手く行かなくなった時、
宇宙飛行士の訓練に挫けそうになった時、
この手紙を見返し、悔しさをバネにしてここまでやってきた。
「あのさ、じいちゃん・・・」
「どうした?」
「・・・出発の前に記念撮影しないか?」
*****
プレアデスの発射は滞り無く終わり、
コックピッドから見える景色は青空から濃紺に変わった。
俺の目の前には必要に応じて情報を写し出すスクリーンがある。
スクリーンは、メイン画面の下にサブ画面が4つ付いた形をしていて、
メインの大画面は普段は窓のように透明で、外の景色を見る事ができる。
サブ画面は左下から、
プレアデスと周りの障害物や惑星との位置関係を示すレーダー画面。
コックピッドの窓からは見えないプレアデス後方を写す画面。
館内の監視カメラ映像をランダムに写す画面。
そして、通信映像を写す画面。
と続いている。
必要に応じてそれぞれを入れ替える事も、
接続さえすれば映画だとか別の映像を写す事も、もちろん可能だ。
「現在、高度40km付近」
通信用マイクに向かって声を掛けた。
「了解。どうだ?プレアデスの乗り心地は?」
ヘッドフォンから声が響くと同時に、
スクリーン右下の通信画面にじいちゃんの顔が映る。
「最高だよ。すげえ、俺、ホントに宇宙にいるんだよな!?」
テンションMAXでコメントすると、親父の冷静な声が聞こえてきた。
「すばる、そこはまだ宇宙ではない。上空100km以上が・・・」
「定義は分かってるよ!水差すなよな!!じゃあ、また報告するから!」
まったく。
通信をオフにすると、俺は手元の写真に目を落とした。
プレアデスの前で撮った家族写真。
にこやかなじいちゃん。
目が潤んではいるが、微笑む母さん。
緊張してる俺。
そして、普段滅多に笑わない親父。
心無しか口角が上がっているように見える。
手紙の下書きは親父に渡してきた。
今までは誰も信じてくれない悔しさが俺の原動力だった。
今日からは、この写真が俺を鼓舞してくれる。
*****
宇宙人が残したデータには今の地球では実現できていない
設備や機能まで記載されていた。
例えば超高速航法、いわゆるワープのための装置や
磁力フィールドなど。
必要と思われるものについては
そのデータを元に設計・制作を行い、
地上でのテストは完了している。
初フライトとなる今回は、
それらの装置が宇宙空間で正常に動作するかの
実験を行うのが第一の目的だ。
プレアデスが軌道に乗ったら、
まずは磁力フィールドを試す。
これは地上でのテストも概ね順調にクリアしていたので
あまり心配はしていない。
問題はワープだ。
地上での模型実験から、こちらは問題だらけだった。
模型がばらばらになったり、
中身だけ取り残されたりしたのを何度も目にしていた。
考えただけでも吐きそうだ。
いや、最後にはきちんとワープできてたんだ。
大丈夫、大丈夫。
そんな事を考えている間に高度は100kmに到達していた。
「高度100km到達。どうだ、今度こそ俺は宇宙にいるぞ!!」
通信用マイクに話掛ける。
返って来たのは途切れ途切れの声だった。
「お・・・る。な・・・聞・・・えな・・・」
通信映像も砂嵐で、時折じいちゃんと親父の顔がパッと映るだけだ。
電波の調子が悪いのか?
ヘッドフォンの上から耳を押さえながら呼び掛ける。
「こちらプレアデス。聞こえますか?」
プツリと、通信の切れた音がした。
「おい、じいちゃん!親父!?」
応答なし。
電波が何らかの要因で遮られたのだろうか。
しばらく様子を見るしかなさそうだ。
通信が途切れると、一気に不安が押し寄せた。
大丈夫。すぐ直るさ。
自分に言い聞かせていると、突然大音量が鳴り響いた。
緊急時を知らせるアラートだ。
今度は何だよ!
コックピッドの正面スクリーンに「警報」の文字が浮かんでいる。
左下のレーダー画面が赤く点滅していた。
急いでメイン画面にレーダーを映し出す。
プレアデスの機体に急接近する赤い丸印が見える。
もうあと1kmの所まで来ていた。
おいおい、アラート遅くね?
そう思って固まってるうちに、赤丸は後方に迫っていた。
後方映像に何か影のような物が映っているのが見える。
慌ててメイン画面を後方映像に切り替えようとする。
ガタガタガタ!
機体が突然揺れた。操作ができない。
「っ!何なんだよ!一体!!」
アラートは鳴り響いたままだ。
その大音響の中でも自分の鼓動が大きくなるのが分かった。
落ち着け、落ち着け、俺。
メイン画面のレーダーには、
プレアデスと赤丸が半分重なって映し出されている。
つまり、これは・・・
まさか、さっきの揺れは・・・。
何かが、このプレアデスに接触している。
何者かが、この俺に接触しようとしている!?
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
頭が真っ白になる。
と同時に、スクリーンが真っ白になった。
ああ、まるで俺の頭の中を写しているようだ。