セカイとは
夏休みが終わるまでに、俺とじいちゃんが出した結論はこうだ。
俺は、宇宙人に遭遇した。
パソコンのデータを解析したが、こんなに高度な宇宙船の技術はこの地球上には無い。
そして地球上に存在しない物質が幾つも使用されている。
地球上に存在しないという事は、もう地球外のモノとしか考えられない。
侵略か調査か何かしらの理由でその地球外生命体は地球に降り立ち、俺と接触した。
そして地球の食料を試食し、地球の宇宙船を見物し、
故意か過失かそちらの宇宙船のデータを残して行ったのだ。
俺の身体に異常は無かったが、食料まで漁る野蛮なやつらの事だ。
きっと誘拐され実験なり観察なりされているはず。
妙なチップを埋め込まれてたり、変なウイルスを寄生させられたりしていないだろうか。
夏休みが終わり、平穏な日常を取り戻してもそんな考えが頭から離れる事は無かった。
授業の合間も宇宙関連の本を端から読みあさった。
だが、どんな最新の論文を読んでも残されたデータにあるような技術はやはり見つからない。
宇宙人に関するものになると、とたんにフィクションになってしまう。
もはや八方塞がりだ。
文字通り頭を抱えていると、いかにも能天気そうな声で話し掛けられた。
「博士〜!数学の宿題、写させてくれよ〜!!」
「あ、俺も俺も!!」
「やっべ、俺もやってねーや!」
3人の男子生徒が俺の周りを取り囲む。
眼鏡をかけた物知りに付く典型的なあだ名。
その小学3年生から変わらない呼び名で呼んで来る同級生達が
俺には典型的なバカにしか見えなかった。
「・・・・・。」
無言で手元のタッチパネルを操作する。
読みかけの流体力学の本を閉じ、数学の宿題を開いた。
「ほら、ノート出せ!」
その言葉に3人は持っているタッチパネル型ノートを、
サインを求める色紙のように差し出してきた。
指で3方向にスライドさせる。
現れたパスワード認識画面に6桁の数字とアルファベットの羅列を入力する。
同じように向こうの3人も各々のパスワードを入力していた。
「さっすが、橘博士!完璧!サンキュー!!」
「なあ、ところでお前、今年もじいさんの家行ってたんだろ?
よく無事だったな。あの土砂崩れ、どうだった!?」
なんとも無神経な発言に、俺はいらだった。
「え、何なに?橘くん、あの台風の時、現場にいたの!?」
普段はほとんど話した事のない女子生徒まで寄って来る。
「どうって、俺がいた所からは離れてたから地響きがしたくらいだよ。あとはニュースで見ただけ」
何より、俺は土砂崩れどころじゃなかったんだからな。
無邪気な好奇心なのか、後で自分の事のように周りに吹聴しようとしているのか、
周囲の人数は増えて行くばかりだ。
「でもさ、橋、壊れて渡れなかったんだろ!?自衛隊のヘリ、乗ったんじゃねえの!?」
くそ。もう、ほっといてくれ。
「うるせえな!俺は宇宙人に記憶消されて、それどころじゃなかったんだよ!!」
一瞬にして空気が凍り付く。しまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ぷっ」
「あはは、まじ、くっ、お前、超ウケる!!」
教室中が爆笑に包まれた。
「お前、そういうのなんつーか知ってるか!?昔、流行ったらしいぞ、中二病とかいうやつ!!」
もはや教室中の全員がこのやりとりに耳を傾けていた。
「ちょ、宇宙人、描いてみろよ!!」
タッチパネルとタッチペンを差し出された。耳が熱い。
こんなバカな奴らに、バカにされている自分が許せなかった。
くそ、くそ、くそ!いるんだよ、宇宙人は!!
震える手でタッチペンを取り、振り上げようとした丁度そのとき、教室のドアが開いた。
「もう授業の時間よ、みんな席につきなさーい!!」
がたがたとクラスメイトが自分の席に戻って行く。
コソコソと噂話をしているのが嫌でも耳に入って来た。
授業は全く頭に入ってこなかった。
課題の読書感想文の発表が続いているが、順番はまだまだ先だ。
今までは上手くやってきたのに。
クラスメイト達を内心バカにしながらも、適当に調子を合わせて、
それなりな人間関係を築いてきたつもりだった。
おかげで退屈ではあるが、平穏な学生生活を送れていた。
それなのに・・・最悪だ。
「・・・くん?橘くん!」
「あ、はい」
いつの間にか順番が回ってきていた。
指名され立ち上がると、微かに笑い声が聞こえたような気がした。
落ち着け、俺。
ひと呼吸置いてタッチパネルの画面に映し出した感想文を読み上げる。
「セカイとは?」
課題図書は「80日間世界一周」だ。読んだのはあらすじだけ。
文学にはどうしても興味が持てなかった。
どうせなら課題図書を自由にしてくれりゃあいいのに。
航空宇宙工学の論文ならいくらでも読む。
「この物語で主人公達は、赤道に平行に地球を一周している。
この小説が書かれた1872年当時、世界とは地球という球体の事だった。
だが現在、世界といえば7大陸の事であり、更に7つの海を含む場合もある。
この定義が・・・」
そう、世界の定義は時代によって、いや、個人の価値観によって変わるのだ。
こんな小さな教室で、200年前のセカイの話をして何になる。
宇宙という世界の広さも可能性も分からない奴ら相手に話をして何になるっていうんだ。
「・・・宇宙と書いてソラと読む表現を、一体いつから使用しているのか定かではない。
だがこの表現も、近い将来に変化していくのだろう。
宇宙が、セカイと呼ばれる日はもうすぐ側まできているのだから。」
周りの言うのセカイが、俺にとっては窮屈なんだ。
俺のセカイは、未知の宇宙だ。ここじゃ、ない。
感想文を読み終えると、若い女教師は満足そうにうなずいた。
「はい、ありがとう。素晴らしいわ。じゃあ、次、田中くん。」
後ろの席で椅子を引く音がした。
しばらく間があく。
「・・・あの、橘くん?」
自分の番が終わっても一向に座る気配のない俺に、クラス中の視線が集まる。
集まった視線を更に集中させるかのように、俺は軽く右手を挙げた。
「・・・先生、便意を催したので帰宅します。」
「・・・え?え、ええ?と、トイレなら学校にもあるわよ!?」
知ってるよ。そんな事は。
左手で眼鏡を押さえ、俺は続ける。
「先生は分かっていない!
学校で男子生徒が個室で用を足すと言う事がどれだけ周りへ影響を及ぼすのか!!
先生は明日から僕がいじめの標的になってもいいとおっしゃるんですか!?」
もはや学校でいじめられようがどうでも良かった。
早く俺のセカイにいきたい。
同じセカイを持つ者の仲間になりたい。
それだけだ。
「そ、そんな事は言ってません!」
「では、分かって頂けたようですので帰ります。
・・・おっと、もうこんな時間だ。
これでは学校に戻る事は難しそうですので、今日は早退します。では。」
流れるように帰宅の準備をして、教室の扉を開けた。
教室中の視線が追って来る。みんながみんな、ぽかんと口を開けていた。
騒然とする教室を後に、俺は足早に帰路についた。
よし、おかしな所はない。
一応、じいちゃんに添削用のメールも送ってある。
もしかしたら手紙よりいい案を教えてくれるかも知れない。
なんてったって、宇宙人に遭遇したんだ。
ナサに招かれて証言を・・・なんて事になるかも知れない。
そうすれば、クラスメイト達ともおさらばだ。
大々的にニュースとして取り上げられたり、記者会見をしたっておかしくない。
俺はクラスメイト達がテレビニュースを見て驚くシーンを想像する。
その映像画面にはたくさんの報道陣に囲まれる俺の姿。
必ずあいつらを、見返してやる。