着陸
ぐるぐると目が回る感覚。頭が揺られ、吐き気と頭痛が襲う。
それでも、今回は意識を失う失態は避けられた。
目を開くと、すぐそこまで迫っていた軍艦は消えていた。
いや、消えたのはむしろ俺たちの方なのだが。
シートベルトを外し、重い頭を手で支えるようにしながらミモザに話し掛ける。
「ここは、一体どの辺りなんだ? 」
さっきの軍艦からできるだけ離れている事を、そして目的地にできるだけ近付いている事を期待して聞いた。もっとも、どこだか聞いた所でその位置関係が俺に分かるはずも無い。
それを理解しているミモザは、ノナに宇宙の地図のホログラムを投影させた。
数えきれない星の中央に、光の渦が見える。アンドロメダ銀河だ。見る見るうちにアンドロメダ銀河が拡大された。
渦の中心近くに青、そこから30°程角度の付いた外側の位置に赤、赤と青の丁度三分の一からやや外れた位置に緑の光が点滅している。
「青い光がさっきまでミモザ達がいたステーション。緑の光がプレアデスの現在位置。それから、赤い光が反FA軍の本拠地があると想定している場所よ」
「なるほど。じゃあ、あと二回もワープすれば目的地に辿り着くって事か」
あと二回。急がなければさっきみたいなピンチになりかねない。耐えられるだろうか。
俺はズキズキと痛む頭をさすった。
「そうなんだけど、ワープは計算処理とパワーチャージに時間がかかるからね。続けてはできないの。第一、あんたフラフラじゃない」
「何言ってんだ! 全然何ともないっての!! ワープなんて余裕だぜ!! 」
俺は意味も無く強がった。どちらにせよワープできないのなら、心配する必要はない。
「へーえ、強がってるんじゃないの? さっきから頭さすってるじゃない」
ミモザがからかうように顔を覗き込んで来る。近付く顔にドキッとした。慌てて頭から手を離す。
「べ、別に強がってなんかねえよ! あんなん、一度経験すれば慣れるだろ! 」
「ふーん?本当かな? 」
ギリギリまで顔を近づけられ、俺の心臓は爆発寸前だった。次の瞬間、こめかみの辺りに痛みが走る。ミモザが指ではじいたのだ。
「って! 何しやがる!? 」
「軽くつっついただけじゃない! やっぱり、ワープ酔いしてるでしょ! 大人しく休んでなさい 」
くっそ、このドS女!
涙目で睨みつけるが、ミモザの関心は既に別に移っていた。
「宇宙空間にいたら軍のレーダーですぐ見つかっちゃうからね。この星に着陸するわよ」
ミモザに言われ、前方に目をやる。いつの間にか赤茶色の惑星が大きく見えていた。
「ちょっと待て、着陸って良く知らない惑星に!? 大丈夫なのか!? 」
もし現地(宇宙)人に見つかったらどうなるんだ?宇宙連合軍に差し出されるんじゃないのか?そもそも、どんな成分でできているかも分からない惑星なんだ。周りの環境にプレアデスの機体が耐えられる保証もない。
「大丈夫!ここには前にも、来た事あるから!! 」
「・・・そうでしたか」
そう言われたら、従うしかない。俺は椅子の上で身体を動かし、楽な体勢を探した。
*****
どのくらい経っただろうか。目を閉じてじっとしていると、頭痛と吐き気がいくらか収まってきた。うっすらと目を開ける。赤茶色の惑星は目前に迫り、その輪郭の三分の一くらいが緩いカーブを描くのを窓から認識できた。
別の惑星。初めて降り立つその場所に、期待と不安が入り交じって押し寄せる。
「探索機ってあったわよね? 」
急な問いかけに、一瞬戸惑う。
タンサクキ?・・・ああ、探索機か。
探索専用の宇宙船は設備が高価なため乗せていないが、プレアデスには緊急脱出用の小型宇宙船、通称ボートが搭載されている。人二人が乗ればいっぱいになるような小さい物だが、プレアデス程度のサイズの宇宙船に搭載するには十分と言えた。
「ボートならあるけど、一体何に使うんだ? 」
「小型船ならなんでもいいわ。陸上を動き回るにはプレアデスは不向きだから、小型船が必要なのよ。いつでも使えるよう、メンテナンスしといてくれる? 」
ミモザの説明に、特に疑問も抱かずに従った。
まだ少し頭が痛かったが、これ以上休んでいても変わらないだろう。俺はコックピッドを出てボートの格納庫へと向かった。
地球を出発してからボートの点検はしていなかったが、特に問題も無く今すぐ動かせる状態だった。積み込まれた最低限の水や食料も、消費期限はまだまだ先だ。
ボートは球形をしていて、二つある座席はお互いに背を向ける形で配置されている。どちらの席にも操縦桿が付いていて、スイッチで主操縦の役割を切り替えられるようになっていた。
ボートのメンテナンスを早々に終えコックピッドに戻る途中、自分の部屋に立ち寄った。スマフォの充電をするためだ。最初のステーションで写真を撮って以来、またしても放置していたため充電はとっくの昔に切れていた。
別の惑星に降り立つんだ。証拠写真くらい残さないとな。
テーブルの一角の充電スペースにスマフォを置く。ピピっと音がして充電完了だ。
小型の家電製品は基本的に同じ充電システムを持っている。ノートPCもドライアーも炊飯器も、充電スペース一つあれば一瞬で充電できる。
スマフォを手にコックピッドの扉をくぐる。
すぐさま気付いたミモザに声を掛けられた。
「どう? ボートは使えそう? 」
「おう、バッチリだ! にしても、すげえな、この霧」
プレアデスは既にこの惑星の大気圏に突入していた。
コックピッドから見える景色は、赤いもやに覆われていた。赤茶色だと思っていたのは、地表の色では無くこの霧の色だったようだ。
「猛毒の霧よ」
ミモザが抑揚の無い声で言った。
「猛毒!? この星の住人はそんな中でどうやって暮らしてるんだよ? 」
まさかこの環境に適合して進化してるのか?こんな過酷な環境で??
「こんな過酷な環境で、暮らせるワケないでしょ!? 」
「・・・・・・」
ごもっとも。
生物が存在する星などあってもごく僅かな事くらい分かっているはずなのに、本物の宇宙人を大勢目の当たりにしたせいで舞い上がっておかしな事を口走ってしまった。恥ずかしさで顔が熱い。
でもじゃあ、この星は・・・。
「この星には生物が居ないって事か? 」
ミモザは返事をする代わりに小さく頷いた。
会話をしている間にも、プレアデスは進み続ける。
ピー、ピー。
着陸態勢を告げるシグナルが鳴り出した。スクリーンには「着陸態勢」の文字が浮かぶ。
立ち止まっていた俺は、艦長席に着くとシートベルトを締めた。
正面スクリーンからは、着陸態勢の文字の向こうに外の景色を確認できた。
周りのもやは近付くにつれ濃くなっているが、もやの向こうにぼんやりとその地表の影が現れて来た。
俺はごつごつした岩や、氷の大地を想像していた。
だが、そこに見えてきたのは巨大なビルや建物だった。
この星に、生物は居ない。という事は、この建造物は滅んだ文明の遺産という事になる。
プレアデスに振動が走る。重力により加速した速度を緩めるために、反対方向に推進力を働かせているためだ。ガタガタと小さな揺れが続く。
体感では分からないが、メーターを見るとゆっくりと速度が落ちているのが分かる。
最後にふわりと浮く感覚がして、静かに着地した。
正面スクリーンの着陸態勢の文字が消えた。
辺りはやはり赤い霧に覆われていて、前方50メートル程しか認識できない。
俺たちが着陸したのは広場のようで、上空から見た建物は、ここからは確認できなかった。
霧によって光が遮られ薄暗い。
滅んだ文明に立ちこめる赤い霧。ホラーゲームの舞台にぴったりと言えばいいだろうか。
不気味、という言葉が一番しっくりくるような星だ。
「なあ、他に着陸できそうな星は無かったのか? 」
俺はミモザに問いかけた。
「この星はね、第三次宇宙大戦の前までは宇宙で最も進化した星って言われる、高度なテクノロジーを持った惑星だったのよ。他の星の監視システムやレーダーからは完全に守られてる。今も一部のテクノロジーは生きてるから、宇宙連合軍の監視システムでだって見つけられないはずよ」
「なるほどね。宇宙連合軍の目をかいくぐるには最適って訳か」
俺は納得した。でも、今の話だと第三次宇宙大戦が原因でこの星が滅んだって事になる。
宇宙で一番高度なテクノロジーを持った文明が一体なぜ。




