絶体絶命
「なによ、じゃあミモザの事、一体何者だと思ってたのよ?」
パンケーキを頬張り、ぷくっと頬を膨らませてミモザが問う。
そりゃあもちろん、わがまま巨乳ロリ宇宙人・・・って、言えないな。
「もちろん、一般(宇宙)人だと・・・・・・」
「変な間があったけど、まあいいわ。あのね、いくら技術に差があろうと、一瞬で宇宙船を乗っ取るとか、認証エンブレムの偽造だとか、できるワケないじゃない。全てはミモザが天才だから! なんだから!! 」
天才、か。
俺も自分をそう思っていた。この目の前の少女に出会うまでは。
「俺も所詮、井の中の蛙。あいつらと同じだったってわけだ」
地球を世界だと言っているやつらと。
「何ぼそぼそ言ってるの? 」
「何でもねえよ。それより、宇宙連合軍なんて大きな組織に狙われてるなら、大勢追手がいておかしくないだろ? どうしてこんなに平和なんだ? 」
「そりゃ、いくら宇宙連合軍だって、各銀河の管理下にあるステーションや惑星を無断で捜査できないわよ。いろいろややこしい手続きとかして・・・そうね、丁度そろそろかな?」
ミモザは左の人差し指をあごに当て、目線を上方に向けて考える仕草をしながら言った。
自分でも頬が引きつるのが分かる。嫌な予感しかしない。
だが、落ち着き払ったミモザの態度を見ると、俺が考えている程大変な事ではないのだろうか。
一応聞いておこう。
「丁度そろそろって、一体何が?」
その問いに答えるように、突然モニターに映像が映し出された。
黒い軍服を着た坊主頭のおっさんが、前のめりでしゃべり出す。
「密航船プレアデスのクルーに告ぐ。今すぐ全員下船しろ!この船は完全に包囲されている!!」
嫌な予感的中。立ち上がり、ミモザを見る。
「おい、やばいぞ、どうする!?」
慌てる俺とは対照的に、ミモザはパンケーキの最後の一口をゆっくり飲み込んだ。
「だーいじょうぶ、今言ったでしょ?そろそろだって。全く持って想定内だから」
いやいやいや。だったら事前に説明しろ。
俺からしたら完全に想定外だろ。
悠長に構えている間にも、坊主頭は喚き続けている。
今にも突入してきそうな勢いだ。
こいつは、見るからに人の話を聞くタイプじゃない。
「いいか!?今から1分以内に全員が出て来なければ、公務執行妨害として船内に突入する!!」
ああ、やっぱり。
モニターのおっさんからミモザに目を移す。
「ノナ、コード5実行して」
彼女は落ち着いた口調でノナに指令を出すと、立ち上がった。
ノナはピコピコ機械音を立てている。
コードふぁいぶ?何だよそれ、またしても聞いてないぞ。
「さ、行くわよ」
「い、行くって、降りるのか!? 」
「まさか。コックピッドによ」
強気な瞳を俺に向けると、ミモザはツインテールを揺らして歩き出した。
俺とノナが続いて食堂を出る。
食堂からコックピッドに移動している今にも、軍服姿の屈強な男達が光線銃を構えて突撃してくるのではないか。
そんな考えが頭から離れず、俺はいつの間にか駆け出していた。
機械音と共にコックピッドの扉が開く。
まず目に飛び込んで来たのは正面の巨大なスクリーンの映像だ。
おっさんが更にヒートアップして怒鳴っている。
音声は入っていない。ノナに設定を変更させたのだろう。
画面が大きい事も手伝って、無音にも関わらず大迫力だ。
怒りのためか浮き上がった血管までよく見える。
スクリーンを通してこの気迫。
実物になど絶対にお目にかかりたくない。
メイン画面の下に並ぶサブ画面に目をやる。
停泊しているデッキの中を、軍服姿の兵士達が窮屈そうに行ったり来たりしている。
プレアデスの出入り口を取り囲み、懸命に重機でこじ開けようとしているのが見えた。
兵士達がなだれ込んで来るのも時間の問題だ。
緊急脱出ポッドの脱出口から逃げ出すか?
だが、別のサブ画面に目を移すと緊急脱出ポッドの出入り口も既に同じ状況だった。
絶対絶命。
孤立無援。
四面楚歌。
試験の回答用紙に書く以外で、使う事など決して無い四字熟語が頭をよぎる。
ところが、外の兵士達が突然ざわめき出した。
スクリーンの映像から、プレアデスが浮き上がったためだと分かった。
彼等は慌てて数歩下がり、なす術無くプレアデスを見上げている。
そうか、ミモザが言ってたコード5って、プレアデスを起動して乗ったまま脱出するって事か。
納得したのも束の間。
次の疑問に首を傾げる。
でも、この後どうするんだ?
この宇宙船を停泊しているデッキは、ステーションの管制システムで管理されている。
こちらからは扉一つ開ける事もできない。
この狭い部屋から出られない限りは、包囲されたままだ。
しばらくは時間が稼げるかも知れないが、向こうだって対策を練ってくるだろう。
最悪プレアデスごと破壊って事だってあり得る。
「はぁい、皆様ごきげんよう♡ 」
緊迫した空気を壊すミモザの声。
いつの間にかミモザは操作席で通信用のヘッドフォンを付けていた。
向こうに届くのは音声だけにしているのだろう。
「やっと通信を開いたな!! 抵抗しても無駄だ!! 早いうちに降参した方が身のためだぞ!! 」
「あらあら、撤退した方がいいのはそっちの方よ?」
カチャカチャと操作パネルをいじる。
部屋全体に赤い光が満ちては消えるのが、スクリーンを通して伝わってきた。
危険信号の赤いランプの点滅。
ワープを行う合図だ。
機械的な音声が流れる。
「K63デッキ、ワープ開始準備に入ります。出入り口封鎖開始」
前方を映す画面に、デッキからステーションに続く扉が動き出すのが映っている。
「ほら、早くここから出ないと、ワープに巻き込まれちゃうよ!! 」
ミモザのセリフを皮切りに、ぽかんとしていた兵士達が我先にと出入り口を目指し駆け出した。
兵士達と同様にぽかんと口を開けていた俺に、ミモザが声をかける。
「あんたも、何やってんの! 早く座ってシートベルト!! 」
「あ、ああ」
慌てて席に着き、シートベルトで身体を固定する。
「お前達! 逃げ切れると思うなよ!! おい、ワープ先を突き止めろ!! 」
坊主頭は真っ赤になって怒号を飛ばしている。
それとは別に、音声が入って来た。
「プレアデス、こちらステーション管制官。今すぐ静止しなさい」
女性の声で、落ち着きを装ってはいるが、動揺を隠しきれていない。
二人を無視して、出入り口の扉は閉じきった。兵士はぎりぎりの所で全員滑り込んだようだ。
赤いランプの点滅が早くなる。
再び自動アナウンスが流れた。
「K63デッキ、ワープ準備完了。ワープ30秒前」
ブーッ。ブーッ。
警戒音が鳴り響く。
坊主頭と管制官の声、そして警戒音が混ざり合う。
だが、ミモザの耳には周りの喧騒など届いていないようだ。
自動音声とミモザの声が重なる。
「ワープ10秒前」
キューンという音と、白い光がスクリーンいっぱいに広がる。
「5秒前。4、3、2、1」
「必ず捕まえてやるからな!! 」
「一体ステーションのシステムに何をしたのっ!!? 」
坊主頭と管制官の声を打ち消すように、ミモザが落ち着いて言った。
「ワープ」




