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5歳直前: 確かめるまではわからない



 五歳の誕生日の二日前の夜。

 マリエラは寝静まった屋敷の自分の部屋で、そっと窓を開けて空を見ていた。

 季節は春とは言え、夜風はまだ冷たい。上着も纏わず寝巻のままの体には寒さが堪える。

 しかしマリエラは小さく震えながらも窓を閉めようとはしなかった。

 そろそろ外気の寒さとは違う震えが体の中から起こりつつあるのを感じて、マリエラはにやりと笑う。


(これで明日は確実に寝込むな!)


 五歳の誕生日は子供にとっては特別な日だ。

 赤ん坊が大きくなることが難しい今のこの世界では、子供が五歳まで無事に育てばようやく一安心だとお祝いする風習がある。

 普通は子供の五歳の誕生日が近づくと周囲もいそいそと準備をし始め、その日が来るのを待ちわび、当日に体調を崩したりしないように気を付けて日々を過ごす。


 正式に戸籍が登録されるのもこの五歳の誕生日からだ。

 戸籍を登録した子供たちは次に神殿に行き、神からの加護を授かっているかどうかを調べてもらう。

 神の加護には生まれつきのものとそうでないものがあり、生まれつき持っているかどうかを調べる最初の日がその五歳の誕生日という訳だ。

 これに関しては特に義務ではないのだが、子供の将来にも関わることのためほとんどの親は多少は気にするし、神殿の門戸は誰にでも開くべしという神の定めた掟があるため、例え貧民や孤児であっても門前払いされるという事はないのでたいてい誰もが行く。

 この五歳の誕生日の以後は大体五年ごとに神殿で確認するのが一般的だ。加護は後天的に授かることも多く、特に働くようになってからその職の神の加護を貰えることが多いからだ。


 その調べ方も別に面倒はなく、どの神の神殿でもいいから出向いて、どこの神殿にもある大きな水晶玉に子供の手を当てるだけ。子供が先天的に加護を受けていれば、その加護を授けた神の名が水晶に浮かぶ。あとは神官がそれを読み取り、証明書を発行して子供の親に渡して終わり。

 ただそれだけの簡単な儀式なのだが……あいにくマリエラはそれを調べられては困る理由がある。それゆえ彼女は、夜中に起きだしてこうしてあえて体調を崩すような事をしているわけだった。


(地母神の加護なんて何百年……下手すればもっと久しぶりだろうし、絶対ばれたくない)

 ぶるぶると体の芯から震えが起こる。そろそろいいか、とマリエラは窓を閉めるとベッドに潜り込んだ。寒気がしだしてしばらくは眠れそうにないがそこは我慢だ。


 地母神の加護を得ている事がわかれば、神殿はきっと大騒ぎになる。

 子供が得た加護を神殿側が勝手に他者に漏らすのは良くないこととされているが、法で禁じられている訳ではないので拘束力はない。

 それに国としては自国に、あるいは自分の領地にどのくらいの加護者がいるのかは政策上重要な事柄になるので、加護を持つ子供が出た場合は親の許可を得て領主に報告を上げる事は神殿での暗黙の了解になっている。

 加護を得た方も何かおかしな野心でもない限り普通はそれを隠したりはしないし、豊かな将来が約束されたも同然なため文句を言ったりする者もない。


 そういう事を色々考えれば、マリエラが神殿で加護を確認すれば、それが世間に広まるのはあっという間だろう。地神殿からはすさまじい勧誘が来ることが予測されるし、国からも人が来るのは間違いない。

 地母神の加護というのはそれだけ稀有なものなのだ。何せ、そこにいるだけで世界中の大地を豊かにすることができるのだから。


 長く続いた戦乱の爪痕はまだまだ世界中に残っている。

 戦乱を耐え抜いた国々ではやっと放棄されたり踏みにじられ荒れ果てた土地を再び耕す者が増え始めたが、元通りになるにはまだ長い時間がかかる場所が多い。畑に塩を撒かれたようなひどい場所も数多くある。

 どこの国の土地もそんな風にまだ荒れている事を思えば、今地母神の加護者の存在が明らかになれば、それを巡って新たな争いが起こらないとも限らないのだ。


(そう考えると、記憶が戻ったのは良かったのかも……こうやって小細工できるし。あ、聖女とかになったら絶対過労で死ぬって言ったから、ひょっとしてその予防策だったのか? それなら記憶が戻ったことは許してやるか……)

 生まれる前の打ち合わせでマナは、絶対に聖女としては働かない! と強く強く主張した。審議会の男は脂汗をかいていたが、アウラはマナの意見に頷き、にっこり笑ってこう言ったのだ。


『かまわないわよ。貴女の存在を隠すための隠れ蓑は沢山用意させるから。私の加護を受け取れるのは貴女だけだけど、そこから他のを媒体に使って世界に神力を行き渡らせればいいわ。貴女は世界にいてくれるだけでいいのよ。大丈夫、働きたいって志願している神はいくらでもいるから、安心してね』

 アウラの言葉を聞いて審議会の男はぶるぶると震えていたが、マナはそれならと了承した。


 ちなみに聖女になって過労死したのは過去にマナが実際に体験したことだ。あの時の彼女は確か、瀕死の人間すら癒す、癒しの聖女と呼ばれていた。

 その癒しの力を求める声に従って休みなく世界中を引っ張り回され、挙句二十代の若さで過労死したのだ。癒しの聖女でも過労には勝てなかったなんて、今思えばお笑いだ。


 皆から愛された聖女の死をきっかけに、加護者とて普通の人間なのだから過度な働きを求めてはいけないと世論は大きく動いた。

 おまけに彼女の献身の裏で、所属していた神殿の上層部が各国の王侯貴族から多額の寄付を受け取り、密かに私腹を肥やしていたことが判明して暴動がおこった。

 さらにいとし子を過労死させた事に激怒した癒しを司る一番偉い神が、神官たちから一斉にすべての癒しの加護を取り消したなどという神罰も下ったため、今ではどの国でもどんな加護者でも等しく大切に扱われるようになった。


(まぁ、大切に扱われてもこの体じゃやっぱり過労死だろうがな)

 今回はさすがにその時ほどの事にはならないだろうが、この体は今までのどの転生の時とも比べ物にならないほど脆弱だ。

 恐らく他国を訪ね環境が少し変わっただけでも簡単に死にかけるだろう。

 そんな事を考えている間にも寒気は更にひどくなり、吐く息にも段々と熱がこもってきた。

 病気になると死にかける事も多いので少々危険な賭けではあるが、かといって加護を確認するのは絶対に嫌なので仕方ない。あとは明日の朝、両親相手に一芝居打てば多分上手く行くだろう。

 リアンナの世話もある母にまた面倒をかけるのは申し訳なかったが、その分今度何か埋め合わせを考えよう。

 明日からはまたしばらくパン粥生活だ。

 はちみつを多めに入れてもらおう、などと考えながら、意識を落とすようにマリエラは浅い眠りについた。




「マリー、また熱出したって?」

「ええ、そうなの。結構高くて……明日のお祝いは延期ね。あなた、明日は役所に行ってマリーの戸籍登録だけしてきてくださる?」

 赤い顔をしてふうふうと辛そうな息を吐く可愛い娘を心配そうに見つめ、マイルズは妻の言葉に頷いた。戸籍登録の書類はもうできているし、本人が行かなくても手続きだけなので特に問題はない。


「帰りに何か果物でも買ってこようか」

「侯爵様が市場に馬車で乗り付けたら騒ぎになるからやめて下さいな。それより、お義父様たちにお祝いの延期をお話ししてお詫びをお願いしますわ。あとは神殿にも連絡を入れていたから、お断りをいれないと……」

「神殿での儀式は熱が下がって元気になってからだね」

「ええ……あら、マリー、どうしたの?」

 小さな手でくいくいと袖を引かれ、アマリアは娘の顔を覗き込んだ。


「かあさま……わたし、かごのぎしき、うけたくない」

「え、受けたくないの? どうして?」

「わたし……こんなにびょうきばっかりで、きっとかみさまのかごなんてないんだわ……」

「そんな事はわからないよマリー! ひょっとしてずっとそんな心配してたのかい?」

「まぁ、そんな心配することないのに。あのね、加護というものは貰えない人の方がずっと多いのよ? うちの領内には最近何故だかたくさんいるけれど……だから、五歳の儀式は一応という感じで、あまり期待せずに受ける人の方が多いの。例え貰えなくてもマリーが良い子なのは間違いないわ」

「そうとも、加護があってもなくても、マリーは僕らの可愛い娘だよ!」

 悲しそうな娘の声に、両親は驚き彼女を口々に慰めた。けれどマリエルはふるふると小さく首を振った。


「あのね、でもかみさまのかごって、おおきくなってからもらえること、あるんでしょう? だったらわたし、がんばる。がんばってにがいおくすりのんだり、うんどうしたり、おいのりしたら、いつかもらえるかもっておもうの……」

 健気な娘のその言葉に、二人は思わずその小さな手を握って涙ぐんだ。

 マリエラを丈夫な体に産んでやれなかったことを二人はずっとすまないと思っていたのだ。


「でもね、かごがやっぱりなかったってわかっちゃったら、わたし、きっともうがんばれない……だから、しりたくないの。しらなかったら、わたし、いつかきっとって、ずっとがんばれるわ……おおきくなっても、がんばれるわ」

「マリー……わかったわ。貴女のしたいようにしたら良いわ」

「うん、そうだね。マリーは加護を貰えるような良い子だって僕らは皆知っているけれど、それを知らない事でマリーが頑張れるなら父さん達はそれを応援するよ」

「ありがとう……とうさま」

 安心したように微笑む娘の頭を愛しげに何度も撫でて、二人は頷いた。


 加護の儀式は義務ではないし、可愛い娘が受けない事を望むならそれでも特に構う事はない。

 そもそも加護というのはごく小さなものでも、授かれるのは千人に一人くらいなのだ。職業の神が授ける後天的なものも多いため、五歳の儀式は慣例であって期待している親はそう多くない。

 特にマリエラのように貴族の娘なら将来自分が汗水流して働く訳でもなし、あればいいけどなくてもいい、程度のものだ。

 儀式を受けない事で口うるさい親戚に何か言われるかもしれないが、滅多にわがままも言わないマリエラの健気な願いの為ならそのくらい軽く蹴散らすつもりだった。

 もっとも、何か言ってくるような親戚は大抵マリエラがとても嫌うので、最近は家も近づけさせてもいないのだが。

 こうしてマリエラは加護の有無を調べなかった非常に珍しい子供となることに無事成功したのだった。






おまけ

 ****************



「あれ、室長なんか今日はちょっと機嫌良さそうだな」

「ああ、マーレエラナ様が無事に加護がばれることなく五歳の誕生日をやり過ごせたらしい。それでアウレエラ様に褒められたんだってよ」

「おお、そりゃ良かったなぁ!」

「マーレエラナ様も記憶を持ったまま転生になっちゃったこと、一応許してくれたらしいからな……これで星が落ちてくるの、減るといいよな……」

「そうだな……」

 マリエラがマーレエラナとしての記憶を取り戻してからというもの、何故かこの天界の特別対策室の建物に星が落ちてくることがたまにあるのだ。主に地上でマリエラがイライラしていたり、嫌なことがあったりした日に。

 一つ一つは大きくないが、その威力は屋根に穴を開けるほどで、下にいたものが犠牲になったことも少なくない。

 腐っても神なのでそれで消滅したり再起不能になったりする事はないが、それでも痛いものは痛いし、何より恐ろしい。

 神なのに神の怒りに怯えるという切ない日々をこの一年送っていた面々は、マーレエラナの怒りが今後再燃しませんように、と懸命に神に祈るのだった。



つまりシュレディンガーの加護。

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