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22歳:(8)予想外の展開

 一度領地を離れたはずの加護者達が、続々とレイローズ領に戻ってきている。


 そうマリエラから知らされたレイルは仰天した。

 そしてすぐに自分の側近に詳細を調査させ、上がってきた報告にまた仰天した。

 冷静沈着で何かに驚かされる事はそうはないと自負していた彼が、久々に天を仰いでため息を吐いた出来事だった。


「は? 収穫時期が一ヶ月以上前倒し? 何の冗談だ?」

 その日のうちにレイルから報告を回されたエリオットもまた、同じく報告書を前に目を剥いた。

「私も疑いましたが残念ながら冗談ではないようです。集結した加護者達が持てる力を総動員して働いた結果レイローズ領はかつてない豊作が予想され、しかもこのまま行けばどの作物も収穫時期が一月は早まるだろうと。また別荘の近くにある湖や川で行われている漁も豊漁で、今は周辺の住民が協力して干物などの加工品を大量生産しているとか」

「糧食の確保は必須事項だから助かると言えば助かるが……他から買う算段をしていたはずだろう?」

「ええ、領内に賊どもがなだれ込むのは略奪出来る品が豊富になる秋だと予想していましたからね。相手に物資を与えないためにも、間に合わない場合畑に火をつけ今期の収穫をふいにすることすら覚悟していましたが……この様子だとそれをせずに済むことになりそうです」

 レイルの言葉にエリオットは頷き、それから難しい顔で考え込んだ。

 収穫時期が早まるのは良いが、豊作ならば領民総出で収穫をしてもかなりの時間が掛かる。収穫した作物を保管する場所や運ぶ手はずなども含め、考えなくてはいけないことは多い。


「……借りられる兵はレイルが用意してくれたから、いっそそいつらを連れて早めに移動して収穫を手伝わせるか」

「騎士団に農作業させるんですか? 承知しますかね」

「私が率いれば何とかなるだろう。父上には有事の際には私自身が出る許可を取っている。それを前倒しして、私の臣籍降下前に箔をつけておくという名目で、婚約者の領地を借りての軍事訓練ということにしよう。そのついでに隊をいくつかの村に振り分けて自分たちの食い扶持くらいは収穫させ、陣を張る予定地にその収穫物を持って集結させれば兵站部隊の負担が減る。それらを税とするか買い取りにするかは後で調整しよう」

 レイルはそれを聞きながら頭の中で素早く今後の予定を組み立て直した。

「ではその演習場所は、敵の誘導予定地の村のうち、中心地に近い場所にしますかね。税や備蓄を集めるための倉庫が多いため、保管場所に余裕がありますし。領境に近い村は周辺の良好な関係の領地から人手を借り受け、代わり余剰分の作物を安く売ることにします」

 周辺よりも一ヶ月も収穫が早いなら、他所から人手を借りることは容易いだろうとレイルは計算し、声を掛ける周辺領地にも目星を付けて手元の紙にいくつか名前を書いた。


「それはいいな。借りた人間を帰すついでに作物を運んでいって貰えばいいしな。敵の手に物資が渡る心配をするよりも金に換えた方が安心だ。領民に最低限必要な分は彼らが避難するついでに一緒に移動させれば村は空っぽにできる」

「領境の村はできる限り空にしたいですしね。貴重品や当座必要なものを移動の際に運べるだけ運ばせて、残りは可能な限り売り払いますよ。不足分はうちから補填すればいいし」

 補填する際にレイローズ家に多少の損が出たとしても、今期の収穫を捨てるよりはよほどいいだろう。


「ところで、例の彼の働きはいかがですか」

 レイルにそう問われ、エリオットは思わずその美しい眉をひそめため息を吐いた。

「すごく働いている……らしい。一応何人か他にも潜り込ませているんだが、奴が一番早く背信教に溶け込んでいるようだ。神の怒りに触れて不能になった挙げ句領地の跡継ぎから外された、という嘘偽りのない背景は素晴らしい効果を発揮し、全く疑われずどんどん組織をまとめていると報告があった……」

「後で褒めて貰えると思っている犬感がすごいですね」

「頼むからそれを言わないでくれ! もういっそ他の連中と一緒に討伐したくなるから!」

「したらいいじゃないですか」

「そんな非道なことできるか!」

 自分なら多分するんだけどな、とレイルは思いながらも口には出さなかった。極秘任務だと言って切り捨てたい人員を選び、あとで本当に切り捨てるのは王侯貴族には良くある話だろうに、と思う。けれどその道を選ばないところが、エリオットを認めてもいいとレイローズ家一同が思うところでもある。


「うちもそれなりに甘い家ですが、エリオット様も王族にしては随分と人がよろしいですね。うちに馴染んだんですかね」

「そう言って貰えるのは、まぁ救いかもしれないな……はぁぁ、早く面倒なことを終えて、結婚したいなぁ……」

 エリオットがぽつりと漏らした心からの言葉を、レイルは礼儀正しく聞かなかったことにした。応接間のテーブルに広がった報告書を手早くまとめ、それから脇に置いてあった小さな箱をエリオットに差し出した。

「とりあえず、彼にこれを送って置いて下さい。以前持たせたものがそろそろ駄目になる頃合いだと思うので、マリーに作り直してもらったものです」

 箱の中には目立たないが緻密な刺繍の施されたくるみボタンやハンカチなどがはいっている。

「ありがとう。効果は前と同じかな?」

「ええ。何となく人から隔意を抱かれにくいようだとか、疑われにくいかもとか、求心力が何故か上がる気がするとか、そういう感じのものです。あとこちらの飾り帯は、作戦決行時の最後に使うようにと。魔力を通すと一時的に気配を薄くし周囲に紛れやすくなるとマリーは言っていました」

「逃げ出す時用か……マリーとマーカスの作るこれらがあったら本当に国家転覆も夢じゃない気がするから怖いな」

「使い終わった物は燃やして処分するよう、くれぐれもお願いします」

「もちろんだ」

 大切そうに箱と飾り帯を懐にしまい、エリオットはふぅ、と深く息を吐いた。


「とりあえず、組織のまとまり具合は予定通りで、襲撃も予定通り例年なら秋の収穫が終わるか終わらないかと言う季節になるだろうな」

「ええ。いつも通りなら農地からの税が集まり始め、神殿にも奉納品が納められるという頃合いですね」

「カルスにはその頃なら略奪する品がたっぷりあるからと組織をそそのかすように言ってある。通る道や襲わせる村、我々とぶつかる場所の選定も済んでいるし、あとは連中のもたらす被害をどの程度押さえられるか、だな」

「さすがに全ての家財を運び出す訳にはいかないですからね……家畜なども全ての移動は難しいでしょうし、ある程度はあとから補償するしかないですね」

「その辺の予算は私からも婿入りの持参金として出せるようにするよ」

「ありがとうございます。でもうちは余裕があるのでお気になさらず」

 今回くらいの作戦なら年一回やっても別に構わないくらいにはレイローズ領は潤っている。周囲に妬まれるのも仕方ないとレイルも納得し諦めている。だからと言って仕掛けられる謀略も略奪も、許す気は一切無いのだが。



 幾つかの相談を終え、そろそろエリオットが帰るために腰を上げようとした時、部屋の扉が控えめに叩かれた。誰かとレイルが問うと、扉から顔を出したのはレイルの妻のシャーロットだった。

「お話中の所、失礼致します。あの……お二人とも、少しよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。もう話はあらかた済んだから」

「ロッティ、何かあったのかい?」

 夫に問われ、シャーロットはとても困った顔を二人に交互に向けた。

 彼女のそんな困った顔を見るのは随分と久しぶりな気がする、とレイルは珍しく思うと同時に嫌な予感を覚えた。やがてシャーロットは夫に視線を向け、そして不意に目元を潤ませた。

「あの、私……私、その、し、神託を授かったみたいなのです……どうしたらよいでしょう、貴方……」

 途方に暮れた半泣きの妻のその言葉と、それに続く話を聞き、レイルは思わず再び天を仰ぎ、エリオットは頭を抱えた。

ちょっと短いですがキリが良いので。

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