22歳:(4)素晴らしい伴侶候補(失敗)
『敵がばらけているから始末が悪い。ならば、いっそこちらでまとめてやるのはどうだろう?』
そして、最後に一網打尽にする。
あの日、エリオットのその言葉にマイルズとレイルは顔を見合わせ、そして頷いた。
頷いたがゆえに増えた業務に忙殺されることとなったが、そんな事は大したことではない。家族を守るためにやるべき事だ。むしろ、やれる事があるなら打つ手がないよりも百倍マシだとレイルは思いながら今日も執務室で机に向かっていた。
「兄上、入るよ」
執務室の扉を開けると同時にそう言って入ってきたのは弟のカインだった。
ノックの一つもなかったが、レイルはそれをちらりと見ただけで特に何も言わなかった。この弟が両親とマリエラの部屋以外の扉を叩いているところなど見たこともないし、言っても無駄だからだ。むしろバンと蹴破るかのような勢いで開けたり、気持ちに行動が追いつかず扉に激突したりしなくなっただけ大人になったなと思っているくらいだ。兄にそんな事で感心されているとは知らず、カインは兄の執務机に近づくと、手にした紙をその上にひらりと乗せた。
「はい、これ。頼まれてた学校の予定表。騎士団からの指導役が来る日の奴でいいんだよな?」
「ああ、ありがとう。これでいいよ」
レイルは弟に礼を告げ、今見ていた書類を脇に置くとその紙を手に取った。上から順に目を走らせ、そこに並ぶ実習予定や書かれた名前を吟味していく。カインはそんな兄を見ながら執務机の端に腰を掛けた。
「カイン、机に座るなといつも言っているだろ」
「いつもなんだから諦めてよ。ところで兄上、そんなもん何に使うのさ」
兄の机の端に置いてあった小さな壺から勝手に砂糖菓子を取り出してガリガリと齧りながらカインは首を傾げた。何時もながら遠慮も行儀も知らないような弟の姿にため息を吐きつつ、レイルはその紙に並んだ名前に幾つか線を引いていく。
「まぁ、一言でいえば、今後のための人材探しだな。我が領に狂信者どもが群れを成して襲いかかった時に、エリオット殿下に従って駆けつけてくれる騎士団が必要だからな。その為に騎士団内部に彼やうちの家に協力的な人間を用意しておく必要がある」
「そう言うのって殿下個人で持ってねぇの? 王家の男児は大体みんな一軍持たされるって聞いたような気がするけど」
「エリオット殿下は何しろあの加護だからな。その美貌に心酔して彼を王に、などと言い出す勢力を生まぬよう殿下自ら持つことを辞退したんだよ。どうせ臣籍に下るからと。今さら作るわけにもいかないし、殿下は護身のための武術の鍛錬も主にうちでやっていたから騎士団につてはないに等しい。それならせめて借りられるようにしておきたいのさ」
ふぅん、とわかったようなわかってないような返事をしながら、カインはレイルの手元の紙を指さした。
「けど、そこに書いてある騎士たちが協力してくれんの?」
「してくれるかどうかじゃない。させるだけだ」
「うへ……」
にっこりと笑顔で言われた言葉にカインは思わず身震いした。そんな弟に言い聞かせるように、レイルはその紙の何か所かを順に示して見せる。
「王都の騎士学校に定期的に実習指導に来る騎士というのは、実はその立場が大体決まっているんだ。多くが小隊長から中隊長くらいの地位の人間だと言われている」
「へぇ。でもそういうのって下っ端の仕事じゃねぇの?」
「この間まで同じ学校にいたような下っ端では威厳も実力も半端すぎるし訓練で忙しい。それなりに熟練した騎士達は外回りの仕事なんかも多くて手が空いている者が少ない。大隊長は数が少なく偉くなって体も鈍ってくるからもう生意気なクソガキどもの相手なんてしたくない、という感じらしいぞ」
「兄上ひでぇ!」
カインは間違いなくそのクソガキどもの筆頭だろうな、とレイルは思った。
カインは五歳を過ぎた頃くらいから、領地や別荘に行く度に護衛や側仕えを撒いて姿を消し、こっそり街に降りて田舎の子供たちと日がな一日遊び倒していた。そこで覚えた言葉使いや態度が今もって続いており、いくら矯正しても治らないのだ。もう家族一同諦めて久しい。
騎士学校に行って礼儀作法や上下関係を叩きこまれることに淡い期待を抱いたが、結局それも叶わなかったようだ。レイローズ家の躾を疑われているだろうがそれも仕方ない。卒業したら騎士団には入れず領軍に入れればいいかとレイルは考えていた。今のところカインが大人しくしているのは唯一マリエラの前だけなので、その側に置けばさすがに多少は大人しくなるだろうと希望を抱いているのだ。
頭の片隅でそんな扱いづらい弟の将来を少々危ぶみつつ、レイルは話を続けた。
「まぁ他の理由もあるけどな。騎士学校の指導に来る者はその多くがちょっと訳ありなんだよ」
「訳あり?」
「そう、例えば遊びが過ぎて少々借金があるとか、結婚したから少し収入を増やしたいとか、子供が生まれて小遣いが減らされたとか、出世したら付き合いが増えて懐が寂しいとか、実家が没落しかけで仕送りしているとか」
「全部金かよ!」
「クソガキどもの相手は多少面倒だがいい臨時収入になるらしいぞ。特に最近はお前がいるから大変不人気な仕事として敬遠されていて、給料が割り増しだという話だ」
「俺!? 俺なんもしてねぇし!」
「お前は叩きのめしたくなるくらい生意気な癖に、叩きのめそうにも相当な実力が必要だし、叩きのめしたら嬉々として立ち上がってまた向かってくるしで、界隈ではまったく厄介な未知の生物のような扱いを受けているらしい。少し自覚した方が良いぞ」
「兄上ひでぇ!」
ひどいのは目上の者の矜持を片っ端からへし折って意気揚々と歩く未知の生物の方だろうと思いつつ、レイルは話を先に進めた。
「まぁそれは今は置いておいて、だ。今のところ私が話をつけたいのは、この男だな。この男の場合は訳ありだが金に困っている訳じゃないだろうな」
「ジョシュア・フローレス? んー、最近良く来るようになった騎士かな。結構強くて手合せして貰えると楽しいんだけど、なんかちょっと暗いんだよなー」
弟のその評価にレイルはくすりと笑った。レイルは普段の彼の評判を良く知っていたからだ。
「彼は本来は別に暗い男じゃない。明るく社交的で上司の憶えも良く、面倒見も良いから部下にも慕われ、その人望から出世も早かった。そこそこ裕福な伯爵家の長男で金にも困っていないはずだし、顔も良いから女性にも非常に人気がある。だがそれ故に失敗し……上司と顔を合わせるのを避けるため、騎士学校に足しげく通っている、そんな“訳あり”の男だ」
ジョシュア・ベル・フローレスは最近大変落ち込んでいた。
そして同時にとても困っていた。
このところ訳あって就業時間中に自分の騎士団の執務室にうかつに近づく事が出来ず、何かと理由をつけてはあちこちに出向しているのだ。おかげで本来の中隊長としての職務が滞って仕方ない。しかししない訳にはいかないので、早朝や深夜にこっそり執務室に行っては必死で仕事を片付けている。
おかげで寝不足と疲労がたまりつつあるのだが、それでもそうしないと上司である自分の団の大隊長と顔を合わせてしまうかもしれないのでやめる訳に行かない。
今日も彼は短い睡眠から無理やり目覚め、書類仕事をしたあと騎士学校に教導官として出向き、生意気盛りの生徒達を指導したり手合せしたりしてすでに半日近くを過ごしていた。楽しさが全くない訳ではないが、体力のある若者たちの相手はそれなりに疲れる。特に睡眠時間を削って仕事をした後なら猶更だ。
「はぁ……」
ついつい深いため息が零れる。
自分の人生は大変に順風満帆だと思っていたのに、一体どこで間違えたのだろうと振り返ることをジョシュアは止められない。しかしそうやって振り返る度身に染みるのは自業自得という言葉だった。
「失礼、少しよろしいですか?」
物思いに沈んでいると、ふいに隣から声を掛けられた。少し驚き、慌てて顔を上げればどこかで見たことがあるような気のする男が一人傍らに立っていた。
「すみません、急に声を掛けて驚かせてしまいましたか?」
「ああ、いえ、大丈夫です」
そう答えながらもジョシュアは見慣れない相手の事をそれとなく観察した。
その格好は騎士服でもなく、学校の関係者の纏う服装でもない事から、外部の人間だとすぐに予想がつく。
貴族が良く身に着ける上下揃いの服装だが、華美な感じはしなかった。その代わり所々に適度な刺繍や飾りが入り、小さ目のボタンも凝ったものだ。そこそこの地位の貴族ではあるが場に対して気を使っているように感じられた。その”刺繍”に何となく目を惹かれつつ、ジョシュアは彼の顔を見て首を傾げた。
「私に何か御用ですか?」
「ええ、私はレイル・フィル・レイローズと申します。あそこで暴れているカインの兄でして。弟がいつも教師の方々や教導に来て下さっている騎士の皆様に大変ご迷惑を掛けていると伺ったもので……その、少々ご挨拶とお詫びに」
「え、あの!?」
ジョシュアは驚き、思わず鍛錬場の方を振り向いた。今まさに模擬剣で上級生を叩きのめしている一人の生徒が目に入る。言われてみれば目の前の男と色合いは似ているが、それ以外全く雰囲気の似ていない二人を思わず交互に見てしまった。
「ええ、あの。いつも愚弟がご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありません」
「いえいえ、そんな、その……元気の良い弟君で」
言葉を探してかろうじて笑顔でそう表現したジョシュアに、レイルは申し訳なさそうに眉を下げ俯いた。
「躾も行き届きませんで、お恥ずかしい限りです。こうして挨拶して回っていると、皆様先ほどの卿のようにため息を吐いていらして本当に申し訳なくて……」
「あ、いえ、さっきのは違います! その、あれは弟君の事ではなく、個人的なことでちょっとした悩みがありまして!」
さっきの大きなため息を聞かれていた事や、そんな距離に人がいても気づかないほど己が物思いにふけっていたという事の方が恥ずかしく、ジョシュアは慌てて首を横に振った。
「そうですか? しかし、悩みですか。優秀な騎士と名高いフローレス卿にも頭を悩ませる事がおありなんですね」
「いえ、名高いなどそんな……私の事を御存知でしたか」
「ええ。以前何度か夜会などでお見かけしましたし、若くして中隊長の任に就かれた剣に優れ人望もある騎士との評判も良くお聞きしましたので。私は武術の方はあまり才に恵まれたとはいえないもので、大変憧れましたよ」
フローレス家は代々騎士を多く輩出してきた伯爵家だが、領地の経営の方はそこそこといった程度の家だ。自慢と言えば良質な馬の産地であるという事くらいだろう。家格に見合う程度に裕福ではあるが、レイローズ家に比べれば、家格だけではなく家としての収入も評価も相当な格差があると言えた。そんなレイローズ家の嫡男に自分の事を褒められ、騎士家の生まれらしく生来素直な性格のジョシュアは単純に気分を良くした。
「いやお恥ずかしい限りですが、実はこのところ上司に持ちかけられた縁談の事で困っておりまして……」
「ほう。縁談という事は、フローレス卿はまだ決まった方がいらっしゃらなかったのですか? 随分女性に人気がおありだと記憶しておりましたが」
「ええ、その、まぁそれなりに……あ、申し訳ない、関係のない話をしてしまいまして」
ジョシュアは目の前の青年につい余計な事を言ってしまったことに気付き、慌てて口をつぐんだ。レイルはそれににこりと笑い、緩く首を振った。
「いえいえ、お気持ちはよくわかります。私も婚約者を決めるまでは持ち込まれる縁談に随分と困らされましたから。話せば多少は気晴らしになるでしょうからお気になさらず。しかし、大分暑くなってきましたね」
レイルはそう言って微笑むと、おもむろに胸ポケットからハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗をそっと拭いた。
白い絹地に繊細で複雑な模様が美しく刺繍されたそのハンカチに、ジョシュアは何故かとても目を惹かれた。
惹かれるままにその模様をぼんやりと眺めていると、ジョシュアの中に何だか自分の悩みをレイルにぜひ相談したいという衝動が湧いてきた。同じ悩みを抱えたことがあると言っていたし、彼はとても信用できそうだ。彼に話せば何かが好転するのではないだろうかと、不思議とそんな風に思えてくる。
「実はその……最近上司から、四十代の女性との縁談を勧められておりまして……断る口実に大変困っているのです」
ジョシュアはそう言ってからはたと自分の口を押さえた。仲の良い同僚らにも言う事の出来なかった悩みがするりと口を突いて出たことに驚いたのだ。慌ててレイルを見ると、彼は目を見開いてそれはまた、と小さく呟いた。
「四十代とは、また随分と……フローレス卿は確かまだ二十代でいらっしゃいましたよね?」
「ええ、一応。今年で二十九になります……その、相手の方は上司の縁者だということでして断りづらくて」
「それは確かに困りますね。フローレス卿は今までに婚約を考えた方などはいらっしゃらなかったのですか? 断る口実に少しでもなりそうな方とか」
レイルにそう聞かれ、ジョシュアはバツの悪そうな顔をして肩を落とした。
「お恥ずかしながら騎士学校を出た辺りからその……女性から誘われる事が増えまして、だいぶ遊んだのです。そのせいで幾つか破談に……」
ジョシュアは苦い顔を浮かべて、己の過ちを思い返した。
騎士学校を出て騎士団に入ると、学校の寮で暮らしていた頃と違って非番の日の自由が格段に増える。若かったジョシュアは、そこで先輩に連れられあちこちで遊ぶことを覚えてしまったのだ。
ジョシュアは明るく闊達な雰囲気の美丈夫といえる容姿の男だ。顔が良く、性格も朗らかで素直で付き合いやすいという事で大変モテた彼は、後腐れがないからお勧めだと先輩たちに言われるまま未亡人や人妻らの誘いを断ることをしなかった。相手に困らない自由な生活は大変楽しかったが、それが後々自分を窮地に追い込むなどとあの頃は思いもしなかったのだ。
「その……私は完全に驕っていたのです。お前なら結婚なんて必要になればいつでもできると先輩たちに言われて、疑わなかった。貴族の男にもそれなりに適齢期があるということも、その時期を逃すという事の結果も考えもしなかったのです」
「ああ……伯爵位くらいからは、釣り合う家柄の娘も減ってきますしねぇ。その中からさらに自分と年齢の釣り合う相手をとなると、早くから決めてしまう事も多いですしね」
「そうなんです……私の場合はその時期に遊んでいてきちんと考えなかった上、親が探してきた女性も面倒がってちゃんと相手をしませんでした……そうして、気が付いた時には女にだらしないという評判がすっかり広がり、持ち込まれる縁談がほとんどなくなったのです。幾つか話が進んでいた相手も気が付けば皆すでに結婚していて、結局相手が見つからぬままこの年までずるずると……」
まさに、完全な自業自得だった。
それならばもう少し爵位の低い相手などから広く探せれば良かったのだが、何せジョシュアは嫡男だ。いずれ伯爵家を継ぐのだとなれば、その妻は相応の格が求められる。しかし周りを見回せばちょうどいい年回りの相手は皆売れてしまい、年上か年下しか残っていなかった。その中から選ぼうにも、年下の娘の親たちには自分の悪い評判が浸透して敬遠されている。残る年上や同い年くらいと言えば、未亡人か出戻りか、あるいはかなりの訳ありしか残っていない。
そんな状況で上司から相手がいないのならと勧められたのが、上司の従妹だという出戻りの四十二歳だった。
「しかし四十を超えたお相手では、跡継ぎも望めないのでは?」
「それが、両親はもういっそ弟に跡を継がせるか、結婚したあと外に子でも作ってはどうかと言い出していまして……」
ジョシュアは騎士団生活の気楽さを好み、口うるさい親のいる実家にしばらく寄り付かなかった。その間に親は女に関してだけ評判が悪く、自分たちの忠告に耳を貸さない息子に怒り、いつの間にか半分見限っていたのだ。
「親に縁談の話をしたところ、相手に問題はあるが、お前が悪い。当主が未婚というのは体面がとても悪いから、家督を継ぎたいのなら年増でもいいからとりあえず結婚しろ、と。そうでないのなら私を下ろして弟に継がせると言っていまして」
「弟君とは仲がお悪いのですか?」
「いいえ……年が離れているので、あまり遊んだりしたわけではないですが、悪いという訳ではないのです。しかし弟は大人しい性格で、あまり武術が好きでないようで。私の代わりに武門の家の跡継ぎにするのは忍びなく……」
ほぼ初対面の相手に対して明らかに喋りすぎているという自覚もなく、ジョシュアは己を悩ます現状を隠すことなくレイルに語って聞かせた。レイルはそれに相槌や質問を交えながら親身になって聞いてくれて、話しているうちに心が楽になる。語り終える頃にはこの年下の青年の事をまるで十年来の親友かのように親しく感じている事に、ジョシュアは気づかなかった。
そして、一通りの打ち明け話が終わった頃、レイルは笑みを浮かべて力強く頷いた。
「事情は良くわかりました。それなら私がお役に立てそうです。そうですね……うちから、貴方への縁談を申し入れるのはどうでしょう?」
「えっ!? いえ、レイローズ卿、私はそんなつもりで話した訳では!」
「ええ、もちろん良くわかっていますよ。私も、そんなつもりで貴方の悩みを聞いたわけではないのですし。ただ、本当に偶然ですが、今私は妻の実家から妻の妹の良い嫁ぎ先を探す手伝いをして貰えないかと頼まれていたんです。いや、巡り合わせというのはあるものですね」
白々しさを微塵も感じさせない態度で、レイルはその偶然に感謝したいのです、と笑う。
「いや、でもこのような評判の悪い男相手では親族の方も納得しないのでは……」
「若い頃は遊んでいたという男などこの世には五万といますよ。私の義理の両親はおおらかな方々ですので、貴方が今後は心を入れ替え妻のみを大切にすると態度で見せれば納得して下さるでしょう」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ、そうですとも。大丈夫です。相手の家格はフローレス卿と同じ伯爵家です。妻の妹は去年社交界にデビューしたばかりで、少し歳の差はありますが素直な良い娘です。以前騎士に憧れていると言っていましたから、貴方ならば文句はないと思いますよ」
納得しなくても文句があってもどうせすべて説き伏せるのだという事はおくびにも出さず、レイルは巧みに相手をその気にさせていった。
ジョシュアの上司は同じ伯爵家の出だが、その縁戚の縁談相手は年若く子が望める伯爵家の直系次女の対抗馬にはなりえない。
「釣り書きなどは後で届けさせましょう。よろしければフローレス卿のものも当家で用意させて頂き、先方に話をしておきます。話が決まれば、上司の方には当家からも詫びを入れておきますのでご安心下さい」
もちろんその双方の釣り書きも、上司への詫び状も、マーカスがことさら丁寧に書き上げたものになることだろう。
「レイローズ卿……ありがとうございます、本当によろしいのでしょうか。何と礼を言えばいいのか……」
「いえいえ、礼は縁談が無事に整ってからで結構ですよ。それに今日ここでお会いした事も含めて、これも運命の神のお導きでしょう。フローレス卿が真面目に日々の職務に励んでいらしたのを見て、天が憐れんで下さったに違いありません」
「あの、良かったら、どうぞジョシュアと呼んで下さい。これから縁戚になるかもしれないのですから」
「ありがとうございます。では、私の事もどうぞレイルと」
感極まったジョシュアはレイルの手を取り、ぶんぶんと何度も上下に振った。レイルはその感謝を笑顔で受け取っている。
そんな二人を横目で眺めつつ、魔法を使って全てを盗み聞きしていたカインはため息を吐いた。目の前の上級生が馬鹿にされたと思ったのか顔を赤くして振りかぶってくるが、それを軽くいなす。
吹っ飛んでいく上級生から意識を外しながら、カインはレイルが自分の兄で本当に良かったな、としみじみ思ったのだった。
おまけ
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「何かまた俺に関係ないところで感謝された気がしたんだけど!」
「良いじゃん、受け取っとけば。なんか問題あんのかよフォルトルス」
「何もしてないのにされる感謝ってなんかかゆいんだよ! むずむずすんの、わかるだろ!?」
「いやー、俺賭けで勝った奴にしか感謝されたことねぇからわかんねぇわ」
「多分あれだろう。マリエラの結婚相手予想で、トトリテスが賭けたと前に言っていた男だろう。マリエラの兄がいつもながら裏から色々手を回していたようだから。しかし何故あの兄は風の神から加護を貰ったんだ? あの兄には知恵の神の加護の方が相応しいだろう?」
「何、お前やりたかったの?」
「ああ、私の加護を受けていればもっと色々知恵を巡らせて大きな事ができたと思うのだよ。一緒に色々悪巧みをして、上からそっと閃きを落とすのはきっとすごく楽しかっただろうに……」
「サピトゥリス、お前そこは嘘でもいいからマーレエラナを守りたかったって言えよ。また沈められんぞ」
「フォルトルス何か知らねぇの?」
「風の神の加護? ありゃ単純に、マリエラちゃんの体が弱いから夏場に冷やさないと死ぬと悪いからって言う話じゃなかったっけ? 周囲の環境整備の一環ていうか?」
「えっ、そんな理由!?」
「納得できん!」
ちょっと素直に育ちすぎた残念な男の話。
これは書いてから、なくても良かったなこの話って思って入れようかどうしようか迷ったんですが、まぁ書いてしまったので勿体ないし入れておきます。
迷っていたらちょっと遅くなりました。次も少し間が空くかもしれません。




