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22歳:(1)嵐の予兆

 

「……新しい宗教、ですか?」


 その話がレイローズ侯爵家に届いたのは、冬の終わり頃のことだった。

 王都の屋敷に滞在していたレイルを突然訪ねてきたエリオットは硬い表情で頷き、対するレイルはその聞き慣れない言葉に訝しげに首を傾げた。


「新しい宗教と言われても何だかよくわかりませんが、現在名を知られている神々を祀るものではないという事ですか? それとも、祀るやり方が違う一派とか?」

 この世界はどこの国も基本的には多神教だ。しかし誰もが全ての神を崇めているかと言えばそうではなく、国や地方が違えば敬愛される対象が違ってくる事は良く知られている。同じ神でも場所によってはその権能の違う面が愛されるという事も珍しくはない。

 場所が違えば神を祀るやり方がまったく違うというところもある。あまり頻繁にあることではないが、新しい神殿が建立される際にそこの神官たちが徒党を組んで元とは違う流派を名乗ることもある。

 そう言う類の話かとレイルは思ったが、エリオットは違う、と首を横に振った。


「これは、そういうものとは根本的に違うんだ。むしろ、その逆というか……」

「逆?」

「ああ……その宗教の名が、全てを現していると言えるんだが」

 そう言ってエリオットは数枚の書類をまとめた調査書をレイルに渡した。レイルはそれを受け取り、そしてそこに書かれた名に目を見開く。


「……”背神教”?」

 それはどこか不吉な響きを持った名であるように、レイルには感じられた。

 呟いたレイルに、エリオットは頷き、その先を見るように促した。

「そこに書いてあるように、元は西の国で十数年前に生まれたものらしい。最初は名も違ったようだ。掲げた理念も当初は穏やかで、神々に頼って加護を期待するばかりではなく、もっと自分達の力で生きていこうではないかというようなものだったという」

 レイルはエリオットの言葉を聞きながら調査書をめくり、眉を寄せた。

「それがここ数年で過激化したと?」

「ああ。神々は気まぐれに加護という名の贔屓をし、気に入らなければ様々な災害や試練を与え我らを弄んでいる。神々こそが我らを不幸にしている諸悪の根源ではないのか。我らは神の支配から抜け出すべきなのだ、と言って、あちこちの神殿や名の知れた加護者を襲っているらしい」

「そんなはた迷惑な事を……それで、我が国にも信徒が?」

 その問いにエリオットは小さく頷いた。

「まだ数は多くないようだが、荒れた土地の多い地方を中心に徐々に西から広がっているらしいと報告が上がっている。西の国から宗教の幹部が入り込み、言葉巧みに信徒を増やして煽っているようだ」

「被害は出ているのですか?」

「幾つかは既に出ている。地方の小さな神殿が何か所か襲われて、神像を打ち壊されたり神殿に火をつけられたり、寄付金を略奪されたりして、さらに神官二人と信徒が一人亡くなっている」

 エリオットは苦々しい表情でため息を吐いた。


「多分他にも被害は出てくるだろう。今も騎士団に調査を依頼しているが、地方の話となるとなかなかすぐに詳細を掴むのが難しいからな」

「領主らに通達は?」

「する予定だが、なにせ狙われているのは神殿だ。ある程度の大きさの村なら一つくらいは小さいものがあったりするからすべてに人を配するのは難しいだろう。誰にも門戸を開くべしという掟があるため警備はゆるいどころか、衛士がいる神殿の方が少ないくらいだ。襲われればひとたまりもない」

「襲って奪えるものは多少の寄付金と神官達の命くらいですが、そうなると軽く見る領主もいそうですね」

「ああ、自分の屋敷やもっと重要な場所の警護だけ固める者もいるだろうな。この場合は、むしろその神官が目当てというのだから性質が悪いというのに。全ての神官が加護者という訳ではないが、それでも神を祀る者がいなくなれば土地は荒れる。周辺の土地にもいずれ影響は広がるだろう」

 レイルはその言葉に深く頷き、自領についても思いを巡らせた。レイローズ侯爵領は、何年か前の隣国の者による加護者誘拐事件によって比較的神殿や加護者に対する警備が行き届いている方と言える。しかしそれでも安心かと言われれば否という他ない。何せ領地はそれなりに広く、神殿も加護者も数が多いのだ。それら全てを守るだけの兵を常時用意するのは簡単ではなかった。


「宗教というのは軍と違って統率がされていない事が多いのがまた厄介なんだ。西の国でもあちこちで同時に騒ぎが起こってどこもほとんど守れなかった、などという事もあったらしい。私が特に警戒しているのはそこだな」

「うちまで来るほど、広がるでしょうかね」

「恐らくは。むしろレイローズ領を最終的な狙いとしている可能性もあると見ている。何せ領地自体に神の加護があるようなものだし、国外まで名が知れているからな」

 可能性の高すぎる話にレイルは低く呻き、深いため息を吐いた。


「とりあえず、情報を下さって感謝しますエリオット様。領内は警備を強化し、自衛できなさそうな加護者達で異動できる者は王都にでも避難させるとします」

「それがいいと思う。今領地にはマリーとリーナがいるんだろう? 念のため二人も早めに王都に呼んだ方がいい」

 マーカスと結婚したマリエラは、もう社交界に出入りする理由もないからとこの秋の社交シーズンは王都に滞在しなかった。夏は別荘に滞在し、その後は領地の屋敷で領内の管理を手伝いながらのんびりと過ごしている。

 マーカスはレイルの部下であるので彼について王都と領地を行ったり来たりしているが、離れている時は頻繁に手紙をやりとりしているし、夫婦仲は良好のようだ。

 リアンナは秋の初めにエリオットと正式に婚約し二人であちこちに顔を出したあと、冬に必ず体調を崩すマリエラの傍にいるために今は領地に滞在していた。


「ええ、そうします。出来るだけ早めに誰か迎えをやることにしますよ。ただ、マリエラが今頃の移動に耐えられるかどうか……」

 マリエラは長距離の移動にまだ弱い。冬の終わりに移動させれば寒さから確実に体調を崩して大分寝込むことになるだろう。もう少し暖かくなってから動かしたいところだ、とレイルは悩む。

「とりあえず警戒はするようすぐに通達することにしますよ」

「うん、そうして欲しい。こちらでも引き続き情報収集をしておく。……ところで、いつになったら敬語を外してくれるのかな、義兄上は」

 エリオットの言葉にレイルは一瞬固まり、それからにこりとわざとらしい笑顔を見せた。

「貴方が正式に継承権を放棄してからですかね、殿下」

「もう弟になったようなものだというのに、実に嘆かわしい話だ。長い付き合いなのに、何で未だにそんなに他人行儀なんだ」

「エリオット様こそ、最初はあんなにおどおどしてたのにいつの間にか打ち解けて、挙句に人の妹まで攫っていこうだなんて、一体いつの間にこんなにふてぶてしく育ったのか……まったく残念です」

 しばし軽口を叩きあい、二人は顔を見合わせてどちらからともなく笑いあう。

 意外と気の合うエリオットとレイルだったが、そんな二人が揃って頭を悩ませる連絡が届いたのは、それからしばらく後、季節が春の盛りを過ぎてからの事だった。






「リーナ達が王都に来ない?」

 レイルから告げられたその言葉に、エリオットは思わず眉を寄せた。

 前回二人が顔を合わせてからお互い忙しく過ごしている間に季節はすっかり移り変わり、外はもう春の終わりに近い頃だ。

 婚約者は一体いつ王都に着くのか確認しにレイローズ家を訪れたエリオットは、レイルから告げられた予想外の言葉に目を見開いた。


「何故だ? もうすっかり暖かくなったし、今なら移動もしやすいのに。暑くなる前に移動しなければ、またマリーを動かせなくなるじゃないか。上がる報告が少しずつ内陸に寄ってきている事は伝えてあるんだろう?」

 あれからまた何件も背神教がらみの事件の報告を受けているエリオットは眉を寄せ、レイルに詰め寄った。レイルも渋い顔をしているが、彼は首を横に振り、マリエラが、と呟いた。

「マリーに何か?」

「いえ、体調は悪くないようなのですが、どうしても領地を動かないというのです。星が示しているからと言って。マーカスをやって説得しているのですが、主家の者が皆先に避難すれば領民が不安がるだろうし、加護者でない自分は狙われにくいだろうからリーナや他の加護者だけ移動しろといって聞かないのだと」

「そんな……!」

 確かにマリエラは神殿での儀式を受けていないので、表向きには加護者ではないと思われている。しかしエリオットにとってみれば、今のこの状況で彼女以上に守るべき人間はいないのだ。自分の個人的心情は置いておいてだが。


「星が示すとは、どういう事だろう?」

「わかりません。詳しい事を聞いても何も言わないのだと。結局リーナもマーカスも彼女を説得するか、できなくても一緒にいると言って戻ってこず……もう眠らせて無理やり馬車に乗せるかとも考えているのですが」

 エリオットはレイルの言葉に深く考え込んだ。

 星の女神マーレエラナである彼女が星が示すというのなら、何かよほどの理由がそこにあるのだろうことはわかる。

 しかし背神教の信者達は少しずつ国内でその影響を強めているのだ。あちこちで散発的に起きる神殿や加護者の襲撃事件は数を増し、被害も大きくなりつつあった。

 だが今のところ国は後手に回って対処できているとは言い難い。まだ国として大々的に騎士団を動かすほどの被害になっていないため、対策は各領地に任せているのだが、それがどこも上手く行っていないのだ。

 組織が細かく分かれ統率もいい加減で、それゆえに、全貌を掴むのも次に騒ぎを起こす場所を予想するのも難しいと来ている。気まぐれにどこかを襲っては、領内の騎士や警備が駆けつける前に素早く逃げ、後は住民に紛れてしまう彼らを捕まえるのは非常に困難だった。

 内陸のレイローズ領まで彼らが達するにはまだ時間があるだろうが、しかし予想外の事が起きないとも限らない。

 エリオットはしばらく考え、それから顔を上げてレイルに告げた。


「私が行ってくる」

「エリオット様が?」

「ああ。王家の乗り心地のいい馬車を出して、それで迎えに行ってくる。それと、マリーの話を聞きたい。彼女は理由のない事をしない人だ。きっと何か思う事があるのだろうから」

 マリエラの真意を知る必要があると、エリオットは強く感じるのだ。

「……わかりました。それなら我が家からも護衛を出させて下さい」

「わかった。よろしく頼む。明日の朝早くに出発する。王城からここに寄るから、それまでに手配を頼む」

「ええ、妹たちを頼みます」

 胸騒ぎを抑え、エリオットは足早に王城への帰路についた。

 去年見た、マリエラの不思議な微笑が脳裏にちらつき心がざわめく。

 早く彼女に会わなければいけない。そう感じながらエリオットは慌ただしく出立の準備をしていった。



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