14歳(3): お嬢様の新しい子犬
「マ……マーレ、エラナ……様」
「……やはり、その名を知っているのね?」
「マ……あ、あれ?」
エリオットはその名を呼んだあと口をつぐみ、戸惑った顔をした。自分でも今口から出てきた言葉が、一体どこから湧いてきたものなのかわからず戸惑ったのだ。
呼びかけられたマリエラはどこか面白そうな表情を浮かべてエリオットを見つめている。
不思議な光を湛えた瞳に射すくめられ、エリオットは名を間違えたことをとがめられるのかと思わず身を固くした。
「まぁ、お仲間だとは思っていたけれど……」
マリエラはしばらくエリオットを眺めまわすと、何かに納得したかのように頷いた。そしておもむろに片手をあげ、パチンと指を慣らす。
その途端、周辺のあらゆる音が一瞬で掻き消えた。噴水の水の音も鳥の声も木々の葉擦れの音も、全てが聞こえなくなる。
驚いて辺りを見回せば自分達以外の全ての色が薄らとぼやけ、世界から切り離されたかのように動きを止めている。
いや、自分達の方が世界から切り離されているのだ、とエリオットはすぐに気づいた。
「少しばかり領域を作っただけだ。最近は少し使える力も増えたからな」
先ほどまでよりも幾分低く発せられたその声に、エリオットはハッと向き直る。そこには今までとは何も変わらないのに、全然違う少女が悠然と座っていた。ほんの一瞬で知らぬ誰かと入れ替わってしまったかのようなマリエラに、エリオットは驚きと怯えの浮かんだ顔を向けた。
「さて……で、お前は誰だ?」
「え、ええと、僕、は……」
自分の事など当然知っているはずの少女の不躾な言葉とその口調に、エリオットは困惑する。
マリエラの姿はさっきまでの儚げな美しい少女のまま何も変わっていないのに、確かに何かが大きく違う。まるで別人のようなその雰囲気と、笑みを浮かべているのに笑っていない目がエリオットにはひどく恐ろしかった。
口ごもったエリオットをじっと見ていたマリエラはハンモックからゆっくりと降り、一歩近づいて彼の顔を覗き込む。エリオットはその場を動くこともできず、びくりと肩を揺らした。
傍から見ればちょっとお姉さんなマリエラが初心なエリオット少年を誘惑しているように見えそうだ。しかしマリエラはそんな事には頓着せず、自分の視界に映る彼の姿をじっと見つめると、呆れたように口を開いた。
「私の名を呼んだ割に、目覚めている訳ではないのだな? けれどその名を知っている以上、放っておくわけにもいくまい。さて、お前は誰だろうな……魂の色は青と銀、という事は知の眷属だ。光は中級の……上の方かな。結構強いが、上級には少し足りてない。知の眷属に今この時期に転生する予定の奴なんていたかな?」
「あ、あの、マリエラ……き、君は一体……今、何を」
病弱な少女とは思えないマリエラの強い雰囲気に気圧され、エリオットの中で何かを言わねばという気持ちだけが空回りする。しかし次に告げられた言葉に、彼の意識は一瞬吹き飛んだ。
「お前……ひょっとして、クソ審議会の会長、知の神アルフォリウスか!? 何でお前がこんなところにいるんだ!」
「あ……あ、あああぁっ!?」
マリエラの言葉を聞いた途端、彼の中で何かがざわりと動く。知らぬ名のはずなのに、知っている、それに呼応して眠っていた何かが目を覚ますような、そんな感覚。自分の殻が割れ、ばらばらになってその奥からもう一人の自分が出てくるような。その衝撃に耐えきれず、エリオットはがくりと膝をついた。
エリオットの頭の中でぐるぐると言葉にならない何かが渦巻き、それがカタカタと棚に収まるかのようにあるべきところを勝手に探して整理されていく。一歩も動いていないのに視界がぐるぐると回り、とても目を開けていられなくて瞼を閉じた。すると視覚からの情報が消えたことで整理される速度が少し上がったような気がした。
永遠にも思えるような、けれどほんの一瞬に過ぎない時間が過ぎた頃。
マリエラはゆっくりと顔を上げたエリオットに声を掛けた。
「そろそろ目は覚めたか。アルフォリウス」
「マ……マーレエラナ、様」
名を呼ばれて立ち上がったのは、先ほどまでのエリオットではなかった。マリエラが別人のようになったように、エリオットもまたその雰囲気をがらりと変えていた。五つ年上の少女に気後れしていた少年らしい純朴さは姿を消し、その顔には年に似合わぬ落ち着きと知性が垣間見える。水色の瞳は今の状況に戸惑いつつも油断なくマリエラの顔色を窺っていた。変わらないのは目の前の少女に対する若干の怯えを滲ませているところだけだろう。
「久しいな、アルフォリウス。お前は確か千年の謹慎を食らっているのではなかったのか?」
「……お久しぶりでございます。ええ、謹慎していたのですが、アウレエラ様に、その」
歯切れの悪い口調に、何となく何を言いたいのかマナにも想像がついた。
「謹慎か、転生か選べとでも言われたか」
「は、はい。そう言われて、マーレエラナ様の人生の助けとなるべく転生する道を選びました」
アルフォリウスがそう言うと、マナは面白そうに口の端を上げた。
「それで、わざわざ転生ね……。お前が地上に転生するなんていつ以来の話だ? 千年の謹慎がよほど嫌だったか?」
「ちっ、違います! 私は、前回の失態の責任を取ろうと……貴女様に償おうと、ただ、そう思って……」
「へぇ、お前にしては殊勝な心がけだ。だが助けになっているのか? 男殺しの第三王子殿下。お前は我が侯爵家にとっては騒動のタネだというのに。大体お前、何だってそんな加護を貰ってきたんだ? イリスの加護なんて、普通は女が貰うものだろう」
マナの言葉は彼の胸を大いに抉ったらしい。アルフォリウスは切なげに顔を歪めるとがっくりと項垂れた。そんな姿もやはり美しく、マナは思わず苦笑してしまった。
天界でのアルフォリウスはいかにも知の神という風情の、頭の固そうな男の姿をしている。背は高くやせ形で、短めの銀髪を後ろになでつけ、細面の顔の造作は悪くないのだがいつも眉間にしわを寄せて、神経質そうに灰青の目にかけたモノクルの位置を直している。そしていつも机に向かっているためその肌は不健康に見えるほど白い。そんな印象の神だ。今の幼いながらすでに輝くような美貌を持つ少年の姿とは似ても似つかなかった。
「こ、こんな予定ではなかったんです! 最初の話では、もっとちゃんとした加護をつけて頂ける話になっていたのに、転生したら、こんな、こんな……」
「ぶふっ! まんまと騙されたわけか、まぬけめ。大方アウラは最初からそのつもりだったんだろうよ。お前も私に同じことをしたのだから、文句は言えまいとでも考えているんだろう」
「だからって、イリサレア様の加護は酷過ぎです! わ、私が今までどんな目にあったと思っているんです!」
「知るか。だがお前が道化になってくれたことで、リアンナが目立たずに済んでいるのは確かだからな。まぁその点だけは評価してやってもいいぞ」
道化として少しは役に立っていると言われても、アルフォリウスは全然嬉しくない。本当なら知の神としての力も活かしてもっと神童として人々の注目を集め、それとなく侯爵家にも力を貸すつもりでいたのだ。それなのにこの五年というもの、イリサレアの加護に振り回されっぱなしと来ている。もう出会う男にビクビクして引きこもる生活はいい加減どうにかしたい。神としての記憶を持たないエリオットの精神はすでに崩壊寸前だったのだ。
「この世に生まれれば、そんな予定ではなかったという事ばかりさ。生まれるのが久しぶり過ぎてそんな事も忘れたのか? 『人間嫌いのアルフォリウス』殿は」
「……そ、その名は止して下さい。私は、決して人間嫌いではありません」
「そうか? お前は神でありながら人間の善性を信じていないともっぱらの評判だ。百年前私を殺し、それを証明して見せたと誰もが言うぞ」
知の神アルフォリウスは人間嫌いだ、と審議会を監査する上級神の間では問題になった事があるとマナは知っていた。アルフォリウスが立てる計画は、人の欲望や憎悪を利用し、世界の進みに影響を与えようとするものが多かったからだ。
彼を審議会の会長から下ろすべきなのではないかと話し合いが持たれた事も一度ではない。しかし審議会は会長の意志だけで動く機関ではないし、他の意見を持つ神々も多いため、議論を活発化させるためには彼のような存在も必要であるということでそれは見送られてきた。
「私は別に、人間が嫌いな訳ではありません。ただ、発展の速度が遅いのが嫌なのです! 私の計算ではこの文明の発展度はすでにもう一つか二つ上がっていてもおかしくないはずだ。なのに実際は停滞している。私はそれを早めようと思っただけで……」
「豊かな環境や飽和した文明、人の善性により生み出された過度の平和、調和は、それ以上の発展を阻害する、か? お前の持論だったな。確かに一理あるかもしれないが、それを揺り動かすやり方については、お前と私とは全く相いれない。お前が会長を務めている間は、生まれるのをよすんだったな。まったく、間違いだった」
「何故です! 何故わかって頂けないのです! 世界を導くのに必要なのは情ではない、緻密な計画と計算です! 進歩と発展のためには多少の犠牲すら計算のうちだ!」
「お前たち知の眷属の悪いところだ。知の最高神はあんなに柔軟なのに、下に行くほど頑なで頭でっかちになる。お前、この世に生まれて九年で何を学んだんだ? 九年の人生の中で、計画と計算で何とかなった事があったか? そもそもお前は、こうして実際に地上に生きている者の事を考えて計画を立てたことがあるのか?」
「それは……」
記憶がなかったとはいえ、エリオットの人生は順風満帆とはとても言い難い。加護の事がなくとも、第三王子という跡継ぎの予備の更に予備という地位ではマリエラの役に立てる日はまだずっと遠いだろう。
エリオットの九年は、ただ何となく何かしなくてはという思いはあったものの、何を計画して何を成せばいいのか、そんな事も分からずただ漠然と生きているだけの日々だった。だがそれは人として生まれたならば、本当は当たり前の時間だ。
「お前たちは、こうして生まれる回数は少ないくせに、自分達はさもものを知っている風なことをいつも言う。知の眷属は、下になればなるほど地上に生まれるのを嫌がる傾向があるようだな。何もないまっさらな状態で、一から始めるのがそんなに嫌か? 自分が蓄えた知識を一時的にでも封印するのが怖いか? 立てた計画が思い通りに進まなければ、我慢できないとでも? そんな世界で精一杯もがきながら懸命に生きている人間が、そんなに下らないのか? お前たちはそんなに上等なのか?」
「わっ、私達は神なんですよ!?」
「だからなんだ。ここではただの人間だ。お前も、私も。まぁ、私は今回は休暇のようなもので楽をさせてもらっているがな」
マナは、この地上は人々の修行の場に用意されたというだけの場所ではないと常々思っている。ここは神こそ生まれてみる価値のある場所だと、本当は考えているのだ。
この地上で思い通りにならない事に苦しみ、もがき、生きるという事はそれほど価値のあることだと、マーレエラナは認めている。
だからこそ、たくさんの傷を作りながらも彼女は何度も地上へと生れ落ちたのだ。
さすがに今回はもう魂が疲弊しきっていたので当分休みを取るため、絶対生まれたくはなかったのだが。
「もう少し、人間たちの生きる姿を見て学ぶことだな。この地上でしか学べない事は山ほどある。さっそく、無力な少年であることの心細さや悔しさを嫌というほど学んでいるようだしな」
「ううっ、それは……な、何とかなりませんかマーレエラナ様!」
「馬鹿か、お前は。記憶が戻ったんだから自分で加護の影響を制御すればいいだけだろう」
マナにすっぱりと切り捨てられてアルフォリウスは項垂れた。口をもごもごとさせて、小さな声で言い辛そうに何か呟いている。
「聞こえないぞ」
「……ないんです」
「だから、聞こえない」
「わっ、わからないんです! 上級神の最上級の加護を貰った事もなければ、こんな無意識に発露する力を扱った事がないんです!」
「……お前は……ああ、もういいや、お前の事は今度から二人の時は縮めてアフォと呼ぼう。長いからそのくらいで丁度いいだろう」
「何ですかそれ!? ひどいです!」
「何がひどいもんか。お前なんぞアフォで十分だ。この頭でっかちの役立たずが。そのキラキラした頭はやっぱりただの飾りの様だな。まぁいい、休暇はまだ長い。時間をかけて加護の扱いを教えてやる。イリスの加護は、本当はとても役に立つんだ」
しかしアルフォリウスにはマナのその言葉はとても賛同できないものだったようだ。ぶんぶんと首を横に振ると、涙ぐみながら叫んだ。
「一体、何が役に立つんですか! こんな、こんな下品な……ただ男に好かれるだけの加護なんて!」
「ふん、お前は知の神を名乗る割に本当に無知だな。いいか、イリスの加護の神髄は男に好かれる事じゃない。あの男嫌いが、自分が愛する娘たちにそんなつまらないものを与えると思っているのか?」
「そ、それは……じゃあ、何だっていうんです!」
「教えてくださいも言えないのか、お前は」
アルフォリウスはギリギリと奥歯をかみしめて、絞り出すように小さな声を出した。
「……お、教えて、下さい」
「まぁいいだろう。いいか、イリスの加護はな、男に好かれる効果が本領じゃない。男を手玉に取り自由自在に操る、それが真の姿だ。それを十分に使いこなせば、愛され、崇拝されながらも自分には指一本触れさせずそれでも男たちを満足させ、かつ決して操られていると感じさせることもなく、思い通り動かすことが出来る。そういう力だ。男に襲われかけたと意気消沈しているようじゃ、まだまだだな」
「そ、そんな……無理です! 男達にうっとりした目とか、ギラギラした目で見られるだけで吐きそうなのに!」
「そんな事を言っているようじゃ先が思いやられるな。熟練すれば目配せ一つで百の兵が立ちあがる、一声で千の兵が動き出す、涙一つで万の兵を死地に向かわせると言われるくらいだ。どんな目で見られようとも完璧に力を制御して、相手を一定の距離から近づけず操るくらいの事はできるようになって貰わないと。まぁ女なら個人差はあれ、多少は本能的に身に着けている部分もあるんだが……アフォにはまだ無理か」
「お、女って……怖い」
「お前も、私の役に立ちこの人生を助けるというのなら、そのくらいできるようになるのだな。そうでなけりゃ、ただの役立たずの男殺しのままだ。その貞操もいつまで守り切れるかわかるまい。とりあえず自分の身内すら好きに動かせるくらいを目指せ。さらに上達すれば女たちすらある程度は虜にできるんだぞ?」
「む、無理ですよ!」
「何が無理なもんか。そんなことはこの私ですらできる。まぁ、今日……はもう面倒臭いから、明日辺りから特訓だな」
アルフォリウスはもうすでに本気泣きの一歩手前だった。美しい顔は涙ぐんでいても美しい。この涙を自由自在に流せるようになる事も今後の特訓課題だな、とマナは無慈悲に思う。
「さて、そろそろ領域をとくからその涙をひっこめろ。リーナが戻ってくる。いいか、普段は今まで通り接しろよ」
「は、はい……わかりました」
ごしごしと涙を拭ったアルフォリウスを見やって、マナはパチリと指を弾いた。
途端、世界が色鮮やかに戻り、様々な音が辺りを満たす。
マーレエラナの雰囲気をひっこめ、マリエラに戻った少女はくるりと辺りを見回すと満足げに微笑んだ。
「まぁ、貴方がここに来たのも下僕が一人出来たと思えば、悪くないかもしれませんわね」
「げ、下僕……」
「記憶を取り戻したのだから、今までよりは上手く立ち回れるでしょう? お得意の計画や計算で、何とかして見せて下さいませ」
「は、はい……」
がっくりと肩を落としてベンチに座り込んだエリオットを見て、マリエラはくすくすと笑う。
前回の転生から天界に帰った後、一度怒鳴り込んで派手に罵り合ったが、その後は顔も見たくなくて避けていた男だ。しかしそんなしょぼくれた姿を見ると、溜飲が下がると同時に少し哀れになる気もした。
けれど同時に、それ以上に胸の奥底からわき出て来る思いがあって、実はさっきからずっと我慢してるがそろそろ限界だった。
マリエラはエリオットの姿を見ながら、ついに吹きだした。
「ぷっ、しかし、良く考えると……ふふっ、貴方が、男殺しとか……ぷふふっ、あは、あははははは! もーだめ、我慢できない! あ、アルフォリウスが、あの堅物が、男殺し! あっはははは、あはははは、あはは、さ、最高の冗談だ! あはは、うふ、ふふふ、はぁ、あはははは!」
「マリエラ! 酷いですよ、そんなに笑うなんて! こっちは笑いごとじゃないんですよ!?」
腹の底から笑われて、エリオットはまたも止まった涙がぶり返すような気持だった。
「あはははは、あははっ、だめ、お腹痛い! あはははは!」
「うう、酷い……」
「お、お姉様があんなに笑ってるの、初めて見た……何したの、エリオット様!」
「っ!? り、リーナ! こ、これは、その……ええと、その」
「ね、教えて! お姉様何であんなに笑ってるの!?」
「そ、それはちょっと、その」
「あっはははは、あはは、あはははは!」
この後エリオットはマリエラに気のすむまで笑われ、リアンナには問い詰められ、侯爵家の家族にもこの話が知れ渡って問い詰められ、散々な目にあった。
これからマリエラの人生を本当に自分が助けて行けるのか、エリオットにとっては大いに不安を感じた一日となったのだった。
当のマリエラは、今世で初と言ってもいい腹の底からの大笑いをしたことで、次の日顔と腹筋が筋肉痛になって酷い目にあい、その八つ当たりにエリオットをしごくことをそっと心に決めた。
第三王子の不運はまだ始まったばかりなのだった。
おまけ
******************
「あはは、あはははは! いいわー、やっぱりイリスの加護にして大正解ね! 見てよあの美少年ぶり!」
「あれがあのいけ好かない男だと思うとほんと溜飲が下がるわぁ。せっかくだからもっと美しく成長するように、いっぱい加護をあげちゃおうかな」
地上を鏡越しに見ながらアウレエラとイリサレアは腹を抱えてケラケラと笑っていた。
それを傍で見ている対策室の面々はぶるぶると小刻みに震えながら、必死で何も見ていない聞いていないフリをして仕事している。二人の女神の矛先がこちらに向いたら無事に済む気がしないからだ。
地上では、マリエラによる特訓として、鏡を見ながら『男を動かす笑顔十種』をマスターするまで繰り返させられていたエリオットがガクリと膝をついていた。どうやら精神的ダメージに耐えきれなくなったらしい。
それが自分だったらと思うと、男たちの目に涙が浮かぶ。しかし女神たちの評価は大変に厳しかった。
「あーあ、マナったら甘いんだからもう。イリス知ってる? あの子ったら、あんな目にあったくせに、本当はアイツの事別に憎んだり嫌ったりしてないのよ」
「えっ、ホントに!? どこまで甘いのもう!」
「そうなのよ。散々ぶつかったし、嫌なことを思い出すから当分は顔も見たくないって言ってたけど、それだけなの。主義主張が違うのは仕方のないことだし、上級神へのあと一歩の階梯をいつまでも登れない焦りもわかるって、そんなこと言うのよ!」
「マナってば……そういうのがあの子のいいとこだけどさぁ。でもマナには許せても、私たちは別よねぇ」
「やっぱりそうよね?」
「うんうん」
アウレエラと頷き合うと、イリサレアは鏡の向こうのエリオットに向けてさっと手を振り、キラキラと光を振りまいた。
降り注ぐ加護がエリオットの体に吸い込まれていくが、うなだれて地面を見ている彼は気づかない。マリエラだけがその光を見て、苦笑しているような、でも爆笑したいような奇妙な顔で口元を押さえてプルプルしていた。
今後ますます美しく育つことが約束された第三王子の行く末を思い、対策室の男たちはこの日もそっと黙とうを捧げたのだった。




