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生まれる前の裏話

 



 ひとまずマーレエラナの了承を得て、アウラと審議会の使いの男は彼女の個人領域から帰ることにした。

 マーレエラナの個人領域から一歩出れば見慣れた天界の景色が辺りに広がる。

 広がる大地と空と、一面の花々。振り向けば今出てきた個人領域への入り口の小さな扉。

 扉が閉まっているのを確かめると、アウラは傍らにいる男の方を向いた。


「さて、とりあえずマナの承諾は得たけれど、わかっているわよね?」

「ぜ、全力を尽くします……!」

「そう言うのは簡単だけれど、まず何をすればいいのかわかっているの?」

 男は頭の中でざっとこれから必要なことを考えた。

 まず、体が弱い可能性が高いというのなら、医者の追加が必要だろう。それは今の所予定に入っていなかったから急いで入れなければいけない。

「とりあえず、癒しの加護を得意とする神々で協力してくれる方をすぐに探して、周辺の医療関係者に加護を……痛っ!」

 彼がそこまで言うとアウラはにこりと笑い、その足をぎゅっと踏みつけた。


「なに悠長なこと言ってるの。いい? まずは審議会所属の全ての神を即時召集するのよ。そして彼女の転生に関してあらゆる優先権を持たせた特別対策室を作るの」

「と、特別対策室ですか?」

 地上干渉計画審議会というのは主に中級の上くらいから下級の上くらいの階級の神々で構成されている。

 いわば神々が神として世界に関わる経験を積むための修行の場の一つのような機関なのだ。

 上級神になれば、協力や助言を乞われれば応えるが直接の運営に関わることはほとんどない。アウラも上級神の一人なので、そんな彼女がこんな事を言い出すのは非常に珍しい例と言えた。


「それから、中級から下級の神のうち今引きこもっている連中を一人残らず叩きだして連れてきなさい。そいつらなら今加護者がいないはずだから、加護を授与するための枠が余ってるはずよ。それから謹慎中の馬鹿どもも全員よ。あいつらを一番働かせなきゃね」

 神々の加護というのは資格を持っているから無尽蔵に与えられるというものではない。それぞれの神が自分の力と資格に見合った設定枠を持ち、その範囲内で加護を与えるのだ。弱い加護なら同時期に多くの人間に与えられるし、強い加護ならその人数はぐっと少なくなるというように。

 つまりアウラは、引きこもって遊んでいる神々や、謹慎処分中の連中の分の加護枠を最大限に利用するつもりなのだ。


「し、しかしそんなに一度に世界に加護を与えては、またバランスが……」

「そんなものもうとっくに崩壊しているでしょう。私の許可もなしに大地に大穴を開けたり半島を沈めたり山を爆発させたりしたのは誰? あいつらが責任取らなくて誰が取るって言うの?」

 ぴしゃりと言われて男はハッと気が付いた。アウラが実はものすごく怒っている事に。

 この非常事態に地母神の加護によって大地を回復させる事を提案した時、彼女は快くそれを引き受けてくれたので気付かなかったが、良く考えればそもそも大地をめちゃくちゃにされて地の眷属の最高神、地母神アウレエラたるものが怒らないはずがないのだ。

 そんな事に今更やっと気づいた男の背に、冷や汗が流れた。


「大丈夫よ。弱い加護を数多く与える形にすればいいんだから……あ、そういえばマナをどこに生まれさせる予定なのか決まっているの?」

「あ、はい、えーと、今一番安定している国がアランドラなので、そこの現王家の次女を考えていますが……ぎゃっ」

 またもぎゅっと足を踏まれて男は悲鳴を上げた。

 にこにことさらに深まったアウラの微笑みに彼の顔が青ざめる。

「そこは一番あの子が生まれたくない場所に決まってるでしょう! 馬鹿なの? いえ、馬鹿なのよね、知っていたわ」

 アウラはそう言い切って深いため息を吐くととしばらく考え、それから何かを決めたように頷いた。


「やっぱり任せていられないわね……いいわ、貴方はとりあえずさっき言った特別対策室をすぐに作りなさい。私はこれから上級神の協力を仰ぐべくあちこち回ってくるから。本来なら皆もう世界の事に直接手を貸さない神がほとんどだけれど、マナの為なら動いてくれるでしょう。まずは良い場所を探すために時の神に過去を含めて世界を見通して吟味してもらって、それから知恵の神に細かい計画を立ててもらうわ。その後は夢の神を通した神託をそれとなく必要な人材に与えて、あの子が生まれる場所の周辺に優秀な人間を集めなくちゃ。そうじゃなきゃ絶対まず無事に生まれないわ」

「し、しかし上級神様方がそんなにすぐ動いて下さるんですか……?」

「何言ってるの、マナは私達と同じ上級神の、しかも始まりの神々の仲間なのよ? 動かない訳がないじゃないの」

 その言葉に男は驚いたように目を見開いた。

 運命を廻す女神、などと呼ばれてもそれはあくまで二つ名である。本来の役割は星々を司ることにあるマーレエラナという女神は、実はあまり大きな力を持つ神だとは審議会では認識されていなかった。

 それでも高い資格を持つ彼女は地上に降りて仕事をしてもらうのに都合がよく、また基本的には人が良く世界を愛するマーレエラナは今まであまり審議会からの依頼を断ってこなかった。

 つまり、お人好しで使い勝手のいい上の下くらいの神、という印象だったのだ。


「……貴方達審議会とはこの機会に一度よく話し合う必要がありそうね。マーレエラナがどういう神なのか、あとでよぉく聞かせてあげるわ」

 マーレエラナは立派な上級神の一人に数えられているのだが、地上世界に生まれる事も多いせいでどうも格下の神々に嘗められているようだ、とアウラは苦々しく思った。

 そもそもその認識が彼女に過酷な仕事を押し付け、結果あそこまで傷つける事になったのだ。


 星を司る女神マーレエラナは創造主が一番最初に生み出した神々のうちの一柱だ。

 彼女の最初の役割は、創造主が作った星々の運行を司ることで、同じ時に生まれた神々の中ではその役割が比較的地味だったせいか、目立たない神の一人だった。そのせいか本人の自己評価も低く、彼女自身が自分の事を大した力のない神と思っている傾向がある。

 しかし原初に生まれ、世界を愛し、たゆまぬ努力を続けてきた彼女が今やその自己評価とはかけ離れた実力を持っていることはあまり周りに知られていない。

 もう少し、あと少し力をためれば、新たな世界の礎となる星を生むことさえできる神だというのに。

 アウラたち上級神は皆、もしマーレエラナが新しい星を生めるようになったならぜひ皆で力を合わせて新しい世界を作ろう、とずっと楽しみにしてその時の為に自分達も力をためて待っているというのに。


「マナの自己評価の低さもその内なんとかしなきゃだけど……それはまた今度でいいわ。とりあえず、行くわよ。準備を急がなくちゃ」

「は、はい……」

 何やらまた説教される事が決まったようだと男は半泣きになりながらも健気に頷いた。

 男とはここで別れて上級神のたまり場に直接移動しようと考えて、ふとアウラは振り向いた。


「そういえば……貴方、名前は何だったかしら?」

「……審議会の副会長、光の五位、ライレウスと申します」

 これまでにも何度か顔を合わせているのに今初めて名前を聞かれた男は、絞り出すような声でそう答えた。

 既に半泣きだった目から涙が一筋零れたが、残念ながら聞くだけ聞いてさっさと転移してしまった地母神の目には止まらなかったのであった。



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