13歳: ハレの日、晴れない日
久しぶりに盛大に死にかけた十二歳の日々はあっという間に過ぎ、気が付けばマリエラは十三歳になっていた。
今日は体調もいいし、天気もいい。絶好の結婚式日和だ。
侯爵家から一番近い光の神殿で婚姻の儀式を交わす新郎新婦。花嫁のシンプルな白いドレスと繊細なレースのベールが美しい。
マリエラは参列者の席からそれを眩しそうに見つめていた。傍にはリアンナとレイルも座っている。
「ユリエ、おめでとう」
「ありがとうございます、マリエラ様」
式が終わったあと、マリエラは花嫁に会いに行き、祝いを述べた。
結婚式を挙げたのは侍女のユリエだった。相手は隣にいる庭師のジョンだ。
二人は去年のあの加護者誘拐事件の時からお互いを気に掛けるようになり、侯爵の勧めもあって結婚することになったのだ。
使用人二人の結婚式に主家の娘や息子がでるというのはあまりない事ではあるのだが、もう何年もマリエラの専属侍女のような存在になっていたユリエの結婚式にはどうしても出たいと珍しくマリエラはわがままを言った。
内輪のささやかな式で参列者も二人の家族や親戚だけなので供がいればいいだろうと許可され、付き合わされた兄と妹には悪かったが、マリエラはユリエの綺麗な姿が見れて上機嫌だった。
実の所、誘拐された侍女を心配するあまり胃に穴をあけて血を吐いた(と思われている)マリエラの事を皆心配して、少しでも願いを叶えて安心させてやろうという家族の相談の結果の実現だったのだが。
「幸せになってね、ユリエ」
「はい。これからもどうぞよろしくお願い致します、お嬢様」
ユリエは結婚しても仕事を辞めないという条件でジョンと結婚した。侯爵も二人に辞めて貰っては困るとそれを後押しし、二人は今後侯爵家の敷地内にある家族向けの使用人宿舎で暮らしながらそれぞれの仕事を続けることになっている。
「お嬢様、こんな素敵なベールをどうもありがとうございました」
「もう、それ何回言うのユリエったら」
「お嬢様が手作りして下さったものなのですから、何度言っても足りません」
「ただのベッドの上の暇つぶしよ。でも似合っていて良かったわ」
ユリエのかぶっている白いレースのベールはマリエラが編んだものだ。ユリエの結婚の話が決まった後、ベッドの上での療養生活の暇つぶしを兼ねて作られたそれは、手の込んだ美しい模様のレースだった。
見る者が見れば、それが実は八十年ほど前に失われた古い伝統技法で作られたものだとわかったかもしれない。
マリエラは単に自分がかつてやった事があって知っている模様を記憶から引っ張り出しただけだったが。
ちょっと模様が古臭いかなー、と悩みつつ、それしか知らないので仕方なく妥協した産物だ。
レース職人が泣いて喜びそうなその作品は、しかしこれ以後ユリエの家の箪笥に大切にしまわれ、その子供の結婚式まで世に出る事はないだろう。
結婚式のあとは侯爵家の離れを使って簡単な祝いが催された。
侯爵家で用意した祝いの席に新郎新婦はしきりに申し訳ながっていたが、先だっての騒動を防げなかった罪滅ぼしと思って、とマイルズが強行したのだ。
この日ばかりは侯爵家で働く人たちも、適当に交代しながら宴に参加し、皆楽しいひと時を過ごした。
体調を考えて少し早めに自室に戻ったマリエラは、一緒に戻って来たリアンナと共にソファでのんびりとお茶を飲んだ。
今日から数日ユリエが傍にいないし誰か呼ぶのも面倒なので自分でお茶を入れようかと思っていたら、リアンナがさっさと用意してくれた。もうリアンナは一人で大抵何でもできる。恐らく日常生活に関してはマリエラよりも色々できるに違いない。
「ありがとうリーナ」
「うん! ねぇ姉さま、ユリエきれいだったね!」
「本当にね。良かったわ、ユリエが良い人と結婚できて」
手間のかかる自分の世話にかまけて行き遅れたらどうしようとちょっと心配していたのだ。
ユリエが無事に結婚できて本当によかった。ジョンも少し気弱だが優しい男なのできっと幸せになるだろう。
去年は恐ろしい思いもしたことだし辞めたらどうしようと心配していたのだがそんな事もなく、彼女はずっとマリエラの傍にいると言ってくれた。そんな彼女をこれからも大事にしたいと素直に思う。
「結婚かぁ……私もいつかするのかなぁ」
「リーナならきっと素敵な相手が見つかるわよ」
「姉さまは?」
リアンナの言葉にマリエラはううん、と考え込んだ。この病弱な体で結婚というのは今の所全く考えていないのだ。
そもそもマリエラは二十歳まで生きられるかも怪しいと周囲には見られているはずだ。たとえ天界の意図で六十まで生きるとしても、今の病弱ぶりでは周りはそうは考えないだろう。一応侯爵家の豊かさを目当てにした縁談は来ているらしいが、マリエラの噂以上の病弱さを知れば即破談になる気がした。
「私は、この体だから……相手は見つからないんじゃないかしら。結婚できないとお父様やお兄様には迷惑をかけるだろうけど、離れに部屋でも貰ってひっそり過ごすのも悪くないと思うのよ」
「えー、そんなことないよ! 結婚する頃には元気になるよ! リーナがちゃんと姉さまの体を丈夫にするんだから!」
リアンナは後ろ向きな姉をぷんぷんと怒った。
「そうね、リーナなら本当にしてくれるかもね……ありがとう」
「うん! 待っててね!」
嬉しそうに笑うリアンナに、マリエラも微笑みかけた。リアンナがマリエラのように過去の記憶を持っていない事はもうわかっている。けれどこうしてエルメイラと何ら変わらず優しいその心根がとても嬉しかった。
「リーナはどんな人と結婚したいとか、そういう希望はないの? 憧れとか」
「うーん、希望かぁ……あ、私、うっとうしくない人がいいな! 私のこと、ちょっと放っておいてくれる人が良い!」
「……そう」
リアンナがエルメイラであった時、共に生まれた半身でありながら、そのうざさから常に邪険にされていた男の事をマリエラは思い出した。
記憶はなくてもやはりその奥底にはエルメイラが息づいているのだな、としみじみと思う。
「姉さまは? 好みとかないの?」
「私はそうね……とりあえず、顔を憶えられる人がいいわね」
「顔かぁ……それは姉さまにはけっこう難しそう……」
「そうよね……」
理想の相手を見つける前に、そもそも出会いや恋愛に抱くものを大きく間違えている。
二人が結婚する日が来るのは、当分先の事になりそうだった。
「父上、失礼します」
「レイル、来たか」
「はい。お話とは何でしょう、父上」
賑やかな宴の場を離れ、後は使用人仲間だけで気兼ねなくやるようにと侯爵家の家族たちがそれぞれ自室に引き上げたあと、マイルズは自分の部屋にレイルを呼び出していた。
「お前に、話しておこうと思う事があってな」
マイルズは息子に掛けるよう勧めると、自分もソファに腰を下ろした。
レイルが正面に座るのを待ち、マイルズは徐に切り出した。
「ネルラルドとの件だがな、一応決着した」
「やっとですか。どうなりました?」
「ある意味で、面倒なことになりそうだ」
昨年の侯爵領での加護者誘拐事件は、当然ながら国同士の大きな問題になっていた。砦から借りた兵士の協力もあり誘拐犯たちはあの後全員が捕まった。そして彼らの口からネルラルドの国としての関与が明らかになったのだ。
もちろんネルラルドの目的はこの侯爵領の調査と、加護者たちの誘拐だった。
レイローズ侯爵領に加護者が多いという話は既に国外にも聞こえており、どの国もその秘密を知りたがっている。侯爵領内に入り込んでくる間諜の数は相変わらず減る様子を見せていない。
どこも大した情報は掴めていないのだが、今回のネルラルドの工作員たちはそれに焦れてついに強行手段に及んだらしい。神官達や侯爵家の関係者を攫ったり、民家に押し入ったりもしてかなり適当な作戦のように感じられたがそれはむしろわざとで、結果的に侯爵家やその周辺がどう出るかの調査を兼ねていたようだ。
「結局、向こうの責任は国が主導となって追求し、うちに賠償金を払う事で決着しそうだったんだがな。その賠償金にネルラルドが国境ぞいの土地を当てると言い出した」
「そうは言っても川向うの荒れ地なんてもらっても困るだけでしょう」
「ああ。しかしうちを妬む連中がそれに乗ってな。レイローズ家には加護者も多いし土地を改良するのも得意なようなのだから、これを機に領地替えをしてはどうかと言い出してな」
「うちからここを取り上げ、荒れた土地を押し付けようという事ですか!?」
余りに理不尽な話にレイルは思わず声を荒げた。
「提示された川向うの領土なら、今の場所よりずっと広くなるし却って良いのではなどと平然と言われたよ。今回のネルラルドの作戦の適当さと、旨味の無い領土の割譲でうちの国があっさり手を打とうとしていたことを考えると、そもそも一部の貴族共が関与していたのかもしれない。あるいは、王家もな」
「そんな……うちは普段から国に貢献しているというのに」
「加護者の数はここ以外では減る一方と来ているし、うちはもう十年以上農業も他の産業も右肩上がりだ。それでもなるべく目立たぬよう、恨みを買わぬよう気を配っては来たが……」
「うちから余所に派遣している加護者の数も増え続けていますが……やはりそれでも足りませんか」
「そういう事だろうな。うちの味方をしてくれた貴族も多くいた事がせめてもの救いだったが……」
結局はその不均衡がある限り人の目や妬みは避けられないのだ。
その辺はとりあえずマリエラの命を守る事を最優先にした神々の失策に他ならないのだが、逆に言えば神々も今のこの大陸では他に力を割く余裕がないということなのだ。荒れた世界でこれ以上の天変地異が起こらぬよう、どの神々も持てる力を精一杯使ってそれを抑えたり、調整したり、他の大陸にも気を配ったりしているのだから。
「王家からもうちに何故加護者が多いのか何度も問いただされたが、こちらとしてもその理由など答えようがない。それで、その理由を探る実験を兼ねてはどうだと誰かが言いだし、本当に転封されかねない事態になりそうだったのだが……」
「どうなったんです?」
レイルが不安を滲ませた声音で尋ねると、マイルズは深い深いため息を吐いた。
「結論から言えば、その話は立ち消えになった……神託が下りたことによって」
「神託……! 神がこの件に関して何か仰ったってことですか!?」
唐突に出てきた言葉に、レイルはぽかんと口を開けた。そんな息子の心中がよく分かって、マイルズも苦笑を浮かべる。
旗色が悪くなってきた王宮での会議の空気にどうしたものかとマイルズが悩んでいた頃、王宮内の神殿の神官からの火急の知らせが届いたのだ。
曰く、たった今神託が下りたと。
「しかも王宮内の神殿からだけではなく、同時に城下の他の神殿の神官達も次々に城に駆け込んできて、騒ぎになってな」
「内容は公表されたのですか?」
「ああ。神託の内容は要約すると、『加護とは、その者に、その地に必要と神が選定し与えるもの。そこには神々の深い意図がある。それを力づくで奪い利用しようとは言語道断。先だって天から星が落ち、それを阻止したのは天の意志である。今後かの地に邪な目を向けるなかれ』という感じらしい」
「感じとか、らしいってなんですかその曖昧さ」
「知らん。神官が言い辛そうだったから、多分もっと厳しい言葉を言われたんじゃないかと思うが……」
駆けつけた神官たちは皆一様に青い顔をし、どの者も同時刻に全く同じ神託を授かったと告げた。
神殿の神官、と一言でいっても神殿には様々な種類がある。それぞれに奉じる神が違うのだ。大抵は一つの神殿に一柱の最高神と、その眷属の神々が祀られている。あまり有名でない神々は合祀されている場合も少なくないが、そう言った神殿は地方にあることが多い。
王都の神殿は大小合わせて十ほど。有名どころがずらりと並び、その権威も必然的に高くなる。その神官達が顔をそろえ同じ神託を告げたとなれば王家でもさすがに無視はできなかった。
「レイローズ家に言及したわけではないが、『神々は生きとし生けるものを等しく愛している。しかしその中でも、神の御心に適う心正しき者に力を与えることは世界の為に必要な理でもある。心清き者が多く住む地を愛し手を差し伸べるのは必然である。それを羨むならば己も神々の目に留まるよう、身を慎み世の安寧のために励むがいい』とも言われたらしい。そんな事を言われればもはや誰もうちに手は出せなかった。賠償も土地ではなく、ネルラルドが払える金額で落ち着くようだ」
「そうなんですか……良かった」
「いいものか。大変なのはこれからだぞ。御前会議が解散になったあと、どれだけの人間に声を掛けられ、問い詰められ、泣きつかれたことか」
マイルズは心底うんざりした声を出し、深いため息を吐いた。
今回の騒動の終結を労われるだけならまだしも、神が認めるほどの領地運営をぜひとも参考にしたいから人を研修にやらせてくれだの、うちにも援助してくれだの、我が家にはちょうどいい娘や息子がだの、何か汚い手で神官たちを抱き込んだのではないかだのと、二、三歩歩く度に呼び止められ、口々に言い募られたのだ。
「今後はうちに研修と称した間諜だの、援助の申し込みだの、縁談だのが今までよりさらに増える事は確実だ。神託の手前表だって攻撃してこれなくなる分、陰湿な手に出る者もいるだろうな」
「今からそれでは、先が思いやられますね」
「ああ、だから面倒なことになりそうだと言ったろう。お前にも近づく人間が増えるだろうが、社交の場に出ない訳には行かないだろうしな。さっそく大分群がられていると聞いたが、女には十分注意しておけ」
「どうせ皆うち目当てですよ。どれも化粧臭くてかないません。その内マリエラが王都の屋敷にいる間に、母上主催でお茶会でも開いてもらおうかと思っているんですが、かまいませんか?」
「まぁ、それが良いだろうな。マリエラが顔を憶えられそうな娘がいるといいが」
「一人か二人いればいいとは思うんですけどねぇ……とりあえず、マリエラやリアンナの害にならない女なら良しとします」
マイルズは恋愛だの結婚だのに微塵も夢を抱かない息子に苦笑する。
結婚に関しては今のところ丁度いい相手もいないので本人に任せる事にしているのだが、この調子だとレイルはマイルズが勧めた縁談なら恐らく二つ返事で受けるだろう。
「うちと懇意の家には生憎お前と年齢の釣り合う相手がいないからな……大して利にならない、良く知らない相手と政略結婚するくらいなら、マリエラの検閲を通った女を選ぶ方がいいだろうしな」
「僕はそっちの方がかえって助かりますよ。そういえば父上は、マリエラとリアンナの結婚はどう考えてるんです?」
「二人は嫁には出さん」
「……父上」
息子からの呆れたような視線を受け、マイルズはハッと顔を上げてぶんぶんと手を横に振った。
「違うぞ、これは親ばか的なアレではなくてだな」
「父上が二人を可愛がっているのはわかりますが、あの子たちにも幸せになる権利は」
「だから違うと言っているだろう! 結婚をさせないとは言っていない、嫁に出さないと言ったのだ」
その二つの違いに、レイルは言葉を止めて父を見やった。
マイルズはレイルに真剣な顔を向け、一つ頷いた。
「リアンナはともかく、お前、マリエラが余所に行ってやっていけると思うか? 普通の貴族の奥方にでもなって、社交やら家内の切り盛りやらできると思うか?」
「……できるかできないかで言ったらできるとは思いますが、その後一月ほどで倒れて死にかける気がします」
「そうだろう。リアンナとて、あの子の加護を知っても有頂天にならず野心も持たないような夫を探すのは難しいだろうな。聖女として祭り上げられてたちまち普通の生活が送れなくなるのは目に見えている」
そんな未来がすぐに想像がついて、二人は同じタイミングでぶるぶると首を振った。
「貴族の婚姻には政略はつきものだが、私はあの子たちをその駒にする気はない。できればお前にもその心づもりでいてもらいたい」
「それはもちろん、僕だってそう思いますが……」
「あの子たちが誰か相手を見つけて幸せになりたいと望むならもちろん叶えてやりたい。だが、できればこの侯爵領に残る相手であって欲しいと思っている。そうすれば私達が守ってやれるからな。いずれそういう相手と自然に出会うよう、何とか遠まわしにでも手を回すつもりだ。……マリエラはあの体では結婚できるかどうかはわからないが、その場合でももちろん我が家で生涯守ってやりたいと思っている」
そこまで言うとマイルズはテーブルの上の水差しを手に取り、グラスに水を注いで喉を潤した。
「いずれこの侯爵領を継ぐのはお前だ。だから、お前にもそこは承知しておいてもらいたい。あとできれば、お前の周りにまともそうな男がいたら二人に紹介してやってくれ」
「分かりましたよ。僕だって、二人を守りたいと思う気持ちは一緒ですからね……あ、まだだいぶ早いですが、カインはどうするんです?」
「ああ、あれは好きにさせる。男なんだから何とでもなるだろう。鬱陶しい縁談は全て振り落すつもりだが、あいつは放っておくと結婚しなさそうだから適当なのを押し付けても構わんし。多少強烈な女でも家に害がなければそれでいい。カインは頑丈だから大丈夫だろう」
「父上……」
昨年、死にかけたマリエラの騒動の陰で忘れられかけたが、カインは無事に五歳を迎え、神の加護を得た。
高位の武神、ブレイマスの加護を授かったカインは毎日元気にそこらで拾った棒を片手に屋敷中を駆け回り、調度品や庭木を引っかけては破壊して回っている。
細かい事は気にしない、体を鍛える事しか興味を持たないカインは、五歳にして侯爵家の人気者から破壊神へと昇格を遂げた。その逃げ足の素早さはもはや人外の域に到達しつつあると使用人たちから恐れられている。
「紐付きや変な女に引っかからなければ何でもいいから、年頃になったら適当にお前が監督してやれ。私には無理だ。その頃あいつの体力について行けるとは思えん」
「……わかりましたよ」
妹たちの将来に加えて、立派な脳筋に育つ未来が約束された弟まで。
長男という立場が今まで以上に肩に圧し掛かる気がして、レイルは深々とため息を吐いた。
おまけ
*****************
「ちょっとー、もう信じらんない! ボクらがすっごい苦労して世界のために働いてんのに、なんで勝手に加護者攫ったり、レイローズ領の移転話とかしちゃう訳!? あの人たちはちゃんとこっちの計画の上で必要があってあそこにいるんだから、そういう事しちゃダメなんだからね! めっ! この前星が落ちて橋が壊れたのだって天罰なんだから! もうレイローズ領にちょっかい掛けたら承知しないんだかね! あ、でも言っとくけど別にひいきでも何でもないし! 加護者はちゃんと世界のためにお仕事してくれる人が選ばれるんだよ! それに性格の悪いのが上にいればそういうのが集まるでしょー? そういうとこに誰も加護なんてあげたくないってだけなんだからね! 加護が欲しいならその前に自力で頑張ってよね! 大体、ボクたちだってこんなに働かされてほんと大変なんだから! 皆が天啓の方にかかりっきりで、ボク一人で夢を紡がないとだめだからもうずっと忙しくってお肌も荒れてきちゃうし……あーもう、ちょっと休暇取ってゆっくりしたい~……ってやだ、まだ繋がってる!? ごめんごめん、後半忘れて! じゃあ神様からの連絡でしたー、よろしくね!」
ブツン、と神託用神具との接続を慌てて切って、夢の神の最高位、トリメリアはくるりと振り返り、テヘ、と舌を出した。
後ろに控えていた夢の眷属の神々や、対策室の面々ががっくりと肩を落とす。
「ちょっと失敗しちゃったー。でもまぁ、きっと大丈夫でしょ!」
大丈夫なものかと言いたかったが、可愛らしい少女のような外見で悪びれもせず明るく言われ誰もが脱力を憶えた。
そもそも彼に神託を下すという仕事を託した時からこうなる覚悟は一応していたのだから、今さら文句を言っても仕方がない。
トリメリアは可愛らしい少女の外見と見かけそのままの性格の、男神だ。普段は人々に見せる為の様々な夢を紡ぐ事を司っている。
本来なら彼が神託などという地上に直接働きかける仕事を受け持つことは滅多にないのだが、今回は他に代わりがいなかった。こんな彼でも夢の系統の最高神なのでその能力は実はとても高い。
白昼、起きて活動している人間に、しかも同時に複数の違う神の信徒たちに、対象を指定したうえで神託を下ろす、というのは残念ながら彼にしかできないことだったのだ。ネルラルド側の人間にも国をまたいで同時に神託を下ろしたので、余計に難しく彼に頼むしかなかったのだ。仕方なかったのだ、とその場の神々は全員が自分に言い聞かせた。
「ええと……まぁ、神託だというのは一応わかったでしょうから、いいでしょう、多分」
「そ、そうですね、夜にでも他の夢神で手分けをして神官達に少々補足をしておきます……今は何せ急ぎでしたからね……」
「とりあえず、まぁその、レイローズ領が無事に何事もなくすみそうで良かった、ですよね」
どこかぎこちなく頷き合いながら、神々は今回の事をそっとなかったことにしたのだった。
神官達、頑張って超意訳しました。