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12歳幕間: 裏でもやっぱり大騒ぎ

 


 天界はどうしようもない大騒ぎになっていた。

 今日の夕刻、星の神の一人が急にマリエラの星が翳ったと連絡を入れてきたのだ。何事かと集まれば、侯爵領で起きた変事にマリエラが動く、という事がわかったのだが。


 多くの神々がマーレエラナ転生特別対策室に集まり、水盤や鏡、あるいは自分の力を使って地上を見ていた。

 あちこちに連絡をしまくっている者もいる。

 そんな中、アウラは流星を落とす為に神力を練り始めたマリエラの姿を目の前の鏡で見ながら、叫び声をあげた。


「マナ! やめてマナ! そんな力の使い方したら、貴女の体が持たないわ!」

「全天の瞳を維持しながら遠隔操作で流星なんて、マーレエラナ様、無茶ですよ! それは人の器では……ましてその器では!」

 隣にいた、マーレエラナと付き合いの長い星の神の一人が同じように声を荒げた。彼女の星の異変に最初に気づいたのも彼だ。同じ星の神として、彼にはマリエラのやろうとしている事の困難さがよく分かる。

 加護としてもらった力を使うならともかく、人の器に無理矢理押し込めた自身の力を地上で使うのはとても難しいのだ。

 物理的に干渉しない神術や、すぐ目の前で行う小さな事象ならそこまででもないが、今マリエラがやろうとしている事は違う。

 全天の瞳を維持しながら遠隔地に神力を伸ばし、その力で持って強引に無から有を生み出し、それを精密に制御して一点に落とそうとしている。それを地上でやろうとしたら、どれほどの負担があるかわからない。ましてやマリエラの虚弱体質ぶりを思えば、無茶もいいところだった。


 特別対策室の屋根に以前たまに星が落ちてきたことがあったが、そんな風に天界に些細な力を飛ばすことくらいならかえって簡単なのだ。ここは物理法則に縛られていない場所なのだから。


 同じように青ざめて地上を見ていたライレウス室長は、不意に顔を上げると周りを見回し声を張り上げた。


「誰か! マーレエラナ様の家族を起こせ! まだ寝ていなかったら、虫の知らせを飛ばせ! エルメイラ様は……」

「良い子は寝ています!」

「だったら、夢の神から啓示を下ろせ!」

「はいっ!」

「オルストラ様にもすぐに知らせろ、エルメイラ様の癒しの力を増幅して頂くんだ! それと、攫われた加護者たちに加護を与えている神は、彼らの加護を一時的でいいから強化しろ! 資格に関わらず許可する! なるべく自力で脱出できるよう補助するんだ、マーレエラナ様にこれ以上の無茶をさせるな!」

 矢継ぎ早な、しかし的確なライレウスの指示に周りは一瞬呆気にとられ、しかしすぐに言われた通りに動き始めた。

 アウラもぽかんとライレウスを見、それからはっと鏡の中のマリエラに目をもどした。

 自分にもできる事があることに気づいたのだ。


「私はマリエラへの加護を強め、せめてその肉体を守るわ。一時的にでも私の神力であの子の体を支えてみせる」

 マリエラの体は神の目から見れば危い均衡でどうにか持ちこたえているに過ぎない。神としての力が中から器を押し広げ、今にもヒビが入って割れてしまいそうだ。

「お願いします!」

 アウラは自分の加護で外側からそっとマリエラの器を包む。あまりやり過ぎれば自分の力でその器をつぶしてしまいかねないから、慎重に。人の器の何と脆い事か、とアウラは内心冷や汗をかきながら、どうにか神経を集中させた。


 どのくらいの時間が経ったのか、不意に鏡に映ったマリエラが、ぐらりと傾いだ。背もたれにどうにか寄りかかり、手をだらりと垂らして肩で息をしている姿がアウラの焦りを募らせる。

 アウラの注いだ力がマリエラを壊した感覚は無かった。ならば――


「流星、落ちました! 橋を直撃、間に合ったようです!」

「加護者たちは!?」

「無事です! どうにか自力で脱出できそうです!」

 その報告にわっと歓声が上がる。

 しかしまだ油断はできない。


「マーレエラナ様の方は!?」

「虫の知らせは届きました、今母親が向かってます!」

「リアンナた……さんも目を覚ましましたよ!」

 アウラはその報告を聞きながら鏡の中のマリエラを食い入るように見つめていた。ぐったりとしながらもどこか満足そうな顔をしていた彼女が、ゆらりとゆれそして椅子からずり落ちる。

 床に倒れ、次いで咳き込み、血を吐いたマリエラを見てアウラは小さな悲鳴を上げて思わず鏡に手を伸ばした。しかしその手は冷たい鏡面に触れるだけだ。

 手を伸ばしたいのに届かない。抱き留めて、癒してあげられたなら!


 見つめる先ではようやく母親がマリエラの部屋に駆けつけ、異変に気付いたところだった。

 自分が吐いた赤い血の上に倒れるマリエラを見て彼女が悲鳴を上げた。すぐに走りより、抱き上げる。

 その細い腕のどこにそんな力があるのか、それともマリエラがそれほど軽いのか、アマリアは娘を抱いたまま必死でリアンナの眠る隣の部屋へと向かおうとした。しかしすぐにマリエラの部屋に、母の悲鳴を聞きつけたリアンナが飛び込んできた。

 そして母の腕の中のマリエラに気づき、慌てて駆け寄って癒しの術をかけ始めた。


「……間に合ったか!?」

「マナ……マナ!」

「大丈夫じゃよ。リアンナちゃんの魔法は効いておる。しばらくは寝込むじゃろうが、ちゃんと良くなる」

 いつの間にか傍に来ていたオルストラがアウラの肩に触れ、安心させるように軽く叩いた。

「良かった……良かった、マナ……」

 アマリアの声で目を覚ました侯爵家はすぐに大騒ぎになっていた。

 マリエラはベッドにそっと移され、リアンナが隣に張り付いている。それを見ながら、アウラは自分もあそこへ行けたならと思わず唇を噛んだ。


「大丈夫かね、アウレエラ?」

「……ええ。大丈夫、大丈夫よ……苦しいのは、私じゃないもの。そうよ、いつもそうなの」

 オルストラに声を掛けられ、アウラは俯き、そして頭をふるふると振った。

「マナはいつもそう。過酷な生を歩んで殺される事も多いけど、それ以上にああやってあっさり自分の命の限界を踏み越えてしまう。それがマナの悪いところだっていつも言っているのに。他人の事ばっかりで、自分をちっとも大事にしない。普段はあんなに怠けてるのに、無関心な顔をしているのに、結局あの子は人を見捨てることができないんだわ」

 泣き笑いのような顔で、怒ったような声音で語るアウラに、オルストラも頷き返した。


「地上干渉資格の特級を持つような神は皆そうじゃよ。他人のために、使命のために、必要とあればあっさりと命を投げ出してしまう。大なり小なりそういうところがある。周りの人間の為に歯を食いしばって過酷な運命に耐えていたかと思ったら、それしか手がない、それが最良の手段だと分かった途端、あっさりと死に突っ込んで行ってしまう。自分が死んで済むなら、そのくらいは安いとでも言うように。本当に、そんなところばかり同じでなくてもよかろうに」

 だからこそ彼らは英雄と呼ばれ、世界を動かすのかもしれないが、とオルストラはどこか苦い物でも含んだような声で呟いた。


「それが新しい傷になるんだってちっともわかってないのよ。死ぬことばっかり上手で。本当に、見ている方だって辛いっていうのに……だから、今回は絶対に生きなきゃいけない役割を振ったのに」

 深いため息と共に吐き出されたアウラの本音にオルストラはくすりと笑う。

「死に上手というのも困ったものじゃ。こりゃますます天界の総力を挙げて、幸せにしてやらねばの」

「ええ、そうよ。絶対に、今回こそ、生きてもらうわ。生きて、幸せにさせてみせる。死に上手なんかではいさせないんだから」


 アウラは強く言い切った。

 気付けばいつの間にか周りは静まり返っていた。

 アウラとオルストラの会話をこの場にいる神々全員が聞いていた。全ての視線が二人に向かう。

「アウレエラ様」

「……何?」

「私達も、全力でお手伝い致します」

 ライレウスはそう言ってアウラに深々と頭を下げた。

 それにならって、その場にいた神々全員が同様に頭を下げる。皆、どこか目が覚めたような顔をしていた。

 アウラは彼らをぐるりと見回し、ようやく笑みをこぼす。

「じゃあこれからもこき使うから、覚悟していなさい」

「はい!」

 マーレエラナの生き様が、天界でもほんの少し何かを動かした夜だった。





 おまけ

 ******************



「あ、ねぇ」

「はい?」

「さっき、ちょっと格好良かったわよ。見直したわ、ライレウス」

「……! あ、ありがとうございます!」



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