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11歳: しかしまわりこまれてしまった!

 

 十一歳の初夏のある日。

 マリエラは周りにいる少女たちのおしゃべりを聞きながら、暇だなぁとぼんやりしていた。

 周りのおしゃべりを一応聞いてはいるし受け答えもしているのだが、別に頭を使わなくてもできるので退屈で時々欠伸がでそうになる。


 十一歳にしてついに初めて実現した同年代の少女たちとの交流は、しかしマリエラには退屈で寝てしまいそうな時間だった。

 隣にいる何とか伯爵家の何とか嬢はしきりにこの王都で今流行っているアクセサリーについて話をしている。

 形がどうとか、少女向けのおすすめの店はどこだとか言っているが、マリエラの脳には殆ど届いていなかった。


 少しずつ外にも出られるくらいに普通に近づいてきたマリエラが最近暇を持て余している事に気が付いた母がこのお茶会を企画してくれたのだが、趣味に合わない事この上ない。

 わざわざこのために春の内から王都に滞在しているなんて無駄過ぎる時間だった。(なぜ春からかと言えば、マリエラは長距離の移動をすると疲労と環境が変わったことによって必ず体調を崩し長期間寝込むからだ)


 きゃらきゃらと鈴を振ったような少女たちの笑い声を聞きながら、マリエラも控えめに微笑む。

 同年代の女の子ってこんなにふわふわしてたっけと不思議になるが、多分おかしいのは自分の方なのだろう。

 しかし母の気遣いとはいえ、今後も暇そうにしている度にこういう付き合いを勧められたら困ってしまう。

 かといってマリエラが暇なのは事実だ。

 寝込む時間が減り、睡眠時間も段々と人並みの長さになりつつあって、最近マリエラは困っているのだ。読書以外には寝る事が唯一の趣味だったのに、その時間が減ってちょっぴり悲しかった。


 絶対に聖女としては働きたくないと言い張ってこうして普通の病弱な少女としての時間を過ごしている訳だが、やっぱり少しは何かしないと今後暇すぎてまた死にたくなってしまうかもしれないとマリエラは思う。

 何か読書と睡眠以外の趣味を見つけないと、早々にぼけてしまいそうだ。

 この世に生まれてたった十一年目にしてもう仕事を引退した老人のようなことを考えていたら、ふいに隣の少女から声がかけられた。


「マリエラ様はどの店がお好きです? レイローズ侯爵領は大層豊かだと聞きますが、今日のドレスもとっても素敵だし、やっぱり地元にも素敵なお店があるんでしょう?」

 その問いに対して、自分の着る服になど一回も興味を持ったことがないマリエラの答えは一つだ。

 少し寂しそうに見えるよう一瞬目を伏せ、それから相手を見て儚げに微笑む。


「……お恥ずかしいのですが、どんなお店が素敵なのか、私、何も知らないのです。本当に小さい頃から寝込んでばかりで、外に出れるようになったのもごく最近なものですから……。良かったら皆様が教えて下さると嬉しいわ」

「あ、あらそうでしたわね、ごめんなさい! 私ったら気が利かなくて……」

「そ、そうですわね、ええと今人気があるのは一番通りのユーリカの店かしら! 私達にはまだ少し早いのですが、オーダーできない事もないって母上が……」

「あら、マリエラ様だったらユーリカよりもフェアリアの店の方がきっとお似合いですわ。生地が良いんですのよ、優しい色合いで……」

 

(よっしゃ、話題逸らし成功!)

 ここまでくれば後はにこにこと笑って頷いているだけでいい。マリエラでもその気になれば猫くらいは幾らでもかぶれる。こういう時にはこの病弱そうな儚げな見かけは大変便利だ。


(一応、手袋と靴下、靴の材質だけには興味があるから、そういう話題にならないかな……でも自分から話題を振るのも面倒くさいし、それだけにしか興味がないってばれちゃったら変人認定間違いなしだよね)

 いくらマリエラでもさすがにそれは避けたい。興味と言っても、加護をうっかり発動しない為の防御力的な意味でのそれなだけだし。

(でも、聖女よりは変人に認定される方がいいかもな……)

 世の中のすべての神と神官を嘆かせるようなことを考えながら、マリエラは暇潰しに目の前の何とか子爵家の令嬢の巻き毛の巻きの数を数え始めた。


 マリエラはその後しばらく意識の四分の一で周囲に微笑みかけ、四分の一で斜め向かいの令嬢のつけまつげの本数を数え、残りの半分で眠っていた。

 お茶を入れ替えにきたユリエにさりげなくつんとつつかれてはっと意識を戻すと、いつの間にか周りの話題が変わっている。優しい少女たちは有難いことにこの引きこもりの病弱令嬢には話を振らないことにしてくれたらしい。

 マリエラが一応彼女たちの新しい話に耳を傾けると、どうやら今度は恋愛談義に移り変わったらしかった。

 これまたマリエラには興味がない。また寝るかな、と考えていると一人の少女が喋った言葉が彼女の興味を引いた。


「私、最近占いを勉強していますの! 好きな方との未来を占いたくて!」

「わ、素敵ね! 上手になったら占って下さらない?」

「私もお願いしたいわ」

 占いという言葉に、マリエラは面白そうな表情を浮かべた。

「何の占いをされますの?」

「あら、マリエラ様も占いに興味がおありですか? 私が学んでいるのはカードと、簡単な星占いですわ。でも星占いの方はなんだか難しくてあまり当たらないんですの。星の女神様の神殿で星座盤を頂きましたので、それを使っているのですが……」

 そう言うと少女は自分の侍女を呼び、占いの道具を持ってこさせた。話のタネにと一応持ってきていたらしい。

 星の女神の神殿って間違いなく私のとこだろうなーと考えながら、マリエラは出された占い道具を覗き込む。


 小さ目の星座盤はマリエラが昔使ったことがある物よりも随分と簡単な品だが、それでも一応用は足りそうだ。

 星占いはマーレエラナが星を落とす事の次に得意とするところだ。ほんの少しの神力とそれなりの道具さえあれば運命を読み取るどころか手を加える事だって出来てしまう。

 これはちょっとした暇つぶしの趣味にいいかもとマリエラは考え、久しぶりに星に触るような気がして嬉しくなった。


「まぁ、素敵。今度私も貰いに行こうかしら……ちょっと触らせて頂いてもよろしい?」

「ええ、どうぞ。あ、ねえ、サーラ様、私カードの方が得意ですのよ、占って差し上げるわ」

 マリエラに快く星座盤を渡した少女は余りそちらには興味がないらしく、すぐに隣の少女をカード占いに誘い出した。綺麗な絵が一枚一枚に描かれているカードの方が少女たちには人気があるらしい。他の娘たちもそちらの方に興味があるようだった。


 自分から皆の意識が外れたのをいいことに、マリエラは星座盤をいじり始めた。

 全天を模した丸い盤に、その外側には細かい数字が書かれた別の盤が二つついている。外を回して数字を合わせ、その時の星を動きなどを見る道具なのだが、マリエラには少し物足りない。


(天界では自分の領域で簡単に星の巡りが見えたけど、地上ではいまいちなんだよね。夜に外出てるとすぐ風邪ひくし……丁度いいから一つ自分用のを作ってもらうかな。そうすると縁の盤はもう二つは余分に欲しいし、星を描いた小さなカードと、貴石が幾つかあると更にいいかな)

 そんな事を考えながらすいすいと盤を操作して、目の前でカード占いをしてもらっている少女の事を試しに占ってみる。カード占いのために生年月日を告げていたので、それを盗み聞きして彼女の今後十年の星巡りをマリエラは調べてみた。しかし彼女の命脈は八年後に何故か途切れてしまった。


(おおう、十九で死ぬってそりゃまた短い。ええと、この死の星に影響を与えている星は……傲慢と虚飾、恋と別れ、憤怒、怨嗟、短剣。それと男を示す星が三つ……男に三股かけたあげくにそのうちの誰かに刺されて終わり、かな)

 なかなかに激しい人生だ。マリエラにはとてもじゃないが真似できそうにない。まだ十一歳の彼女はちょっと勝気そうではあるが可愛らしい少女なのに、近い将来に悪女に育つ予定だとは驚きだ。

 もはや名も忘れた令嬢だが、こうして顔を合わせて話もした後となると、その行く末を黙って放置してもいいものかなぁと少し悩む。


「マリエラ様、何か占っていらっしゃるの?」

 悩んでいるところに隣から話かけられ、マリエラはちょっと驚いて振り向いた。

 そこにいたのは今日はずっと端の方にいた、大人しげな印象の少女だった。ちょっと太目で愛嬌のある顔立ちだが、とても優しい雰囲気の少女だ。

 名前は確か――

「――シャーロット様、ええ、その、カード占いをされている方が生年月日を仰っていたので、あの方を、少し」

「まぁ、星占いをご存じなんてすごいわ。どんな結果でしたの?」

 シャーロットは無邪気にマリエラの手元を覗き込み、その複雑な並びを眺めて不思議そうに首を傾げた。

 彼女のなかなかに綺麗な魂の色に和みながら、どう言ったものかマリエラはとても悩んだ。まさか十九で男に刺されて死ぬなんてとても口に出せない。


「ええと……自信はないですが、その、十九歳前後で人生の大きな転換点があるようです。謙虚さを忘れず自分を偽りで飾らず、一途な愛をただ一人に向けるなら、幸せになれるんじゃないかと思いますわ。多分……」

 上手い! 私上手いこと言った! とマリエラは内心冷や汗をかきながら自分を褒め称えた。


「まぁ、サーラ様の一途な愛なんて素敵ですわね。今度は良かったら私の事も占ってくださいな」

「あ、今の私の事だったの? ねぇ、もう一回教えて!」

「マリエラ様星座盤使えますの? 私も教えて欲しいわ!」

 さっきまでカード占いを眺めていた少女たちが今度はマリエラに群がった。

 仕方なく順番に一人ずつ簡単に占ったところ、その的中率の高さに少女たちは驚き、これ以後マリエラはお茶会のたびに占いを頼まれ暇を持て余す事がなくなった。

 女の子は占い好き、という太古からの法則をマリエラはすっかり忘れていた。

 結局この日のお茶会で何人もの少女達を占ったが、マリエラが名前と顔を憶えられたのはシャーロットただ一人だった。


 ちなみに後ほどもう一度占ったところ、十九歳で死ぬ予定だった少女はマリエラの占い結果を信じたらしく、寿命が少し延びていたのでちょっとほっとしたマリエラだった。






 おまけ

 **********************



 天界・特別対策室



「ちょっ、誰かーっ! 緊急事態、非常招集!」

「何だ、どうした!?」

「マーレエラナ様が自分の星巡りに触ってる! 三十年くらいの寿命にならないかこっそり調整しようとしてるよ! すぐ星とか運命関係の神々全員呼び出して!」

「そりゃやばい、おーい、全員出動! すぐ関係者に召集かけろ! 何としても巡りを変えさせるな!」

「多分そこまで本気じゃないからこっちが本気で対抗すれば止められるはずだ! すぐ動くぞ!」

「おお!」

「室長! そこで鏡見ながら遠い目してないで、すぐあちこちに連絡してくださいよ! 室長!」



 **********************



「……ちっ、抵抗が強いな。ちょっといじってもすぐ戻っちゃうな。天界も対策取ってるかやっぱ。あーあ、まだこの面倒な人生は続くのか……」

「マリエラ様? お風呂の支度が整いましたよ」

「ねえさま、一緒にはいろー!」

「はいはい、リーナ、今いくから走らないのよ」





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