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9歳: 父上は意外に黒い

 


 マリエラがどうにか無事に九歳になってから少し後、リアンナが五歳の誕生日を迎えた。

 家族で盛大にその五歳の生誕日を祝い、そして皆で神殿へと向かう。

 リアンナはマリエラと違って素直に加護の儀式を望んだので、せっかくだからと家族全員で行くことにしたのだ。

 妹の五歳の特別な祝いということでレイルも帰ってきていたし、体調の良いマリエラも同行し、一家はにこやかな笑顔でリアンナの儀式を見守った。


「ではリアンナ様、こちらの水晶に触れてください」

 侯爵家の屋敷から一番近い光の神の神殿を貸し切ったので、聖堂には家族と神官以外誰もいない。

 そんな中でリアンナはさほど緊張もせず、手を伸ばして大きな水晶に触れた。

 すると水晶がゆっくりと光を灯す。光は次第に明るく強くなり、やがてゆらりと揺らいで集まり、一つの列を成した。傍らにいた年老いた神官が近寄ってそれを読み取る。

 彼は次の瞬間、大きく目を見開き声を上げた。


「おお、これは、なんと! オルストラ様……医と癒しの大神、オルストラ様でございます!」

 神官の言葉に家族が湧いた。

 口々にすごい、おめでとうと言ってリアンナの頭を撫でる。

 医と癒しの神オルストラは、癒しの系統の最高神だ。その加護となれば相当珍しく、国を挙げて祝われてもおかしくないくらいの慶事に他ならない。

 リアンナに微笑みかけ、その頭を撫でながらマリエラは内心でちょっと憮然としていた。


(オルストラ……あのスケベ爺が加護をくれるとか、私が癒しの聖女として過労死して以来じゃないか? 目立ちすぎだろそれ! リアンナが私みたいに働かされる羽目になったらどうしてくれるんだ!)

 レイローズ領内では最近めっきり忘れがちだが、他の領地や国はまだまだ荒れているところが多い。地母神の加護が人知れず少しずつ拡散していることで徐々に回復傾向にあるが、とても一息にとはいかないのが現状だ。

 規模は小さいが争いも未だ多く、怪我や病を抱えた者はいつだって数多くいる。

 そんな中でオルストラの加護を得た子供が生まれたことがわかったら、癒しの神殿も各国もきっとさぞやうるさくなることだろう。

 更にリアンナはエルメイラの水の神力も持っているのだ。水の力から派生した癒しの力は、医と癒しの系統とはまた少し違った効果を得る事ができる。その二つを合わせたなら、おそらくリアンナはかつての癒しの聖女をしのぐ力を持つことだろう。


 マリエラと同じ心配をしているらしいマイルズも喜びながらも難しい顔をしていた。

 これが国に知れれば、リアンナは王宮に召し上げられかねないのだ。

 五百年ほど前に加護者の権利が保護されるようになって以来、どこでどんな生活をするかは加護者自身が選べるようになっている。しかしその子が小さい場合、大抵は親がそれを決めることになる。そうなれば親の抱える様々なしがらみに、子供が翻弄される事は間違いない。つまりもし王家からリアンナを差し出すよう要請があった場合、侯爵家が断るのは簡単ではないという事だ。

 しかしマイルズはまだたった五歳の娘にそんな重荷を背負わせたくはなかった。

 顔いっぱいに嬉しそうな笑顔を浮かべて、

「りーな、ねえさまをいやせるよう、かみさまにいっぱいおねがいしたの! きっととどいたのね!」

 なんて可愛い事を言っている娘をどこかにやるなんてとんでもない話だ。


 マイルズが聖堂を見回せば、ここにいるのは家族以外には年老いた神官とその補佐役の中年の神官の二人だけ。

 彼は一つ頷くと、喜ぶ家族の輪から離れて彼らの所に近づいた。


「ラムドラ殿、今日はありがとうございました。リアンナが素晴らしい加護を頂き、嬉しい限りです」

「おめでとうございます侯爵様。本当にようございました。オルストラ様の加護を授かった御子様となれば、国を挙げての祝いになりますな」

 如何にも好々爺と言った風情の神官にマイルズはにこやかには頷き返す。

 しかし彼は領主として働く上で、神殿の抱く光も影もきちんと把握していた。この老神官が、見かけ通りの男ではないこともよく知っている。


「……それなんですが、ラムドラ殿。実は侯爵家としては、リアンナの加護をまだ公にしたくないのですよ。申し訳ないが、私は国にすぐ報告しないでおこうと考えています」

「それは……何ゆえですかな?」

 二人の神官の表情が一瞬固くなる。マイルズはあくまでにこやかに、そして少し困ったように眉を寄せた。


「ご存知かとは思いますが、私の長女のマリエラは本当に体が弱い。リアンナの頂いた加護は本人が言ったように、姉の体を癒すために本人が懸命に神に祈った結果ではないかと思うのです。しかし、国が出てくるとなればリアンナは姉のためにこの領内にとどまることが難しくなるかもしれない。私は、娘の気持ちを大切にしてやりたいのです」

「そのお気持ちはわかりますが……しかし、これほどの加護者を内密に囲い込む事は難しいのでは? ご存じないかもしれませんが、今まで上級神様のご加護を授かった方々は、そのほぼ全てが生まれつきであると言われています。後から報告されることも滅多にありません。下手をすると、神に対する不敬や、国に対する背信ととられるかもしれませんぞ」

「わかっています。ですから報告しないとは言いませんし、勘ぐられるのも覚悟の上です。せめてマリエラがもう少し成長して元気になるまで、そしてリアンナが自分の意思で己の道を選べる年齢になるまででいいのです。あの子を幼いうちから家族から引き離して、寂しい思いをさせたくないのです」

 いかにも心苦しいが、という表情で切々と語るマイルズに、二人の神官はお互いの顔を見合わせ、けれどまだ頷かなかった。マイルズはそんな二人に微笑みかけながら、そこで少し声を潜めて囁いた。


「それに……リアンナの加護を知れば、まず癒しの神殿の本山が出てくるでしょうね」

「……!」

「癒しの神を祀るあそこが大神の加護者と聞いて黙っている訳がない。そうなれば、リアンナは遠く離れた神殿に所属する事になる。地元にあるここではなく、です。本殿に乞われれば、うちとしても無視するのは難しいんですよ。癒しの神殿の神官には、時々マリエラの治療でお世話になっていますからね。リアンナが所属するとなれば癒しの神殿の株はさぞかし上がることでしょうね……お二人は、どう思われます?」

 マイルズの言葉は二人に目に見えて衝撃を与えたらしい。様々なことを一瞬で計算したらしい二人はお互いに目配せすると一つ頷き合い、急に満面の笑顔をマイルズへと向けた。


「そうですね、確かに仰る通りです。親元から無理矢理引き離され、遠くの神殿に所属させられて寂しい思いをし、とうとう頂いたご加護を疎み放棄した加護者の前例も記録にございます。故郷たるこの地で健やかにお育ちになるのを待つ方が、神の御心にも適うというものでしょう」

「ええ、私もそう思います。幸い、このことを知るのはご家族を除けば大神官様と私だけです。我々は我が神に誓って他言はしない事をお約束しましょう」

「分かって頂けましたか! いやぁ、ありがたい。リアンナも含めればうちは皆、我が家から一番近いこの神殿に所属していることになりますからね。これからもぜひ、敬虔な信徒でありたいものです。何か我が侯爵家にできる事があればいつでも仰って下さい」

 マイルズは二人の神官の手を交互にとって繰り返し礼を述べた。

 神官たちの頭の中が、今後増額されるだろう侯爵家からの寄付金の事でいっぱいになっているのは一目瞭然だ。

 しかし可愛い娘たちを守るためなら安いものだ、とマイルズは思う。


 こうして一家は上機嫌な二人の神官に見守られ、神殿を後にした。

 父達の会話にこっそり耳を澄ませていたマリエラはほっと胸を撫で下ろした。そして同時に父のちょっと黒い面を垣間見、自分ももう少しこんな風に強かになりたいものだと淡い憧れを抱いたのであった。






おまけ

 ********************



「オルストラ! このスケベ爺! 何でお前がエマに加護やってんだよ!? 俺がやろうと思ってたのに!」

 医と癒しの神オルストラの住む領域に現れた闖入者は、顔を合わせた途端にそう叫んだ。

 オルストラの髭を掴んで揺さぶっている彼は、水の女神エルメイラの双子の兄、エリアルスだ。

 アウレエラに『海藻男』と称される波打つ青い髪を振り乱して憤るその姿は、とても海を司る水の最高神とは見えなかった。ちなみにエルメイラは陸の水を司っており、水の眷属では序列二位の女神だ。


「イタ、イタタ! 仕方ないじゃろう! マナちゃんのためにとっととすべての加護を寄越せとエマちゃんに脅されたのじゃから!」

「嘘つけ! 俺の可愛いエマがそんな事をいう訳ないだろう!」

「いや、嘘じゃないから! あの永久凍土のような冷たい目で虫けらのように見られるとゾクゾクして、癖になってのう……いや、うん、彼女が親友を思う気持ちにはとてもじゃないが逆らえなかったのじゃよ。それに、わしの加護の方がマナちゃんの事を思うと正解だったろうしの」

「それは……チッ、くそ!」

 マーレエラナの今回の転生は上級神達にとっても他人事ではなく、皆がハラハラと見守っている。

 まだまだ頻繁に死にかける彼女の傍にこれ以上ないほどの癒しの力を持ったエマがいるのは、確かに何より心強いことだった。

 だがそれとシスコンの心情とはまた別な話な訳で。


「お前ばっかりずるい! 俺も誰かに加護をやって、エマとマナを守ってやる! 二人を害する者は津波で押し流してやんよ!」

「いやいやいや、それはかえって危ないから! それにもう近くにちょうど良さそうな人間もおらんじゃろう!」

「弟がいただろう! あいつはどうだ!?」

「弟は武神が加護をやると言っておったよ。なんでもその心意気に感心したとかでの。『かつて守れなかった主のために生まれ変わろうとは、その意気や良し!』とかいって滂沱の涙を流しながら加護を垂れ流しておった。相変わらず脳筋じゃのー」

「くっそー、お前らばっかり! 俺だって、絶対誰か探してくるんだからな!」

「あっ、これエリアルス! ……行ってしもうた。はぁ……あ奴のシスコンはもちっとどうにかならんのかのう」

 ふぅ、とため息と共に、オルストラは開けっ放された己の領域の扉を閉じた。


 始まりの神々は個性的な者ばかりなのだが、その中でもエリアルスは重度のシスコンだ。エルメイラにはいつもうざがられているのだが、全くへこむ様子もなく己の半身を愛し続けている。

 彼はマーレエラナにも実は結構甘いのだが、結局エルメイラが優先順位の一番に来るため、その想いには誰も目を向けていない。恐らくは当の本人すら。


「無茶をせねば良いが……それとなく、様子を見ておくかの」

 もう一つため息を吐いて、オルストラは安楽椅子に座り、先ほどまで読んでいた傍らの本を手に取った。


 非公認ファンクラブ、『エルメイラ様に虫けらを見るような目で見られ隊』の会報、No,1425号の特集記事は、『リアンナたんの成長記録その五』だった。



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