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8歳: 無意識が一番困る

 

「マリー、具合はどうだい?」

 八歳になってしばらくたったある日、ベッドに身を起こしてリアンナに絵本を読んであげていたマリエラの部屋を兄のレイルが訪ねてきた。

「大分良いのよ、お兄様。そろそろ退屈してきたくらい」

「ねえさま、ごほんよんでくれるの!」

「そっか、それは良かったねリーナ」

 ぱたぱたと駆け寄ってきたリアンナを、レイルは笑って抱き上げた。

 最近は母が生まれたばかりの弟の世話に追われているので少し寂しがっていたリアンナは、兄に構って貰えて嬉しそうに笑い声をあげた。

 レイルは十歳になってから王都の貴族向けの寄宿学校に入っていて年に一回くらいしか領地には帰ってこない。

 今はその季節ではないのだが、先日マリエラがかなり本気で死にかけたので慌てて駆けつけ、そのまままだ滞在しているのだ。


「良かったよ、マリーが元気になって。今回は本当に心配したよ」

「心配かけてごめんなさい、お兄様……」

 最近大分寝込むことが減ってきたマリエラの突然の危篤は、久しぶりに周囲を本気で焦らせた。

 誕生日の日までは元気にしていたのにその数日後に突然倒れ、原因不明の高熱を出して意識不明に陥ったのだ。

 すぐさまお抱え医師や治癒の力に長けた神官が招集されたが、誰も原因を突き止める事もマリエラを癒すこともできず、今度こそもうだめか、と誰もが覚悟をしたものだ。

 その時の事を思い出すとレイルの胸は今でも痛む。

 レイルは昔からこの体の弱い妹の事をとても大事に思っていた。

 父や母との時間を病弱な妹に取られる事が多くても、どういう訳かちっとも気にならない。むしろ自分が小さくて傍についていてあげられないことや、苦しんでいるのを代わってあげられない事の方がずっと辛かった。

 守ってやりたいといつも思っているのに、幼いレイルがマリエラにしてあげられることは多くない。

 五歳で風の神の加護を得ている事がわかったうえ、学校の成績も大変優秀な彼は将来を嘱望されている。しかし今まで自分が妹の為に役に立ったと思ったのは、夏の暑さに苦しむマリエラに涼しい風を送ってあげられた時くらいだ。風よりも、癒しの加護があったならと思った事は数知れない。


「早く大きくなって、一生懸命勉強して父上の後を継いだら、領内でもっと医療技術の振興をしようと思っているんだよ。マリーが安心して暮らせるような場所に、きっとしてみせるからね」

「……ありがとう、お兄様」

「りーなもやるー! りーなねー、ねえさまのために、いやしのまほうならうのよ!」

「そうか、じゃあ二人で頑張ろうね、リーナ」

「うん!」

 和やかな兄と妹との時間を過ごしながら、マリエラは内心で冷や汗をかいていた。


(やばいわー。今回の危篤の原因は絶対言えないな……まさか、長生きするかもしれない将来を悲観してうっかり無意識で自分の星の巡りに触っちゃったなんて……はは)




 八歳の誕生日を迎えたマリエラは、まだ自分が八年しか生きていない事にこっそりと何度もため息を吐くほど絶望していた。

 もう十分生きたと思うのに、まだ八年しかたっていないのだ。天界の計画では最低でも六十年は生き、八十過ぎまでは無事に過ごせるようにしてあると言っていた。

 八年で飽きているのに、まだその十倍の時が自分に用意されている。

 その事実にマリエラは深く深く絶望したのだ。


 家族は好きだし生活にも不満はないが、それでもマリエラは日々を惰性で生きているだけでそこにはこれと言って喜びも幸せも、将来への希望もない。マナとしての記憶があることが、この場合は悪い方へ働いているのだ。

 傷ついた魂を守るための無意識の防御なのか、彼女の感情はほぼ麻痺していると言っていい状態なので喜びや楽しさすら強く感じない。八年の人生も半ば夢の中で生きているような気分だった。少しずつ傷は癒えて元気になってきているとはいえ、それでもまだ完全な回復には程遠い。


 瞬きするのも面倒くさいのに、それがあと十倍。

 積極的に死のうという気まではないが、それでも考えるだけでマリエラは憂鬱になってしまう。


 そんな憂鬱を抱えて数日過ごした後、マリエラは突然倒れた。

 永遠とも思える年月に対するマリエラの深い絶望は、彼女自身すら知らぬ間にその神力を動かし、気付けばいつの間にかマリエラの頭上には死を暗示する星が瞬いていた。


(病は気からってほんとだよね。天界もさぞ焦ったろうな……)

 その大騒動を見てみたかったなーとのんきに考えながら、マリエラは兄と姉に挟まれて嬉しそうにしているリアンナの頭を撫でた。

 マリエラはその柔らかな髪の感触を楽しみながら、死にかけた日の事を思い返す。

 今度こそ本当に死にそうだったマリエラを救ったものは、医者でも神官でも、神々の救いの手でもなく、この可愛いリアンナだった。


 治療の甲斐なく段々と弱るマリエラに周りも次第に諦めた雰囲気になって来たころ、姉の所に行きたいと駄々をこねたリアンナが侍女を振り切って部屋に飛び込んできた。

 周りは慌てたが、もしかしたらこれが姉との最期の別れになるかも、と止める事もできず結局リアンナの好きにさせてやった。

 リアンナはマリエラの枕元に駆けつけ、熱があるはずなのに冷たい姉の手を取って、必死で訴えた。


「ねえさま、ねぇおきて……ねえさま!」

 姉の手を取った小さな手から暖かな力がマリエラの体に流れてくる。リアンナの純粋な思いと、無意識で使っているらしいエルメイラの力の欠片に触れ、闇に沈もうとしていたマリエラの意識がふと浮き上がった。

「ねえさま……ねえさま、しんじゃやだ! りーなをおいていかないで!」

 リアンナはぽたぽたと涙を流して大好きな姉に必死で呼びかけた。


(リーナ……エマ、エルメイラ……小さな、私の妹)

 天界でも姉妹のように過ごしたエルメイラとの思い出が、マリエラの中にぼんやりとよみがえる。

 エルメイラは星が好きだった。自分ではできないからと、星が見たいと言ってはマリエラの所に良く遊びに来た。二人で笑いながら小さな夜空を広げ、煌めく星を幾つも飾って遊んだものだ。

 流れ星が見たいとねだられて、空一面の流星雨を降らせたこともあった。うっかり本物の星まで落としてしまい、地上に激突しそうになって焦った事も懐かしい。


(あの時は時の神に頼みこんで戻してもらったんだっけ……懐かしいな)

 うっすらと目を開くと、泣いているリアンナがぼやけた視界に映る。


「ねえさま、りーな、いやしのまほうおぼえるから! だから、おねがい、げんきになって、ねえさま……」

 リアンナの手から、懐かしいエルメイラの神力が流れ込む。

 それはマリエラを少しずつだが確実に癒した。呼吸が段々と楽になり、意識が少しずつはっきりしてくる。

「ねえさまぁ……」

 ぐすぐすと泣き続けるリアンナの手を、マリエラはそっと握り返した。


(私が死ねば、リアンナを、エマをここに置いて行ってしまう。まだ大地は少ししか癒えていないのに、こんなところにエマを残しては死ねない……せめて、もうしばらくはいないと)

 リアンナの隣には今にも泣きそうな顔をしているレイルの姿もあった。

 その顔を見ていると、ふと以前にもそんな顔を見たことがあったな、と思った。


(ライルやハロルドが……駆けつけた私の死に際に、そんな顔をしていたな……)

 そうか、今自分はそんなにも死にそうなのか、と思うと何だか少し可笑しくなる。


(仕方ない、もう少し頑張ってみるか……)

 そう決意すると、マリエラは自分の中の神力を天に向かって動かし、星の巡りへと手を伸ばす。星々は容易く彼女の意思に従い、死の星は彼女の頭上からいそいそと移動したのだった。





 そんなこんなで、マリエラは無事に持ち直し、起き上がってリアンナの相手ができるくらいには回復を果たした。

 こうして兄妹でのんびりと過ごすのも悪くないと、今のマリエラには素直に思える。


「また突然具合が悪くなったりすると怖いから、初夏に予定していた母上のお茶会も延期だってさ。退屈だろうけどゆっくり休んで早く元気になってくれよ」

「ねえさま、りーながあそんであげるね!」

「ええ、ありがとう。お兄様、リーナ」

 優しい兄と妹の想いはいつだってマリエラの心を温める。

「私、もう少し頑張れそうだわ」

 小さく呟いたマリエラのはるか頭上で、明るい星が一つ瞬いていた。





おまけ

 ****************





「……今度こそ本当に駄目かと思いました……うう、良かった」

「あの時室長がエルメイラ様に押し切られていて本当に良かった……」

 天界では地上を観察していた対策室の面々が胸を撫で下ろしていた。

 先日のマリエラの危篤の時には対策室は大騒ぎだった。

 彼女の絶望が星を動かしたのが原因だと天界ではわかったものの、それを元に戻せる者が誰もいなかったのだ。

 マーレエラナと同じ星を司る神々を緊急招集したものの、誰も彼女の力を打ち消して星の巡りを修正することができなかった。全員が力を合わせても無理だ、とわかった時には対策室は葬式のような雰囲気に包まれた。

 アウレエラすら青ざめた顔でじっと彼女を見守っていたくらいだ。

 リアンナの声とエルメイラの力でマリエラが持ち直し、自分で星を動かす気になってくれた時は万歳が沸き起こった。


「ホントに今回はやばかった……マーレエラナ様、力強すぎだよ。無意識に自分の命運すら捻じ曲げるとか……」

「あれは対処のしようがないよな。どうしたもんかなぁ……」

 また次に同じことがあった場合どうしたらいいのかを考えると誰もが頭を抱えてしまう。

 周りがいくらフォローしても、本人に生きる希望がない限り油断はできないということなのだから。


「そういえばマーレエラナ様の兄ってさ、あれだろ。アウレエラ様が転生待ちの魂の待機所から募集して連れてきた、マーレエラナ様の前世の関係者」

「ああ、確かマーレエラナ様が生まれる前にどうにか彼だけ転生の輪にねじ込めたんだよな。やっぱもう少し周りにああいう人増やせたら良かったのかなぁ」

「いや、他にもいるし、もう加護者も集中しすぎだし……限界だろ、今のとこ」

 そんな話をしていたところで、ふと誰かが叫んだ。


「わかった! そうだよ、出会いだよ! やっぱ生きる希望持たせるには、友情とか恋じゃね!? マーレエラナ様ってば完全に引きこもりで友達すらいないじゃん!」

「あー、確かに。このままじゃ学校にも行けそうにないしな……じゃあその辺にちょっと手を回してみるか。いい男とかとの出会いがあったら、元気が出るかもしれないしな」

「じゃあ、さっそく会議だな」

「おー、じゃあ仮眠室で死んでる室長起こしてくるわ」

「よろしくー」

「そういや室長、最近髪薄くなってね?」

「しっ、言うな!」



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