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『黒犬と旅する異世界』 王子と伯爵と聖師の腐れ縁 出会い編3 

 広い広い寄宿舎の食堂で夕食を食べたクレイは、裏庭に出て王子を待った。心地良い風に彼の燃えるように赤い髪がなびく。木に凭れかかり空を見上げれば、満天の星と丸い月。毎日変わることなくそこにあるものなのに、いつ見ても綺麗だと思う。翼竜に乗って空を駆ければ、星に触れることが出来るのだろうか。そんなことを考えながら、クレイは絶え間なく瞬く空の宝石を見続けた。


「おい」


「あ?」


 低い声がすぐ傍でして上げていた顔を戻すと、眼の前には黒髪の王子がいつの間にか居た。


「ああ、来てくれたんだな」


 無視される可能性だって十分にあった。むしろ見ず知らずの人間に、突然あんなことを言われて素直に従う方が珍しいだろう。だが、彼は来た。漆黒の瞳でじっとクレイを見ている。


「用件はなんだ」


「その、昼間は悪かった……申し訳ありませんでした、ルークウェル王子殿下」


 凭れていた木から離れ、クレイは頭を下げた。昼間は無性に腹が立ったが、自分が悪いのは分かっていた。謝るということはとても大切なことだと、父や執事のバルーレッドから何度となく言われていた。他人の非を責めるより、己の非を認められる人間になれと。


「顔を上げろ、ヴォード。俺は気にしていない」


「はい……え? どうして殿下が俺の名前を知っているんですか?」


 言われた通り顔を上げながらクレイは首を捻る。まさか彼もリオンのように驚異的な記憶力の持ち主なのだろうかと思ったが、そうではなかった。


「昼間グレアスに聞いた。ヴォード、敬語を使うな。敬称も必要ない」


「いや、でも」


 さすがに敬称は必要だろうと、クレイは反論しようとしたが、王子はそれを遮った。 


「学院内では皆平等のはずだ」


 切れ長の眼が、暗闇の中できらりと光る。上に立つ者に必要な他を圧倒する雰囲気。彼はすでにそれを持っていた。


「……わかった。えっと、じゃあルークウェル……」


 気圧されながらもクレイは頷いて、おそるおそる名前を呼ぶと、王子は大人のような仕草で静かに首を振った。


「ルークでいい」


「……ルーク」


「ああ」


 ルークが頷き、そこで会話が途切れた。寄宿舎からは、生徒がはしゃぐ声や喧嘩しているような怒鳴り声が時折聞こえてくる。裏庭の草むらからは、夏の虫の軽やかな鳴き声が。

 いつもと変わらない、賑やかで静かな夜。


「お二人とも、まだいらしたんですね」


 二人だけだった裏庭に、新たな人物が加わった。とことこと歩いて近づいてくるのはリオンだ。


「おー、リオン。どうかしたのか?」


 軽く手を上げて、クレイは彼を迎えた。


「貴方が殿下に仰った言葉が聞こえたものですから、少し心配になったのですよ」


「それどういう意味だよ。俺が殿……ルークを殴るとでも思ったか?」


「まあ、そうですね。正確には、貴方が殿下にやり返されること、ですけど」


 間違いなく貴方より殿下の方が力が上でしょうから、と真面目な顔で言ってのけるリオンに、クレイは血管が浮き出そうになった。彼の言っていることは正しい。間違っていない。だからこそ、腹が立つのだ。


「なるほど、リオンは俺が弱いって言いたいわけだな」


「は? いえ、そうは言っていません。ただ、殿下には負けると思っただけです。だって廊下でぶつかったとき跳ね返されていたじゃないですか」


「うるせー、あれはよそ見してたからだ。ぶつかるって分かってたらもっと身体に力を入れてたよ!」


「ぶつかると分かっていたら普通は避けると思いますけど」 


「ルーク、俺と勝負しろ!」


 リオンの至極当然な突っ込みは、リオンの耳には届かなかった。

 この展開に一番驚いたのはルークである。二人のやり取りを黙って聞いていた彼は、突然話を振られ、細い眼を見開いて動揺した。


「……なん、だと?」


「明日の夜、場所はここで。練習用の木剣を持って来いよ。どっちが強いかはっきりさせてやるぜ!」


 絶対来いよな! と言ってクレイは裏庭から去って行った。

 どっちが強いかなどすでにはっきりしている。リオンは額に手を当てて溜息を吐きながら、未だ呆然としているルークを見上げた。

 翌日の夜、リオンの予想通りクレイはこてんぱんに負けることになるのだった。

 

 こうしていくつかの偶然が重なり、三人の縁は始まった。すぐにでも切れてしまいそうなほど、細い細い繋がり。しかし、彼らの縁は切れることなく徐々に徐々に太くなり、絡み合い、絆と呼べるものへと成長していった。

 友情、と言えば彼らは怒るだろう。そんなものではない、ただの腐れ縁だと。だが、心の底では分かっていた。この繋がりこそが、いざというときに支えになるのだということを。

 愛とは違い、普段は隠れて見えない絆。それを実感するのは――まだ先の話。


「そもそも、何故俺はここに呼ばれたのだ……?」   

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