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『黒犬と旅する異世界』 王子と伯爵と聖師の腐れ縁 出会い編2

 裏庭から立ち去ろうかとも思ったクレイだったが、結局リオンと一緒に過ごすことにした。隣に腰を下ろし、とりとめのないことを訊いていく。誰に勉強を教わったのか、どうして学院に入ろうと思ったのか、など。それらの問いに、リオンは書物を読み進めながら答えていった。


「へえ、お前聖師になりたいのかよ。なってどうするんだ?」


「自分の知的欲求を満たしたいんです。聖師になれば様々な特権が得られますから」


「……お前、本当に十歳か? っと授業が終わったみたいだな」


 授業終了の合図である、軽やかな鈴の音が学院内に響き渡った。すぐに大勢の子供たちの声が聞こえてくる。


「そうですね。では私は教室に戻ることにします。ヴォードさんも戻った方がいいですよ」


「そうするわ。次の授業は出ないとまずいからな」


 クレイとリオンは一緒に立ち上り、白い制服についた土埃を払うと並んで歩き始めた。涼しかった木陰とは違い、容赦のない太陽の日差しの下はかなり熱い。


「なあ、また話そうぜ。お前と話してるの結構面白かったからな」


「……ヴォードさんは変わった人ですね」


 クレイの言葉がよほど予想外だったのだろう。リオンは眼をまん丸にして驚いたあと、困ったような顔でそう呟いた。


「お前にだけは変わってるって言われたくないわ。クレイって呼んでくれていいぜ。さん付けもいらねえ」


 教室棟に入り、長い回廊を歩きながらクレイはにやりと笑った。


「分かりました、クレイ。私のこともリオンと呼んで下さい」


 リオンも少し言い難そうにクレイの名を呼ぶと、口元に笑みを浮かべた。


「おう。じゃあ、またな」


 青耳兎の教室の前で軽く手を上げてリオンに別れを告げる。退屈で退屈な学院生活が少しは楽しくなりそうな気がして、クレイは浮かれていた。だから、前をよく見ていなかった。

 誰かとぶつかったと分かったときには、勢いよく床に尻もちをついていた。


「いってぇ!」


 反射的に両手で身体を支えたものの、それでも結構な衝撃を受けた。クレイは涙目になりながらぶつかった相手を見上げて睨んだ。


「お前、どこ見て歩いてんだよ」


 前を見ていなかったのはクレイの方なのだが、そんなことはお構いなしに文句を言う。尻もちをついたのは自分だけだということが無性に腹立たしかった。クレイは決してひ弱でも軟弱でもない。同年代の人間に力で負けるなどということなど、そうそうない。なのに、何故転んでいるのは自分だけなのか。


「大丈夫ですか、クレイ」


 クレイが人とぶつかったのを見ていたリオンが駆け寄ってくる。しかし、他の回廊にいた生徒は誰一人クレイに近づいて来ようとはしなかった。彼のことを嫌っているというわけではない。問題は、彼がぶつかった相手にあった。

 リオンに差し出された手を取り、立ち上ったクレイは今度は真正面から相手を睨んだ。


「人の話聞いてんのか――」


「お怪我はありませんか、ルークウェル殿下」


 クレイの言葉を遮り、リオンは深く頭を垂れた。


「は? え……でんか?」


「問題ない。少し驚いたが」


 ほとんど感情の篭っていない、淡々とした声。漆黒の瞳を向けられたクレイは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ルークウェル・ダレス・ボルジエ第二王子。彼が今年入学することは父であるヴォード伯爵から事前に聞かされてため知っていた。だが、クレイは彼の顔を知らなかった。入学の儀のときは自分の名が呼ばれたあとは真面目に聞いていなかったし、教室も違ったからだ。中には王子に取り入ろうとする生徒――親から言われているのかもしれない――もいたが、そういうことに全く興味のなかったクレイは、他の教室にわざわざ出向こうという気すら起こらなかった。 

 まずい。クレイの背中を一筋の汗がつたう。いくら身分関係なく平等に扱われる学院とはいえ、王族に因縁をつけるのは賢い選択とはとても言えない。ここは素直に己の非を認めて謝る他ない。それは分かっていた。分かっていたのだが、何故かクレイの口から出た言葉は全く違ったものだった。 

 このとき、素直に謝っていれば三人の関係はまた違ったものとなっていただろう。


「夕食後、寄宿舎の裏庭に来い」


 小さな声でそう呟くと、クレイは赤猫の教室に向かって駆け出した。「クレイ!?」と後ろでリオンが叫んでいたが振り返らなかった。

 教室に入り自分の席に座る。心臓がうるさいくらいに激しく脈打っていた。何故あんなことを言ってしまったのだろう。あれでは喧嘩を売っているも同然ではないか。自分の言動が馬鹿すぎて笑いが込み上げてくる。だが、不思議と後悔はしていなかった。


「あいつ、来るかな」


 退屈だった日常が変わる。そんな期待を胸に、クレイはその日の授業を大人しく受けた。

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