『緋の扉』 彼の最高で最低なある日
ローディス国第三騎士団長で『黒雨の君』の異名を持つ人物、ルークウェル・ダレスは今、人生最良の時を迎えようとしていた。
ずっと想いを寄せていた相手に、どうにかようやく想いを伝えたところ、なんと両想いだったことが判明したのだ。彼女は自分のことになど全く興味を持ってないように感じていたので、絶対に断られるだろうと思っていたのに。驚きのあまり、普段はめったに出さない感情が顔に表れていた。若干赤くなってもいるようだ。
「ほ、本当か?」
ダレスは信じられずに確認する。まあ、彼の気持ちもわからないことはない。なんせ彼女はフェリシア一筋だったのだから。
「はい、ダレス様」
彼女は恥じらうように俯いている。その顔は仄かに赤みを帯びており、何ていうかとても愛らしかった。いつもの無表情な彼女とは別人のようだ。
「俺で……いいんだな?」
若干くどいような気もするが、さらにダレスは問いかける。
「はい、ダレス様」
彼女は先ほどと同じように肯定の返事を返してくる。
「――っ」
ダレスは感無量で言葉も出なくなってしまった。
「ダレス様?」
彼女が心配そうにダレスを見上げてくる。身長差があるため至極当然なことなのだが、首を少し傾げて見上げてくる彼女に、ダレスの理性やその他もろもろの感情はもはや限界寸前だった。
「――!!」
衝動的に目の前の彼女を抱き寄せる。
「きゃっ」
彼女は小さく悲鳴を上げたが、嫌がる素振りは見せない。
「す、すまない!」
ダレスは慌てて彼女を離すが、彼女はふるふると頭を振って微笑みを返してきた。
「ダレス様……」
彼女はそっと目を閉じる。
からあぁぁぁぁん……からあぁぁぁぁん……からあぁぁぁぁん……
辺りに祝福の鐘が鳴り響く。
ダレスはそっと彼女を引き寄せ、顔を近づけ――
どんどんどんどんどん! どんどんどんどんどん!!
「だんちょー! 起きて下さい、ダレス団長!! 緊急事態です!」
扉が激しく叩かれる音でダレスは目が覚めた。まだ鐘の音が聞こえてくるような気がする。
(い、今のは……夢? 夢なのか……)
願望が夢に現れたことを情けなく思ってしまう反面、口づけを交わす寸前で目覚めたことを残念に思ってしまう自分もいて、その矛盾した考えを抱いたダレスの思考は、混沌の闇へと沈みかけた。
どんどんどんどんどん!!
「ダレス団長!!」
廊下で叫ぶ第三騎士の声で、思考が現実世界に戻ってくる。
(そうだ、こいつが来なければ)
どうやら残念と思う気持ちのほうが勝ったようだ。ダレスはベッドから起き上がって扉の前まで行くと、勢いよく扉を開けた。
「何事だ」
ダレスの声は、聞いた人間全てに呪いがかかるような、低くて、暗い暗黒の色をしていた。おまけに眉間には深い深い皺が刻まれ、睨まれた者は今後暫くの間悪夢にうなされるであろう眼をしている。
「だんちょ……ひいいぃぃっっっ!!!」
呼びかけを続けていた騎士は突然開いた扉に驚き、ダレスの暗黒の声を聞いた瞬間、この役目を引き受けたことを死ぬほど後悔した。それはもう、貝になりたいと思うくらいに。
「何事だと聞いている」
「ああああの、あのですね、あのあのあの……いえ、何でもありませんっ!!」
騎士は怯えすぎて半泣きになっている。
「緊急だと言っていたが」
「いえいえいえいえいえ、大丈夫です! 問題ありません! 団長のお手を煩わせる事件など何も起きていませんとも! では、失礼します!!」
騎士は矢継ぎ早にそれだけ言うと、びしっと敬礼してものすごい勢いで去って行った。本当は城内に賊が侵入するという、それなりの事件が起きていたのだが、それを告げる勇気が彼にはなかった。命の危険を感じたのだ。肉体的な死ではなく精神的な死を本能で感じ取った彼は、ダレスに報告しなかったかわりに、命懸けで賊を捜しだし、それを捕まえた。ダレスは後々そのことを知るのだが……。
(あいつは後で直々に訓練だな)
ダレスはそう心に決めて扉を閉じた。そして再びベッドに横になると眠りについたのだった。
(続きが見れればいいのだが)