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『緋の扉』 誰がための宴 一騒

 夏の花が咲き誇る暑い日の午後――

 城の庭園に張られた日除けの幕の下で、フェリシアが腕を組んでうんうん唸っていた。


「はぁぁ、今年はどうしようかしら」


 溜息を吐きながらグラスを手に取り、渇いた喉を潤してまた溜息。

 そんなことを四半刻ほど繰り返している。


「ぜんっぜん閃かないわねぇ」


 グラスを持ったままフェリシアは背もたれに身体を預けた。

 彼女の周りにはくしゃくしゃに丸められた紙がいくつも落ちていて、美しくはない白い花を地面に咲かせている。

 いつもならライカかマールがフェリシアをいさめるのだが、二人はそれぞれ用事で傍を離れているため、散らかり放題だ。

 綺麗好きのフェリシアにしては、かなり珍しい。


「歌か、劇か、踊りか……うーん、どれもしたし――そうだわ」


 ぱっ、と背もたれから身体を起こしてグラスを机に置き、勢いよく紙にペンを走らせはじめる。

 一行目にでかでかと書かれたのは『騎士のための“戦のもり”特別豪華神秘稀少手作りもてなし料理』という文字。

 そう、フェリシアは自分に忠誠を誓っていくれている騎士を労う方法を考えていたのだ。

 ローディスの騎士団には、年に一度、忠誠を誓われる者が誓う者へ、日々の働きにむくいる場を設けるという決まりがある。いつ始まったのかは不明だが、いつかの時代の“戦の護”が、騎士たちに感謝の気持ちを伝えたいと発案したのだろう。

 会の名は“もりうたげ”。

 特にこれをしなければならないという決まりはないため、別に毎年同じ内容でも構わない。実際、過去にはそうした“戦の護”もいたという。

 だが、そんな適当なことはしたくない。自分に、そして国に命を捧げてくれている人たちを労わる年に一度の機会なのだ。

 騎士たちも楽しみにしてくれている。手抜きなどできるわけがない。

 だからフェリシアは唸りながらも案をひねり出し、毎年違う趣向の宴を開いていた。


「えーっと……」


 羽飾りのついたペンが紙の上を滑る。

 牛肉、豚肉、鳥肉、羊肉、鹿肉、馬肉、兎肉、熊肉。

 犬肉、猫肉、翼竜肉、地竜肉……。


「姫ヨ、ソレハ何カノマジナイカ?」


 林檎を求めて幕の中に入ってきた地の民のエルが、フェリシアの手許を覗き込むなりそう言った。


「あらエル、お腹が空いたの?」


「ソコニ我ノ名モ連ネルツモリデハナイダロウナ」


 ふんと鼻を鳴らし、狼に似た姿をしたエルは、マールが彼用に用意した籠から林檎をくわえ、フェリシアから少しだけ距離を置いて地面に伏せる。


「地の民肉か、それもいいかもしれないわね……冗談よ、そんなに睨まないでちょうだい」


 フェリシアが手を止めてエルを見ると、彼はつい、と顔を背けて林檎をかじりはじめた。


「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない。そんなにこの案は駄目かしら。エルはどういう風なのがいいと思う?」

 

 駄目も何も、熊や鹿、ましてや翼竜や地竜の肉など用意できるはずがない――万が一できたとしても食用には向いていないのだが、考えすぎて思考が麻痺しかけている今のフェリシアには、残念ながらそれを判断する能力が備わっていなかった。

 彼女の頭の中は『騎士→体力がいる→栄養補給→肉→宴だからいろんな種類を用意→皆喜ぶ』という方程式でいっぱいだった。


「……人ガ何ヲ好ムノカナド我ハ知ラヌ。分カラヌナラ訊ケバヨイノデハナイカ。人ハ言葉ヲ交ワスコトデ相手ヲ理解スル生キ物ダロウ」


 そう言って眼を細めて美味しそうに林檎を食べるエル。

 人より遥かに長いときを生きる地の民の言葉には説得力があった。ペンで紙をこつこつ叩きながら、フェリシアは彼の言葉を何度も反芻はんすうする。 

 そうして至った結論は、


「翼竜や地竜はきっと美味しくないわよね」


 だった。



 次の日の午後――

 

「第一騎士団副団長ティアナン・ザァレム、第二騎士団副団長イシュヴェン・ザァレム、第三騎士団副団長リューグ・フレイエ、お呼びにより参上致しました」


 日除けの幕の前には各騎士団の副団長の姿があった。


「急に呼び出して申し訳ありません。どうぞ入って下さい」


 フェリシアが促す仕草をすると、三人はそれぞれ失礼致しますと口にして幕の中へと入る。

 今日もライカとマールは庭園にはいなかった。


「団長ではなく我々三人をお呼びとは珍しいですね。内緒の用事ですか?」


 イシュヴェンが額に浮かんだ汗を拭い、フェリシアに訊ねる。その隣では弟のティアナンが、彼を睨みつけていた。

 『戦の護』に対する話し方ではないと言いたいのだろう。

 フェリシアは苦笑しながらティアナンに眼を向ける。


「ティアナン副団長、貴方のその規律正しい振舞いは素晴らしいと思います。ですが、ここは公の場ではありません。もう少し肩の力を抜いて接してくれると私も嬉しいのですが」


「はっ、申し訳ありません」


「そーそー、ティナは堅っ苦しすぎなんだ」 


「兄さんはゆる過ぎです」


 大柄の兄副団長より大分背の低い弟副団長は、ぽんと頭に置かれた手を鬱陶しそうに払いのける。


「え、えっと、それで私たちをお呼びになられた理由とは?」


 このままでは兄弟げんかが始まると思ったフレイエが、逸れかけていた話を元に戻した。


「そうね、ごめんなさいフレイエ副団長。実は“護の宴”のことなのです。色々考えたのですが、エルに却下されてしまって……。それで、折り入って貴方がたにお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」


 首を少し傾けて三人を見るフェリシア。

 敬愛する『戦の護』からの直々の頼みごとに、いなと言うはずもなく、三人の副団長は「何なりとお申し付けください」と即答した。





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