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『黒犬と旅する異世界』 王子と伯爵と聖師の腐れ縁 祝夜編

 冬の季節。

 学院の生活にも慣れ、それなりに楽しい日々を過ごしていたクレイは、ある計画を思いつき、それを実行するために、知り合ってから何かと一緒に行動することが多い、第二王子と天才美少年を宿舎の裏庭に呼び出した。


「なあ、ルーク、リオン、ちょっと相談があるんだけどいいか?」


 広い庭だが授業が終わってすぐの今は、クレイたち以外の人影はない。門限の夕二の刻までは自由に外出できるので、皆城下に遊びに行っているのだろう。もしくは自室で泣きべそをかきながら机に向かっているのかもしれない。授業内に課題をこなせなかった者には、容赦なく宿題が出されるからだ。


「何だ?」


 木にもたれかかって腕組みをしているルークが、興味なさそうな眼でクレイを見る。

 マーレ=ボルジエで雪が降ることは滅多にないが、息が白くなるほどには気温が下がる。だからこの時期には、大抵の生徒は制服の上から上着を着ており、外に出るときにはさらに外套を羽織っている。

 現に、クレイは上着を、リオンは上着と外套をそれぞれ身に纏っているのだが、ルークだけは制服の上に何も着ていなかった。

 

「三日後が祝夜しゅくやなのは知ってるだろ」


 冷たい手をこすり合わせながら、クレイは二人に交互に視線を向ける。

 祝夜は年に一度、冬の季節の最初の新月の日に開かれる祭りだ。町や村の広場に大きな篝火が設置され、それを囲んで人々は夜通し祭りを楽しむ。子供も夜更かしを許される日でもあった。


「それがどうかしましたか」

 

 地面に座り分厚い本を読んでいるリオンが訊ねる。

 とても人の話を聞く態度ではないが、クレイもルークも慣れているため何も言わない。読むのに夢中で話を聞いていないのであれば文句の一つも言うところなのだが、天才と言われるだけあって、リオンは読むと聞くが同時にできた。

 

「噂で聞いたんだけどな、何でも去年あたりから王都じゃ贈り物を交換するのが流行ってるらしいんだ。だからさ、俺たちもやらねえか?」 


「何故」


「欲しいものがあるなら自分で買えばよいのではないですか?」


 二人の突っ込みに少しむっとしながら、クレイは自分の赤髪をくしゃりと掻く。


「ちっげえよ。そうじゃないんだって。自分が欲しいものをねだるんじゃなくて、相手にあげたいと思うものを用意するんだ。何を渡せば喜んでくれるかを考えて贈るものを買うんだよ。渡す相手には何も訊かずにな」


 相手が何をくれるのかというわくわく感と、相手が喜んでくれるかというどきどき感が、この贈り物交換にはあるのだと、同じ教室の少年が楽しそうに話していたのをクレイは興味のない振りをして聞き流していた。しかし、内心は羨ましい気持ちでいっぱいだった。――家族以外の人間から何かを貰うという経験をしたことがなかったから。


「相手の趣味嗜好を推察するということですね」


 ぱたんと本を閉じたリオンが立ち上がる。


「お、おう。まあ、そんな感じだな」


「分かりました、私は構いませんよ。ルークはどうですか?」


「異存はない」


「よし、決まりだな! じゃあ三日後の夜にここに集まるってことで」


「ああ」


「はい」


 三人の少年は頷き合うと、それぞれ自分の部屋に戻っていった。


 そして三日後の祝夜当日、夕二の刻を少し過ぎたころ、約束通りクレイたちは裏庭に集まった。地面に座り、用意してきたものを背中に隠す。

 空はすでに暗く、夜の色に染まっていたが、裏庭にも篝火が設置されているため辺りは明るい。今日はクレイたち以外にも何人もの生徒がおり、あちこちから歓声が上がっていた。


「よし、じゃあ始めようぜ。せーので同時に出すんだ。いいな? じゃあ……せーの!」


 クレイの合図で、三人はそれぞれ自分以外の二人の前に用意してきたものを置いた。どれも布で包まれていて、何なのかは分からないようになっている。


「順番に開けていこう。そうだな、まずはリオンからでいいか?」


「分かりました。えっと…………ルークからは短剣と……貴方からは飴と髪留めですね」


 リオンは布にくるまれていたものを取り出し、地面に並べた。


「短剣って、そりゃまた何でそんなもんを渡したんだルーク?」


「柄にめてある石が、グレアスの眼の色と同じだと思ってな」 


「あ、本当ですね」


 リオンは短剣を手に持ち、篝火の灯りにかざす。透き通った蒼い石の中で、炎がゆらりと動いて見えた。


「へえ、なかなかやるじゃねえか。俺のは城下で人気の飴と、銀糸でできた髪留めだ。最近髪が本にかかってるだろ。邪魔なんじゃないかと思ってさ」


 この髪留めを買うために、クレイは昨日城下を走り回った。女性用のものはたくさん売っていたのだが、飾り気の少ない男性がつけても違和感のない髪留めがなかなか見つからなかったのだ。


「お二人ともありがとうございます。大事にします」


 リオンが気恥ずかしそうに、でも嬉しそうにぺこりと頭を下げる。それを見て、昨日苦労した甲斐があったと、クレイは嬉しくなった。


「じゃあ次は俺が開けるぜ。…………これは胸飾り、か? 翼竜の形をしてるな。こっちは本だな。えーっと、『商売人の心得』?」


 布から出したものを両手に持ち、クレイは眼で説明を促す。


「翼竜が好きなのだと思ったが、違ったか?」


「いや、好きだけど。よく知ってたな」


「前に一度でいいから乗ってみたいと言っていた」


 確かに言ったことはある。騎士にならなくても乗れる方法はないかと訊いたこともあった。しかし、それをルークが覚えていたとは。クレイは驚きつつも嬉しくなった。


「私がその本を選んだ理由は、貴方が伯爵の地位を受け継ぐ人だからです。領土を豊かにするためには商売の才も必要でしょう?」


「今からそれを学べって?」


「何事も早いに越したことはありません」


 真顔で話すリオン。嫌がらせなどではなく、本心からそう思っているようで、クレイはそれ以上何も言い返すことが出来なかった。 

 二人に礼を言ってルークに布を取るよう促す。


「…………しおりと犬……のぬいぐるみだな」 


「確かに犬のぬいぐるみですね。クレイ、どうしてこれを選んだのです?」


 ルークの手には、やけに胴が長く、やけに脚の短い、真っ黒の犬のぬいぐるみが握られている。


「ルークはいつも機嫌悪そうな顔をしてるだろ? だからこれで和んでくれればいいなと思ってよ。なかなか可愛いだろ?」


 本当はこのぬいぐるみを城下で見たとき、ルークに似ていると思って反射的に買ってしまったのだが、さすがにそれは言えなかった。


「まあ、可愛いとは思いますが」


「だよな。ちゃんと部屋に飾ってくれよな、ルーク」


「………………分かった」


 長い沈黙のあと、眉間に皺を寄せたままルークは頷いた。


「栞も大事に使わせてもらう。グレアス、感謝する」


「気に入っていただけたのならよかったです」


「よし、じゃあ交換も終わったことだし、遊びに行こうぜ!」


 勢いよく立ち上がったクレイが、二人を城下に誘う。

 いつもなら門限が過ぎているのだが、今日だけは夜二の刻まで外出することが許されていた。城下にはたくさんの夜店があり、旅芸人が芸を披露していたりして、夜の間中賑わっている。酒が飲めない子供でも思う存分楽しめるのだ。

 普段本ばかり読んでるリオンも、暇さえあれば剣の稽古をしているルークも、この日ばかりはクレイの意見に同意した。大人びた振舞いをしていても、まだまだ子供なのだ。遊びたいという気持ちは皆持っている。


「ああ」


「ええ、行きましょう」


 三人は顔を見合わせると一斉に城下に向かって駆け出した。

 ――楽しい夜はまだ始まったばかり。


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