『黒犬と旅する異世界』 IFストーリー ディーの場合
*このIFストーリーは、雷華たちがクアラリエスと戦う道を選び、彼に勝利したのちの話です。
*本編とは異なり、雷華がルークたちの世界に残っても死なない設定になっています。
*本編とは全く異なり、雷華が誰かと相思相愛になっています。
以上の点を踏まえたうえでお読みください。
何の因果か運命か、世界の行く末を選ぶこととなった九人は、世界の名を冠する存在に一斉に武器を振り上げた。
世界は強く、皆が限界に達していた。それでも誰一人として動きを止める者はいなかった。全員が必ず成し遂げられると信じていた。
「絶対に諦めない!」
「お前を倒して新しい未来を切り開く!」
「自分たちの道は自分たちで決める!」
「これが俺たちの」
「私たちの」
「答えだあぁぁぁっ!」
全身全霊の力で武器を振り下ろす。これが最後だと願いを篭めて。
世界が眩い光に包まれた。
「…………我の世界の人の子よ。汝らの思うままに……」
「終わった、のか」
無数の小さな光の粒と姿を変えたクアラリエス。その最後の一粒が消えるのを見て、ルークは構えていた剣をゆっくりと下ろした。
「これからこの世界はどうなるのでしょうか」
剣を鞘に収めながら不安そうな表情をするエル。
「さあねえ。まあ、なるようになるんじゃない?」
対照的にディーの顔は明るかった。
「私たちはこの世界を管理していた存在を倒してしまいました。その責任は取らなくてはならないでしょうね」
「責任ってなんだよ」
汗と血と土にまみれた顔を拭うリオンに、ぐったりと地面にへたり込んだクレイが訊ねる。
「平和であるように、戦が起きないように、世界を見守り世界に働きかける。そういうことですよね、リオンさん」
「その通りです」
雷華の言葉に聖師は満面の笑みを浮かべて頷く。
「責任重大っすね」
「頑張りますー」
「疲れた。帰る」
使命感に燃える双子を尻目に、ロウジュは洞窟の外に向かって歩いていく。
「そうね、帰りましょう」
クアラリエスが消えてしまっても、彼と同じ名の世界はこれからも続いていく。希望に満ちているのか、絶望に閉ざされてしまうのか。どんな未来が待ち受けているのかは誰にも分からない。
だが――
「太陽が、昇る」
世界は輝ける朝の陽光に包まれようとしていた。
クルディア国南東の町フェズロウ。始めて足を踏み入れるこの町は、白と黄のコントラストが美しいところだった。白は雪、そして黄色は花だ。家の壁に蔦を這わせ街灯に巻き付き、まるで町と花が一体となっているようだ。
「この黄色の花って……」
雷華は胸元にぶら下がった“信愛の証”に眼を落とす。
「さすがライカちゃん、よく気付いたわね。そう、ロウの花よ」
「やっぱり」
かじかむ手に息を吹きかけながら頷く。国の紋章に描かれている花。ロウという名は町の名からとったのだろう。クレイの町、ソルドラムと同じだ。
「ライカちゃんにはこの寒さはきついよね。家に行こうか」
黒翔馬に乗るディーが木蘭に乗る雷華の手を握る。雪国育ちではない雷華にとって、クルディアの寒さは快適とは程遠い。全身を防寒着で覆っていてもまだ寒いと感じる。自分よりもよほど薄着のフェズロウの民やディーは全く寒そうにしていないというのに。
早く暖の効いた部屋に入りたい。雷華の心の中にその思いは確かにある。しかし、ディーの家に行く前にどうしても行きたい場所、行かなければならない場所があった。
「その前に、その、お墓に行ってもいいかな」
「え?」
「お願い」
「……分かった」
ディーは手綱を引いて馬の向きを変えた。町から離れ緩やかな坂を駆けあがっていく。
着いた場所はフェズロウを見渡せる小高い丘の上だった。
「ここにも花が」
木蘭から降り、丘に置かれた墓石に近づく。石は綺麗に磨き上げられており、ここに眠る人がどれだけ慕われていたのかがよく分かる。そして石の周囲には木で棚が作られており、大量のロウの花が絡みついていた。花が石を包んでいるようだ。
「綺麗ね。ディーがしたの?」
「え、う、うん、まあね。その、好きだったから」
「そう」
視線を彷徨わせ頭を掻いて複雑な表情をするディー。雷華は頷いて石の前に屈んで両手を合わせた。
(強く勇敢だった人。私もディーも貴女のこと忘れないわ。だから、だからどうか安らかに眠って)
「私は貴女の愛した人と幸せになる。それを許してほしい」
「っ! ライカちゃん……」
雷華の零した言葉に、ディーは、はっとした顔になった。
「さ、行きましょう。そろそろ風邪をひきそうだわ」
立ち上がって振り向く。戸惑いがないと言ったら嘘になる。後ろめたさがないと言ったら嘘になる。だが、もう決めたのだ。ディーの傍にいると。彼を支えていこうと。
「好きよ、ディー」
「俺も、愛してる」
どちからからともなく抱き合い口づけをかわす。
可憐だが凛とした黄色い花が、二人を祝福するかのように揺れる。どこからか風に乗って「ありがとう」と聞こえた気がした。
IFストーリーはこれで終わりとなります。