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『KY探偵事務所』 ブラック・データ 2

 鈍色の雲が空を覆う、いつ雨が降り出してもおかしくない天気のなか、雷華と桐生きりゅうの二人の刑事は、住宅街の片隅にある町工場の前にいた。桐生は最近コンビを組むようになった先輩刑事だ。

 四日前の深夜、この近くに住む男性が複数の人間に暴行されるという事件が発生した。財布を奪われたということから、犯行の動機はおそらく金銭の強奪。被害者および事件を目撃し警察に通報してきた女性の証言から、金属加工を請負う町工場の従業員が捜査線上に浮かび上がった。

 金田かねだ那志男なしお、二十一歳。金色に染めたトサカのような髪と大量のピアス。首にはじゃらじゃらと何重にも巻かれたチェーンネックレス。被害者と目撃者が証言した犯人の特徴にぴたりと合致する。金田が多額の借金を抱えていることもすでに調べがついており、彼が犯人である可能性は極めて濃厚だといえた。

 しかし、金田にはアリバイがあった。四日前の深夜は、友人と自宅で酒を飲んでいたというのだ。あまりにも都合のよい主張。だが、そのアリバイを崩せる証拠を見つけることが出来ず、雷華たちは歯がゆい思いをしていた。


「しつこいよ、あんたら。俺はやってないって言ってんじゃん。ダチにも確認したんでしょ? 何度来ても一緒だって」


 塗装の剥がれた外壁にだらしなくもたれ掛かっている金田。何が面白いのかずっと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


「確かにお前の友達たちは、四日前の夜はお前の家で飲んでたって言ったよ。だがな、お前が住むアパートの住人は、騒がしい音は聞こえなかったと証言している。これはどう説明するんだ?」


 対する桐生の額には、血管が浮き上がっている。


「静かに飲んでたんだ。何も不思議なことじゃねえだろ」


「いいや、不思議だな。お前の家に友達が来たときは、近所迷惑って言葉を知らないぐらい騒がしいらしいじゃないか。それなのに四日前の夜に限って、葬式みたいに静かに飲んでいたって? とても信じられないな」


「だけどホントのことだから仕方ねえだろ。ってかさぁ、こーやって訊きに来るってことは、証拠ないんでしょ。人を疑う前にまず証拠を見つけなきゃ。決定的な証拠をさぁ。あんたもそう思わない? お・ね・え・ち・ゃ・ん」


 ぴくりと雷華の眉が動く。金田という男は、人の神経を逆なでする才能に長けているらしい。しかし、ここで声を荒げては相手の思うつぼ。


「そうね。次来るまでに貴方を逮捕できる証拠を揃えておくわ。行きましょう、桐生さん」


 そう言って金田に背を向けて歩き出す。金田を睨みつけていた桐生も、雷華に促されて歩き出した。

 二人は気付かなかった。今までのやり取りを聞いていた存在がいたことに。

 電柱の陰できらりと四つの眼が光る。


「へっ、証拠なんて見つりっこねえよ。俺がそんなへまをするわけねえじゃん。次はもっと金持ってそうな奴をねら――な、なんだ!? ひぎゃぁぁあぁぁぁっ!」



「金田のネックレスから被害者の血液が出たのか。ヤツの犯行に間違いないみたいだな」


 翌日の朝、雷華は上司である捜査一課長のデスクの前にいた。


「ええ、いま逮捕状を請求しています。仲間のこともすぐに吐くと思いますよ」


「そうか、お手柄だったな。――ところで、これはどういうことだ?」


 最近白髪が増えてきたことを密かに悩んでいる課長は、持っていたスポーツ新聞を机に投げ置いた。一面の見出しには、“白昼の怪奇!? 傷害事件の容疑者、正体不明の影に襲われる! 被害者の怨念か!?”と大きく書かれている。

 悲鳴が聞こえてすぐに雷華と桐生が駆けつけると、金田が顔や手に傷を負って倒れていた。どうしたのかと訊くと、彼はがたがたと震えながら「黒い影が襲ってきたんだ」と答えた。

 怯える金田を救急車に乗せ、彼が病院で手当てを受けている間に彼の所持品を調べると、チェーンネックレスの繋ぎ目の部分に僅かな血痕があった。金田本人の血である可能性も高かったが、念のためにと鑑識に鑑定を依頼したところ、被害者の血液であることが判明した。決定的な証拠が見つかったのだ。


「さぁ、どういうことなんでしょうね?」


 金田が言った“黒い影”に心当たりがなくもない、というよりありすぎる雷華だが、それを言うわけにはいかないため、真顔でしらばっくれる。


「お前と桐生が金田に話を聞いているとき、辺りに人はいなかったんだろ。じゃあこの正体不明の影とやらはどっから現れたんだ?」


「分かりませんよ。私たちが戻ったときには誰もいませんでした。案外、猿とかじゃないんですか? 最近はどこにでも現れるみたいですし。あ、それかカラスかも。金田も黒い影って言ってましたから」


「カラス、ねえ。まあ、人間の仕業じゃねえことは確かだろうが、それにしても都合よく襲ってくれたもんだよな。まるで俺たち警察を助けてくれたみたいじゃねえか」


「神様が私たちが困っているのを見て、手を貸してくれたんですよ。カラスは神の使いらしいですから。桐生さんが呼んでるんでもう行きますね」


 思いついたことを適当に並べて、そそくさと課長の机から離れる。

 外出禁止を言い渡してきた“黒い影”に、ご褒美をあげるべきなのか、それともお仕置きをするべきなのか、心底悩む雷華だった。




『息の根を止めるべきだった』


『そうだな。ライカを愚弄する輩は生かしておけん』


『お前と意見が合っても嬉しくない』


『……まずお前の息の根を止めるぞ』


『ふん、その前に俺がお前を殺す』


『現実不可能なことを口にするものではない』


『試してみるか?』


 ――そしてブラック・データ1へと続く。

 

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