表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/34

『黒犬と旅する異世界』 ロウジュと少年

 行商人の護衛として訪れたアゾルは、砂と風の村だった。灼熱の太陽から逃れるため、主に地下に居住空間を設けているこの村の建物はどれも低い。通りを歩いている住人も少なく、事情を知らない人間が見ればひどく寂れた村だと思うだろう。実際はそれなりに賑やかなのだが。

 行商人がアゾルに滞在する期間は三日。護衛は道中のみで村の中は含まれていない。三日間、この退屈そうな村でどう過ごそうか。砂漠に行けば何か珍しい物でも見つかるだろうか。


「商人、砂漠に虹色の石があるって言ってた。見つけて、渡そう」


 呟いてみて、ロウジュは首を傾げる。誰にあげるというのだ。恋人も親しい人間もいないというのに。


「でも……」


 左手首に視線を落とす。今は外套に隠れて見えないが、そこには大事なものが巻かれている。いつから持っていたのか分からない、でも絶対に失くせない紅玉石の首飾りが。陽の光を受けて燦然さんぜんと輝き、月の光を受けて静かに煌くそれは、片時も手放してはならない大切な石。そう、心が訴えていた。

 石を見れば誰かと繋がっているような気がした。誰に貰ったのか、もしくはどこで買ったのかも思い出せないものを見て、繋がりを感じるなど頭がおかしい人間だと思われても仕方ない。だから誰にも言っていない。だが、ときを重ねるにつれ、その思いは確信に変わりつつあった。

 外套の上から石に触れ、ロウジュは砂漠に足を踏み入れた。



「あった」


 砂漠に転がる岩の割れ目から手を抜き、掌の中にある小指の爪ほどの小さな石を太陽にかざす。石は陽の光を反射して虹色に輝いた。

 自分の見つけたものに満足したロウジュは、アゾル村に戻ることにした。砂漠に入ってからもう一刻以上経っている。太陽はすでに低い位置にあり、あと半刻もすれば辺りは夕闇に包まれるだろう。ロウジュにとって暗さは大した問題ではないのだが、致死性の毒を持つ獣や虫が出没する夜の砂漠に、わざわざ身を置く必要もない。来たときと同じように、ロウジュは砂の大地を駆けた。

 

 

「誰かいる」


 あと少しで村というところでロウジュは足を止めた。村の入口の傍に人の姿が見えたからだ。人数は四人。三人はロウジュに背を向けている。全員がまだ十代半ばの少年のようだった。

 少し距離はあったが、風に乗って彼らの声がロウジュの耳に届いてくる。


「お前生意気なんだよ! ちょっと頭がいいからっていい気になりやがって! あれは俺たちがやる仕事だったんだ。横取りするんじゃねえよ。おら、宿屋のおばさんから貰った金出せ!」


「そーだ、それは俺たちの金なんだぞ」


「さっさと出せよ!」


「嫌だね! これは俺が働いて、俺が貰った金なんだ。お前らなんかに渡すもんか!」


「何だと! 罪人の子供のくせに! 誰のおかげでこの村で生活できると思ってるんだ!」


「父さんは罪人なんかじゃない!」


「うるせーっ!」


 三人のうち真ん中に立っていた少年が、向かい合っていた少年を殴り飛ばした。殴られた少年は勢いよく地面に倒れ込む。

 くだらない喧嘩だ。弱い人間が弱い人間をいじめて、己が強い人間であると勘違いしている。それがどれほど間違った思い込みであるかを知らずに。

 面倒なことに関わりたくはない。気配を消して遠回りをすれば、四人に気付かれることなく村に戻れる。今までのロウジュなら何の躊躇いもなくそうしていただろう。

 だが――


「何をしている」


「だっ、誰だ!」


 ロウジュは四人に近づき、声をかけた。突然現れたロウジュにうろたえる少年三人に、フードをとって顔を見せる。


「己の虚栄心を満たすために他人をおとしめるなど、愚かとしか言いようがないな」 


 紫の瞳に睨まれた三人の少年は、恐怖を感じたのかそれとも羞恥を覚えたのか、身体を小刻みに震わせ始めた。


「消えろ」


 ロウジュが低い声でそう言い放つと、三人の少年は「ひぃっ」と悲鳴を上げつつ、弾かれたように駆け出し村の中へと消えていった。

 

「……あ、ありがとう、ございました」


 地面に倒れていた少年は上体を起こし、痛そうに殴られた頬をさすっている。


「……ああ」


 ロウジュは短く返事を返すと、フードを被り直して歩き始めた。何故、少年を助けるようなことをしたのか。自分の行動が理解出来なかった。だが、不思議と悪い気はしなかった。


「まっ、待って下さい!」


「…………」


 呼び止められ、立ち止まって振り向く。少年はもう立ち上っていた。


「どうすれば強くなれますか!? 俺、強くなりたいんです! どうしても! 強くなって妹を、母さんを、家族を護りたい!」 


「…………」


 少年の真っ直ぐな瞳をしばらくじっと見ていたロウジュは、ふいに掌の中にあったものを指で弾いた。


「いたっ!」


 少年は額を押さえて呻く。


「想いが人を強くも弱くもさせる」


 そう言ってロウジュは再び歩き始めた。すでに辺りは薄闇に包まれ、空では星が瞬いている。


「それどういう意味で――こっ、これって!」


 少年が驚愕の声を上げているのが聞こえてきたが、振り返ることはしなかった。その必要を感じなかったからだ。

 ロウジュが指で弾いて少年の額に命中させたもの、それは砂漠で見つけた虹色の石。行商人が言っていたのだ。虹色の石は、その色から無限の導きと呼ばれることもあり、持っていれば願いが叶うと言われていると。

 熱い砂漠を駆けまわって探した石を、名も知らない人間に渡すなど自分らしくない。そう思いながらも、ロウジュの口元には笑みが浮かんでいた。


 ――不器用なんだから。もっと優しく渡してあげればいいのに。


 砂漠から吹いてきた風に、そう囁かれた気がした。 


 誰かに呼ばれていると感じたロウジュが王都に向かうのは――もう、すぐ先のこと。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ