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『緋の扉』 彼等の通常とは言い難い夜

 ある日の夜、騎士宿舎にあるグレアスの私室に騎士団長三人が集まっていた。その目的はといえば……


「おおっ、これが最近話題の酒『炎の氷雨ひさめ』か! よく手に入れたな」


 三人が囲んでいる机の上には黒色の酒瓶が置いてあった。


「ええ、実家に出入りしている商人の伝手でね。かなり値が張りましたけど、一度味わってみたかったので購入しました」


「『炎の氷雨』というのは矛盾していないか」


 ダレスがおもむろに口を開く。彼の言い分はもっともだった。


「確かに。まあ、そんな細かいことは置いといて、取り合えず飲んでみようぜ」


 酒の名前が細かいかどうかは甚だ疑問だが、飲むということに異論はなかったのでダレスは頷いた。

 用意したグラスにグレアスが酒を注ぐ。その色は意外にも無色だった。一般的に酒と言えば葡萄酒を除くと琥珀色や黄金色がほとんどで、無色というのはかなり珍しかった。


「無色とは……一体原料は何なのでしょう?」


 グレアスはグラスを手に取ると顔に近づけ、匂いをかいでいる。ヴォードもダレスもそれぞれグラスを持って中の液体を観察した。しかし誰もこの『炎の氷雨』が何で作られているのかわからなかった。


「とりあえず飲んでみようぜ」


 ヴォードがしびれを切らした。彼は早く飲みたくて仕方ないようだ。


「そ、そうですね。人気のある酒なのですから飲んで危険ということはないはずです」


「じゃあ飲むぞ」


 ダレスの一言で各々グラスに口をつけた。ヴォードは勢いよく、グレアスは恐る恐る、ダレスは淡々と。


「……冷たい」


 しばらくの沈黙の後、三人は同時に同じ言葉を発した。


「やけに冷たいな。特に冷やしてないんだろ?」


「ええ、今日一日部屋に置いていました。驚きです。それに、この酒かなり強くないですか?」


「美味い」


 一人だけ会話に参加していないが、いつものことなのでヴォードもグレアスも気にしない。二人で感想を口にしながら『炎の氷雨』を飲む。


 そうして皆がグラスを空にしたとき異変は起こった。


「っ!」


「熱い! 腹の中が燃えてる~!」


「喉も熱くて痛いくらいです!」


「なるほど、だから『炎の氷雨』か」


 ヴォードとグレアスが熱い熱いと叫んでいる中、一人冷静なダレスは気になっていた酒の名前の疑問が解決して満足そうにしている。

 そう、城下で話題の『炎の氷雨』とは、飲み口は冷たく氷のようだが体の中に入ると熱く炎のように感じるという、一風変わった酒だった。初めて飲んだ者は驚き慌てふためくが、何口か飲むうちに癖になっていくという。ちなみに開発したのは騎士を慕う会の会員で、酒の名前も団長の異名からとったそうだ。


「何でお前は平気なんだ? 熱くないのか?」


 ヴォードが不思議そうにダレスを見る。ダレスが酒に強いことは知っているが、それとこれとは別だろうと思ったのだが……。


「いや、熱く感じている」


 そう答えるダレスの顔は全く熱く感じてなさそうに見えた。


「ダレス! 貴方はもう少し顔に感情を出しなさい! だから暗黒騎士とか言われるんですよ」


 グレアスが突然ダレスに絡みだした。熱いのか騎士服の釦をいくつか外していて、胸元が露出しかかっている。


「え、ダレスって暗黒騎士とか言われてたの!? 俺初耳なんだけど……ってかお前なんか変じゃねえ?」


 ヴォードがグレアスの様子がいつもと違うことに気づく。


「私は変なんかじゃありません! ダレスのことはずっと前から暗黒騎士だと私は思ってました……ひぃっく! ……ヴォード、お酒注いで下さい」


「お前が思ってただけなのかよっ!? 完全に酔ってるみたいだけど、お前ってそんなに酒弱かったっけ?」


 何度か一緒に飲んだことはあるがグレアスが酔ったことなどなかったはず。ヴォードはグレアスの変貌ぶりに戸惑う。


「弱くなんかありません!……ひっく……ねえヴォード、早くぅ注いで下さぁい」


 今度はきつい口調から一転して甘えた声を出してきた。さらにヴォードに体を近づけたかと思うと、しなだれかかる。騎士服を乱れさせて肌を露出し上目づかいで寄りかかってくるグレアスは、何と言うか……非常に艶かしい。

 

「うわっ! ちょ……離れろって!」


「嫌です。ヴォードがお酒をくれないからいけないんですよぉ」


 グレアスがますますヴォードに体をすり寄せてくる。


「ひいいぃぃぃ! 俺は間違った道には行きたくないいいぃぃぃっっ!! ダレス! 見てないで助けろおおぉぉぉっ!」


「……わかった」


 二人のやり取りをまったく気にせず一人で酒を飲み続けていたダレスだが、ヴォードの悲痛な叫びでようやくグラスを机の上に置いた。そしておもむろに立ち上るとグレアスの目の前に行き――


 どすっ!


 容赦なくグレアスの鳩尾に拳を叩きこむ。


「うっ……覚えてなさ……いよ……」


 不意打ちをくらったグレアスはダレスを恨みの言葉を吐きながら意識を闇へと沈めた。


「ふぅ~、助かったぜ。ありがとな!」


「ああ」


 ダレスはグレアスを無造作にベッドに転がすと、席に戻り何事もなかったかのように再び酒を飲み始めた。

 

「こいつが酔うと人格が変わるとは知らなかったぜ。いつもはもっと弱い酒だったから酔わなかったんだな、きっと。お前知ってたか?」


「いや」


「だよな。これを騎士相手にやらかしたした日にゃあ……ううっ、想像しただけで恐ろしい。こいつには今後一切強い酒は飲むなときつく言い渡さないと駄目だな」


 グレアスのあの中性的な美貌で迫られたりすれば、落ちてしまう騎士は少なからずいるだろう。ぶんぶんと頭を振ってヴォードは自分が想像した光景を振り払った。


「そうだな」


 ダレスは淡々と相槌をうつだけで、真剣に考えているようにはとても見えない。


「人の話聞いてる? ってもうこんなに減ってる! 俺まだ一杯しか飲んでないのに!? おいダレス、俺にも飲ませろ!」


 自分のグラスに酒を注ごうと瓶を持ちあげ、いつの間にか中身が半分以下になっていることにヴォードが気付いた。もちろんダレスが飲んだからだ。

 

「ああ」


「っくぅぅっ、美味い!!」


 ヴォードはグラスに酒をなみなみと注ぐとそれを一気に飲み干す。彼もかなりの酒豪なのだ。

 

「やっぱり酒は最高だな!」


「そうだな」


 そう言いながら酒をすすめる二人の傍らには顔を火照らせたままベッドで気を失っているグレアスの姿がある。


 

 こうして団長たちの飲み会は夜遅くまで続いたのであった……。

 ほとんど出てきてないですが、団長さんたちにはそれぞれ「紅炎の君」「蒼氷の君」「黒雨の君」という異名があります。



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