我が家って退屈
「あの〜……」
焦げた地面の上に座り込んだ私の前に立っていたのは、白いスーツに碧眼の金髪王子。
逆らえば命は無い。初対面の私に脅しをかけてお城まで連行した王子、舞踏会にも参加せず森の中で何をしていたのだろうか。
そんな事より逃げなくちゃ!
「ちょっと待って!」
王子からの必死の言葉に、私はつい脚を止めてしまった。馬車の中では無愛想で横柄な印象しか受けなかったけど、今の彼の表情はまるで別人のようだった。
目を大きく見開いて、何かに縋るような眼差しでこちらを見ている。
「…ずっと、探していた」
「え?」
「ピンクの衣装に、手から炎…間違いない。あなたが、俺を助けてくれた魔法使いだ」
(魔法使いに助けられた?この人が?)
確かに私は今、魔法少女の格好をしている。手から炎も出した。状況証拠は揃っている。だけど私が魔法を使えるようになったのは、つい先程の話だ。
「あの…人違いでは?」
「いや、間違いない」
「でも私は…」
「八年前、化け物に襲われた俺を助けてくれた。あの時も同じ炎を使っていたんだから間違いない」
八年前……私は魔法のまの字すら知らない時期だ。
「お礼が言いたかった。あの時は名前も聞けなかったから…ずっと後悔していた」
王子は静かにそう言って、スッと片膝をついた。私を見上げる碧眼は真剣で、冗談を言っている様子は微塵もない。
(どうしよう…違うって言うべきだよね。でもこんな真剣な顔で言われたら…)
「あなたのお陰で今日まで生きていられる。本当にありがとう」
深々と頭を下げる王子を前に、私は固まってしまった。
(違います、人違いです!って言えばいいだけなのに…なんで声が出ないの私!)
「名前を聞いてもいいか?」
悩んだ末に出た名前は――
「…シンデレラ、です」
「シンデレラ…」
王子は立ち上がり、私に手を差し伸べた。受け取ってしまったら余計にややこしい事になる気がする。だけど、このまま地面に座り込んでいる訳にもいかない。
私はおずおずとその手を取った。
「俺はアースラという。第二王子だ」
「……はあ」
「はあ、じゃない。王子だぞ」
「す、すみません!」
少しだけ、元の無愛想な顔が戻ってきた。でもさっきよりは幾分か柔らかい気がする。
「今日は兄の為の舞踏会だから城を抜け出した。他人の嫁探しなどつまらないだけだからな」
(兄……じゃあ、あの黒髪の人が第一王子!?)
思い返せばあれだけの人数が集まる舞踏会で、男性が彼一人というのも変な話だった。
「早く城に戻った方がいいですよ!夜道は危険です」
「あ、ああ…」
アースラ王子は私に背を向け、城の方へと歩き出した。数歩進んだところで立ち止まり、こちらを振り返る。
「また会えるか?」
「…わかりません」
「そうか」
それだけ言って、王子は夜の闇に消えていった。
私はしばらくその場に立ち尽くす。
(人違いのまま終わっちゃったな…まあいいか、もう会わないだろうし)
※※※※
問題はここからだ。
カボチャの馬車はない。妖精さんはいない。家までの道のりは歩いて小一時間はかかる。ガラスの靴のまま歩くのは足が痛い。
散々だ。
結局、途中で靴を脱いで裸足で帰る羽目になった。舗装されていない道は小石だらけで、歩くたびに足の裏がじんじんと痛む。
「はぁ…妖精さんはどこ行ったのよ…」
0時に戻ると言っていたけど、あれからどのくらい経っただろうか。空を見上げると月はだいぶ傾いている。
「早く帰ってアニメ見たい…じゃなかった、ロッソとテールに会いたい…」
とぼとぼと暗い道を歩きながら、私はようやく我が家の明かりが見えてくるのを待った。
だが――
「…あれ?」
見慣れた方向から、橙色の光が揺らめいている。
(夜なのに、なんであんなに明るいんだろう)
嫌な予感がした。足が自然と早まる。小石の痛みも忘れて走り出すと、やがてその正体が見えてきた。
「…あ」
―わが家、燃えてるんですケド!!
正確には、燃え尽きていた。既に炎は収まりかけていて、後に残るのは黒焦げの柱と、立ち上る白い煙だけだ。
まさか……
―聖者ノ炎!?
マジックイーターと戦った時の……
あれが飛び火した?
「うそ、でしょ…」
私はへなへなとその場に崩れ落ちた。家が無い。屋根裏部屋も、ロッソとテールがいる場所も、父が遺した全てが灰になってしまった。
「ロッソ!テール!」
慌てて立ち上がり瓦礫に近づこうとすると、草むらの陰から二匹が顔を出した。
「よかった…無事だったのね」
ロッソとテールを胸に抱きしめながら、私は長い溜息をついた。




