舞踏会って退屈
私は鈍感だ。
趣味の話につい夢中になり、周りが微妙な空気になっている事に気付かないまま一人で語り続ける。家に帰って振り返った時にようやく皆の顔を思い出し、悶えるのはよくある事だ。
鈍いという話でいえば、私は身体を起こしてみないとその日の体調がわからない。調子が悪かったらどうしようとか、いつも通り動けるかなとか。そんな不安感に襲われてしまうから、朝はいつまで経っても布団から出る事が出来ないのだ。本当は起きていてるけど、お母さんの怒鳴り声が聞こえるまで粘る。それが前世での朝のルーティンだった。
こちらの世界に来てからというと、私は一度も風邪を引いたことがない。外が暗くなったら布団に入って、窓から差し込む日光で目を覚ます。そんな規則正しい生活習慣が自然と身に付いていた。アニメやゲームのような娯楽も無いし、夜更かしするような理由は無い。
夜遅くまで居間で談笑しているお継母達とは違い、私は仕事を終わらせてさっさと屋根裏部屋で寝る。徹夜してまで作業をしたのなんて、それこそドレスを製作していた時期くらいだろう。あの日々を思い出したら、なんだか腹が立ってきた。
随分話が逸れてしまったけど、
今の状況はというと…
「お嬢さん、僕と一緒に踊りませんか?」
「え、ええっと〜」
私は見知らぬイケメンからダンスの誘いを受けている。
舞踏会なんだから当然の事かも知れないけど、
いきなり声をかけられたらそりゃ驚きますよ。
「駄目かな?」
私がいつまでもうじうじと悩んでいるせいか、
目の前の男性は困ったように笑った。
「駄目ってわけじゃ…私なんかでいいんですか?」
「ああ、君がいい」
あまりにも真っ直ぐな言葉に私は目を逸らしてしまった。なんだか顔が熱い。恥ずかしげもなくそんなストレートな台詞を言えてしまうのは、選ばれし美男子のみに許された特権なのだろうか。
私は差し出された手を取り、舞踏会が催されている広間へと歩みを進めた。
広間の中央には赤い絨毯が奥まで続いていて、その左右には華やかなドレスで着飾る女性達が沢山集まっていた。そんな広間の真ん中を堂々と歩いているせいか、女性達の視線は私達へと向けられる。
(どうしよう…お継母様達に見つかりでもしたら…)
当然、この広間にはあの三人も来ているだろう。本来であれば私がこの場にいるのは許されない。これだけ沢山の人がいれば、バレずに済むかも知れないけど。
そんな事を考えていると、突然ワルツが流れ始めた。
当然だけどこれは楽器隊による生演奏だ。
そしてイケメンに手を引かれ、私達は向かい合う形になりステップを踏み始めた。運動神経は悪いけど、簡単なものならこっちの世界の父と幼い頃よく踊っていた。だけど―
(ちょっ、ちょっと待って!私達しか踊ってないじゃん!)
辺りをよくよく見回してみると、広間には警備っぽい人と楽器隊、それ以外は女性しかいない。舞踏会に参加しているらしき男性は目の前にいる彼だけなのだ。
(どうなってるの!?めちゃくちゃ恥ずい…)
しかし、今さら断るわけにもいかない。私は現実から目を背けるように、目の前のイケメンのみに集中することにした。
視線を合わせると優しく微笑む彼―
さっき出会った王子の態度とは大違いだ。
真っ黒な髪の毛は光に当たると優しい茶色に輝いて、スッキリとした顔立ち…特に長いまつ毛とくりっとした大きな目は、女性のパーツとも思えてしまいそう。かといって男らしさが無いわけでは無く、よく見ると目元の彫りは深くて美しさの中に雄々しさも感じられる。
それからシミ一つない真っ白な服。汚すのが怖くてまともに食事なんか出来なさそうだな。なんて考えちゃったり。
私はこの人の名前すら知らない。どんな人なのかも。会ったばかりだから当然なんだろうけど。
だからといって、踊りながら会話が出来るほど器用ではないし、彼の動きに合わせるので精一杯だ。私の運動神経は壊滅的だから。
まだ数分程度だろうけど流石に疲れてきた。謎の化け物と戦って、長時間馬車に揺られて、おまけにここまで長い階段を登らされて―
「あっ!」
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません…」
私が声を上げてしまったのは、ある重大な過ちに気がついてしまったせいだ。この先の展開に必要な物。
王子様?
ガラスの靴?
違う。
―家まで帰る手段がないんですけどッ!
カボチャの馬車だ。
私は焦り始めた。男性に握られた手からじわりと汗が滲みでる気配がする。恥ずかしい…なんて言ってる場合じゃない!
本来であれば、シンデレラはカボチャの馬車に乗ってお城に向かい、カボチャの馬車に乗って帰るのだ。当然、王子様にここまで送ってもらう。なんて元のシナリオには無い。
そもそもシンデレラと踊るはずの王子様がこの場にいないのだ。あの金髪王子…何処に行ったのかしら。
一旦考えるのを止めて現実世界に意識を戻すと、辺りが暗くなっていることに気がついた。先程まで流れていたワルツや、ザワザワとした女性達の話し声も聞こえない。
それから上を見上げるとシャンデリアでは無く、キラキラと輝く雲一つない星空が見える。ここは―
月の光が降り注ぐ広大な庭。
緑と白が調和していて、神秘的な雰囲気だ。
静寂の中に靴がカツカツと地面を鳴らす音と、
中央に置かれた噴水からの水が跳ねる音だけが響き渡る。
〜♪
(えーッ!?)
楽器隊の変わりなのだろうか…
キョロキョロと辺りを見回す私をよそに、目の前の男性が突然歌い始めた。引くくらい上手いけど、中性的な見た目とは似合わない、色気のある低音ボイスだ。急にどうしたんだろう…
―その時、私の頭の中でピン!と効果音が鳴る
(あ、これアレだ!ミュージカル的なやつ!)
海外映画とかでよく見る展開。歌った後、なんやかんやで男女二人が親密になってしまうアレだ。
つまりこの後は私も歌わなければならないのだろう。
だが、残念なことに私は超が付くほど音痴なのである。初対面の相手の前、ましてやこのロマンチックな雰囲気の中で私のデスボイスを披露するのは勘弁願いたい。
正面のイケメンに視線を合わせると、歌いながら爽やかにウィンクをしてくる。これは恐らくお前も歌えという意味が込められているのだろう。もう無理だ―
私は覚悟を決めて握られた手を振りほどいた。
「あのッ!」
黒髪イケメンは一瞬驚いた顔をしたが、
すぐに目を細めて優しく笑った。
「ん、どうしたの?」
「私、もう帰らないと」
私は背を向け小走りで外に続く階段の方へと向かう。
「え!?ちょっと待って!」
しかし、すぐに追いつかれ腕を掴まれた。
私はただでさえ足が遅いのに、今はガラスの靴を履いているのだ。逃げ切れる訳が無い。仕方がないので咄嗟に言い訳を考える。
「まだ王子様にも会ってないし…もう行かなくちゃ!」
そう―ここまで私を連れてきた金髪王子。せっかく舞踏会に来たというのに、この城に入ってから今日の主役にまだ会っていないのだ。
それを聞いた目の前の男性は、動揺したのか動きが固まった。私はその隙を見逃さず再び走り始める。
「王子だって…?ちょ、ちょっと君!」
全力で階段を下っても背後からの足音が徐々に大きくなるのを感じる。振り向いて確認する余裕は無い。
(やっぱり逃げ切れない)
―斯くなる上は!
私は右足のガラスの靴を指先で三回叩いた。
虹色の光に包まれ、私のドレスは薄い水色からピンク色へと変貌を遂げる。人混みに紛れることが出来れば、別人として誤魔化せたかもしれない。でも今現在ここに居るのは私と彼だけ。
魔法少女の格好に変身した理由は、魔法を使えるからだ。空を飛ぶ、はたまた姿を消す。魔法があるなら何かは出来るだろう。
(えっと…あの時は頭の中に呪文が勝手に浮かんできたよね。きっと念じれば何かしらの呪文が…)
私はひたすら願う。しかし、流れ込んでくる呪文は―
―聖者ノ炎
(違うでしょ〜!それは炎の呪文…、そうじゃなくて)
―聖者ノ炎
「なんでよ!」
―聖者ノ炎
追っ手を炎で焼き尽くせって!?
そんなこと出来るわけ無いじゃない!
「あれ?いつの間に着替えたの?」
すぐ後ろから声がした。
もう数秒もせず追いつかれてしまいそうだ。
魔法に頼れないなら…
やっぱり走るしかない!
私は脚に目いっぱい力を込め、
地面を蹴った。すると―
「…へ?…と、飛んでる!?」
いつもより空が近い。それに見下ろすと、先程までいた庭が小さく見える。追いかけてきた男性も蟻みたいにちっぽけだ。
「凄い!これも魔法の力なのね!」
私は今、空を飛んでいる―
鳥のように……絵本で見た魔女のように。
なんて気持ちいいのだろう。生きててよかった。
大袈裟じゃなく人生で初めてそう思えてきた。
のも束の間…
「なんか気持ちワル……って、キャアアア!」
落ちた―
結果からいうと、私は空を飛んでいたわけではなく、あり得ない高さまでジャンプしていただけだ。
「ひいいい!」
地面が迫る。胸の奥からザワザワとしたものも。
死ぬッ!死んでしまう!
…こうなったらやるしか無い!!
―聖者ノ炎!!
私はヤケクソで地面に手を翳し、
呪文を詠唱した。
「あ、危なかった〜」
結果から言うと、炎の呪文のお陰で、
落下の威力は相殺されて命は助かった。でも―
「あ、あの〜……」
男性の声…?魔法を使うとこ見られちゃった!?
「へ?」
声の方に振り向くと、金髪、碧眼、白スーツ……
「あなたは…」
そこに居たのは、
私を脅し、城まで馬車で連行した王子。
面倒なことになってきた!




