美女って退屈
私は美人だ。
これは自己評価じゃない。初対面の相手には大体容姿を褒められるところから始まるわけで。家族や友達だけでは無く、今まで生きてきて、出会った9割の相手がそうなのだから、これは客観的に見た事実である。
私はというと、別に自分の顔にそこまで自信があるわけじゃ無い。整形できたら直したい部分はたくさんあるし、よく似ていると言われる芸能人なんて、恐れ多くて口が裂けても言えない。
恵まれていると言われるけど、そんな筈は無い。
見た目が良いというのはある種の呪いだ。
勉強出来そう。歌が上手そう。
運動出来そう。真面目そう。潔癖そう。
何をするにもハードルの高さが付き纏う。
第一印象が良すぎると、その後は減点されるのみなのだ。
私は音痴だし、勉強も運動もできない。おまけに部屋の片付けだって苦手だ。それでも周囲の人達は勝手なイメージで私に期待して、勝手にガッカリしていく。
毎日容姿を褒められるのだって地獄だ。少しでも肯定してしまえば、あの子は自意識過剰だのと噂される。美的感覚なんてその人次第なのに、何故私が他人の価値観を否定しなければならないのだろうか。
こんな悩みも他人に話してしまえば、自虐風自慢と責められるだけ。誰も本気で受け取ってはくれない。美人は少数派なのだから、多数の人間から共感を得られなくて当たり前。だからこそもどかしい。
モテるだの、遊んでそうだの言われてるけど、
普通に彼氏いない歴=年齢 流石に焦る。
そういう話が全くなかった訳では無い。だけど、胸がドキドキするような男子が現れないのだ。理想が高い?じゃあ、いっそのこと妥協しちゃう?いいや。我慢してまで、誰かと付き合おうだなんて思わないかな。
「キラリ〜おは!」
「キラキラ〜」
西條 綺羅莉 それが私の名前だ。
話しかけてきたのは友人の林 花恋と渡辺 梓。いつもの三人グループで、花恋とはもう小学生の頃からの付き合いになる。私達は高校二年生だ。
二人に近づくと香水の良い香りがしてきた。私も付けてはいるけど、慣れてしまっているので自分ではわからない。爽やかな香りが好みなので、花恋の甘ったるいメープルシロップのような匂いより、梓のオレンジの香りが好きだ。
「…おは〜」
「どったの〜?元気なさげじゃん!」
私はこう見えても根暗だ。二人に合わせて化粧もしてるし、スカートだって短くしてる。でもそれは格好だけ。
二人は私と違って男子達と仲が良いし、いつもテンションが高い。何故こんな私と仲良くしているのかと言うと、単なる成り行き。正直、私が可愛くなければ、全く関わらなかった人種だろうな。
「花恋が朝からテンション高すぎなだけだよ…昨日徹夜しちゃってさ」
「またアニメ?」
「うん」
ただ、この二人と一緒にいるのが苦痛なわけではない。理由は簡単、私の趣味を笑わないから。
ギリギリの時間に登校したから、挨拶もそこそこに窓際の席に着いた。
(人生って退屈だな…)
空を眺めても気分は晴れない。学園アニメの主人公がこうして空を眺める描写はありきたりだけど、何が楽しいのだろうか。
〜
放課後、部活がある二人とは違って、私はそのまま帰るだけ。中学まではバレーをやってたけど、さっきも言ったように私は運動神経が悪い。レギュラーになれないなら意味はないかなと帰宅部を選んだ。
今日は居酒屋のバイトも無いし、家でアニメの続きでも観ようかな。そんな事を考えながら信号を渡っていると、左側からただならぬ衝撃を受けて、身体が真横に吹っ飛んだ。
視界に映る1台の大型車から、おじさんが慌てた様子で飛び出し、こちらへと駆けつけてくる。
身体の感覚がない。痛いかどうかもわからないけど、頭から生温かいものが流れている気がした。
(ああ。こうやって人は死ぬんだ…あっけなさすぎ…)
瞼が重くて目を開けていられない。
そのうち視界は真っ暗になった。
〜
「エラ。今日は狩りにいってみようか」
「うん!」
「あなたったら…エラを甘やかしすぎですよ」
「そんなこと無いさ…ドリゼラとアナスタシアは狩りなど興味ないだろう?さぁ、行こうか」
「まったく…」
気がつくと私はエラという名前の少女に生まれ変わっていた。母はエラが幼い頃に病気で亡くなってしまい、この愛情深い父に男手一つで育てられた。
そんな父が再婚したのはつい最近の事だ。
「エラ!貴女はもっと女の子らしくしなさい!」
「はい…お継母さま」
この再婚相手の女性には二人の連れ子がいて、父から特別に愛情を向けられる私が気に入らないらしい。とはいっても気にはならない。私は前世の記憶を継いでいるので、精神的にはもう大人に近いのだ。
こんな風に当たり散らされたところで、特段痛くも痒くもない。ただ、こうして私が叱咤されるのを見た父が、気不味そうな顔をするのだけは胸が痛んだ。
「エラ!あなたでしょう私の指輪を盗んだの!」
「違うわアナスタシアお姉様。私は今日部屋から出てませんもの…」
「なによ…じゃあ私が犯人だと言うの?」
「いいえ。ドリゼラお姉様はこんなことしないわ。エラは本当に最低ね!」
「そんな…」
「お母様!お母様!」
「やめて!お継母さまには!」
こんな幼稚なやりとりも、もう何度目だろうか。正直どうでもいい。父に告げ口さえされなければ。父が悲しまなければそれでいいのだ。
「エラ…ちょっとした出来心だったのでしょう?でも嘘はよくないわね」
「嘘なんかじゃありません!私は知りません」
「はぁ…屋根裏部屋で反省してなさい」
後ろでクスクスと笑う二人を睨みながら、継母に手を引かれ、屋根裏部屋に一日中閉じ込められる。これは決まって父が居ない日を狙って行われるのだ。何故継母さまはそこに気付かないのだろうか。
屋根裏部屋は寒い。それに…
チューチュー
二匹のネズミがいる…奇妙なことにこのネズミ達には謎の清潔感があり、嫌悪感を感じない。
「ロッソ、テール。今日もよろしくね」
ネズミ達といつしか仲良くなり、名前までつけて遊ぶようになっていた。今日は予め屋根裏部屋ここに来る事を予測し、お土産にチーズを台所から拝借してきた。
「お姉様達ったら酷いのよ…今日だって」
これは本心ではなく、可哀想な子の演技をネズミ達相手に練習しているだけだ。今は平気でもそのうち耐えられなくなったり…まぁ、いつしか役に立つかもしれない。
〜
「お父様…そんな…」
そんなある日だった。この世界で唯一の心の支えだった父が事故でこの世を去った。
狩りの途中で落馬してしまったらしい。
私は泣いた。いつ以来だろうか、
涙が止まらなくなったのは。
〜
「エラ!夕食の準備はまだなの!?」
「すみませんお継母さま…ただちに」
それから私の部屋は、あの屋根裏部屋へと変えられた。その上、継母は節約の為だと言い使用人を雇うのを止めて、私に家事をさせるようになった。
大黒柱だった父が亡くなり、経済的に厳しいのは理解できる。でも納得行かないのは継母や姉達が次々と豪華なドレスを買うようになった事だ。それに家事をするのは私だけ。
「エラ。これ全部洗っておいてちょうだい」
「ごめんなさいね。忘れてて溜まっちゃったのよ。オホホホ」
煤まみれになりながら暖炉の掃除をしていると、姉二人から衣服の山を渡された。父を亡くした悲しみからも立ち直れてないのに、正直我慢の限界だ。かといって他に行くあてもない。今まで強がってはいたけど本気で泣きそう。
「その小汚い身体…私のドレスに灰をつけないでよね。水浴びしてから洗濯するのよ」
「あなたはエラじゃなくてシンデレラがお似合いね」
「あら、それはいいわね。灰まみれのシンデレラ」
「「オホホホホホ」」
なによ。シンデレラって。馬鹿みたいに笑っちゃって。はぁ。面倒だからササッと水浴び済ませよう。
私は地下に向かい、桶に汲まれた水で灰まみれの髪を洗い流す。こればっかりは前世の温かいシャワーが恋しい。そんな時 ふと、先ほどの二人の言葉が脳裏を掠めた。
「ん…シンデレラ?」
なにか聞き覚えがあるような
「あ!」
―ここってシンデレラの世界なんだ
言われてみればこの状況はとても見覚えがある。
シンデレラの物語なんて小さい頃飽きるほど見てきたのだから。
そうと決まればやる事は一つだ。
舞踏会に行く?王子様と結ばれる?
いいえ。
―私の答えは…魔法使いになる!
誰かが言っていた―
シンデレラは主人公が美人だから成り立つのだと。
王子がいくらイケメンだろうと、顔だけで近づいてくる男と急に結婚だなんてごめんだ。それじゃ元の世界と変わらない。
それに父が残したこの家のこともある。私が幸せになろうが、継母や姉達は今と変わらず遺産が尽きるまでのうのうと暮らしていくのだろう。
そんなの許せるもんですか!
この家の主導権は私が握る。魔法を使って、あのうるさい口を塞いで、家事も狩りも完璧にこなして、私抜きでは生活できないように継母達を依存させる。私がこの家の大黒柱となるのだ。
「魔法使いになって…お継母さま達を見返してやるんだから!」
ただし、これは賭けでもある。妖精さんがいるとはいえ、この世界で人間が魔法を使えるのだろうか?
それでもやるしかない!
勝負は舞踏会の日。妖精さんが現れたら、弟子入りのお願いする。その為に徹底的にフラグを回収しなくちゃ!
「シンデレラ!ここ、埃が残ってるでしょう!」
「ごめんなさいお姉様…」
―とにかく可哀想な子を演じるんだ!
「シンデレラ!お茶を入れといてって言ったわよね!?」
「ごめんなさいお継母さま…」
―演じる必要も無いくらいだけど…
それにしても、シンデレラと呼ばれるのはこそばゆい。いい意味で言われてないのは分かるけど、元の世界での認識では違う。シンデレラストーリーなんて言葉があるくらいなのだから。
「ロッソ、テールおやすみ」
屋根裏部屋でのネズミ達と仲良くなるフラグも、知らず知らずのうちに回収していたみたい。正直、妖精出現に関係あるのかは不明だけど、なるべく同じ道を辿ったほうがいい。だから、小鳥も犬もお馬さんとも。みんなの世話を精一杯こなした。我ながら上手くいってると思う。
継母と姉達にこき使われ、身を縮めながら屋根裏部屋で寝る。そんな日常を耐えてこれたのは、この子達のお陰でもあるから。
そんな奴隷生活が続いたある日、部屋を掃除しながら、継母達の会話を盗み聞きしていたら、私の待ち望んでいた知らせが届いた。
「お城から手紙?」
―キター!
「舞踏会ですって?16歳から20歳までの女性は参加するようにって…」
―確かこの時シンデレラは…
「ということは…私も!」
―そう、胸を踊らせたのだ!
「駄目よ。あなたはドレスなんて持ってないでしょう?」
「そんなボロボロの格好で行ったら、お母様も私達も恥をかくわ!」
―そうだそうだ!思い出して来たぞう
「じゃあドレスが用意できればいいのですね!?」
―シンデレラは自分でドレスを作るんだ!
それから私、
シンデレラの慌ただしい日々が始まった。
「シンデレラ!まだなの!?」
ドレス製作を妨害する為、
姉達からの注文は増える一方。
「シンデレラ!」
日々仕事を熟し、睡眠時間を削りながらドレスを作った。
「痛っ!暗くて手元がよく見えないや…。でも蝋燭も無駄に出来ないよね…」
元にいる世界ではそんな知識なんて無かったけど、
裁縫はこっちに来てから…というより、父が亡くなってから散々やらされている。今さら苦にはならない。
―そして
「ふぅ。なんとか間に合った…」
―シンデレラのドレスが完成した。
我ながら信じられない程、良く出来ている。
姉達にも劣らないピンク色の可愛いドレス
使わなくなった衣服から布を拝借して、手をボロボロにしながら作ったこのドレス。だけど、これが今後どうなるか私は知っている。
正直、愛着がわいてしまってこのまま隠してしまおうか迷ってしまう。でも既に決めたことだ。
そして舞踏会当日の朝
家畜の世話から戻ると、屋根裏部屋に置いてあった私のドレスは見るも無残な姿になっていた。
「あら?それはなに?雑巾かしら?」
切刻まれたドレスを私が発見するやいなや、背後から姉達が現れ、わざとらしくクスクスと笑っていた。憎たらしい顔だ。この結末は分かっていても腹立たしい。
「なんて…なんてことを…」
「シンデレラ。今日は舞踏会だけど、ドレスはどうしたの?」
「それはお姉様達が!」
「何を騒いでいるのかしら?」
「お母様!シンデレラが間に合わないからって、駄々をこねだしたのよ」
「まぁ!自分でドレスを作ると言い出して、何様なのかしら。罰としてあなたは舞踏会に連れていきません!」
最初からその気は無かったくせに。
「すぐに直しますから…私も!」
私の言葉を無視し、三人は部屋から出ていってしまった。最後のアナスタシアお姉様が扉を閉めた後、ガチャリと小さな音がした。そう、シンデレラは屋根裏部屋に閉じ込められるのだ。
―完璧だ
後は精一杯泣いて、妖精さんが現れるのを待つだけ。これはもう演技じゃない。頑張りすぎたせいで爽やかな涙が止まらない。
「お嬢さん。どうして泣いているのかしら?」
―キター!
ゆっくりと顔を上げると想像していたよりずっと若い、まだ20代くらいの女性が立ってた。髪の毛は灰色で、青いコートを着ている。
「綺麗…」
思わず口に出してしまった。妖精さん…恐らくだけど、信じられないくらい整った顔立ちをしていた。毛穴も全く見えないし、肌はスベスベだ。まるでアニメから出てきたみたい…
「あら、お世辞が上手なこと。さて、質問に答えてくれるかしら?」
「わ、私は…」
本家ならここで舞踏会に行きたいって言うんだろうけど、私は違う。ついに言うのだ。あの願いを。
「まっ」
いや、ちょい待ち。ここで魔法使いになりたいって突然言うのはおかしいよね。相手が何者か知らないわけだし。とりあえず妖精さんが魔法を使うまで様子見だ。
「いえ、舞踏会に連れて行って貰えなくて…私も舞踏会に行きたいわ!」
その言葉を発したら自然と涙が溢れてきた。もう本心では行きたいと思ってるんじゃないかってくらい。ドレスも家事も、今日のために頑張ってきたのだから当然かも知れない。
「まぁ…それは可哀想ね…泣かないで、シンデレラ。私が舞踏会に連れて行ってあげる」
「本当?あなたはいったい何者なの?」
「私は魔法使いの妖精よ。安心して、素敵な贈り物をあげるわ」
同情した妖精さんは、懐から杖を取り出すと指揮者のように振るった。すると、私の身体はあっという間に薄い水色の豪奢なドレスに包まれる。
「次は馬車ね。シンデレラ、畑からカボチャを取ってきてもらえる?」
魔法の力で屋根裏部屋の鍵を外すと、
妖精さんと一緒に外に出た。
―今だ!
畑に向かう前に私は気合を入れるように顔を何回か軽く叩いて、隣を歩く妖精さんに声をかけた。
「あの!…ちょっといいですか!?」
「あら、何かしら?」
―今、言うしかない!
「私に魔法を!…私をあなたの弟子にしてもらえませんか?」
「…」
………………
……………
…………
………
……
…
「え!?よ、妖精さん!?」
目を瞑り、妖精さんからの返事を待ったが一向に反応が無い。恐る恐る片目を開いて確認したら妖精さんはピタリとも動かなくなっていた。
「妖精さーん…おーい…」
顔の前で手のひらを数度振るっても、
妖精さんは瞬きすらしない。
―なにこれ…まるで時間が止まっているみた…
『おぬし、世界を歪めたな?』
直後、男性の低い声が頭の中に響き渡った。
「今の声は…」
『それは許されないことだ…罰として、おぬしは歪んだ世界で歪んだ歴史を味わうといい』
―世界を歪めた?許されないこと?
「だ、誰なの!?」
私の問いかけに対し、声の主からの返事は無かった。その直後、目を空けられない程強い突風が吹き荒れ、私は飛ばされないように必死に抗った。
……………
…………
………
……
…
「私の弟子…ですって?」
―あれ、妖精さん?…もとに戻ってる!
先程までが嘘のように妖精さんは動き出し
表情を変えこちらを伺っている。
本当に時が止まっていたんじゃ―
いや、それよりも
「はい!私は今の日常を変えたいのです。勿論、悪用はしないと約束します。それが叶うのであれば、舞踏会も結構です!」
言った…言ってしまった。今さらだけど断られたらどうしようとか、後悔の気持ちがわき上がってきた。
魔法も駄目、舞踏会にも行かないってなったら、一生継母達の奴隷生活を続けなければならない。私はそれに耐えられるのだろうか。
妖精さんは顎に手を当て何かを考える素振りを見せた。私は両手を顔の前で合わせて、祈ることしか出来ない。
「っ…伏せて!」
突如―妖精さんの叫び声で咄嗟に屈むと、私の頭上を何かがヒュンと通り過ぎた音が聞こえた。
「急にどうし…」
ドォオオオオン
背後から特大の爆発音が聞こえた。
驚いて咄嗟に振り向くといくつもの木々が倒れ、
真っ黒な煙をあげていた。
「シンデレラ気をつけて!」
「いやいやいや!なんですか今のは!?」
「マジックイーターよ!」
「まじっく…いーたー?」
真剣な眼差しで畑の奥を見据える妖精さん―
その視線の先には人ならざる者の姿があった。身長は私の半分くらいだけど、二頭身の紫色の身体に真っ赤な角と羽。目と口は内側からライトで照らされているかのように黄色い光を放っている。まるでデフォルメされた悪魔のイラストみたい。
「あれがマジックイーター…?」
「シンデレラ。あなた、魔法使いになりたいって言ったわよね?」
「言いましたけど…」
「ならばこれを!」
妖精さんから手渡されたのは、
キラキラと輝くガラスの靴だった。
「これを履いてあいつと戦うのよ!」
「…へ?」
急にどうなってるの!?
シンデレラに戦闘シーンなんて…
「はやく!」
「は、はい!」
言われるがまま私はガラスの靴を履いた。
けど、これでどう戦うのかな。
「あ、可愛い…」
両足を覆うガラスの靴につい見惚れてしまう。元の世界でもこんなに綺麗な物は身につけたことがない。どれほどの価値になるのだろうか。
「シンデレラ、前!」
妖精さんの声で視線を靴から前方へ移すと、マジックイーターと呼ばれる化け物が口から紫色の光線を飛ばしてきた。先程頭の上を通過したのはあれだったのか。
「あわわっ」
紫の光線が近づいてくるけど、恐怖で私の身体はうんともすんとも反応しない。走馬灯は起こらないけど、何故だか景色がスローモーションに見えた。
「危ないっ!」
固まってしまった私を妖精さんは抱きしめるように掴んで地面へと押し倒した。紫の光線が再び頭上を通り森を燃やしていく。
「いい?そのガラスの靴にはマジックイーターを退治する魔法が込められているの。自分を信じて立ち向かうのよ!」
―いやいや、どんな設定なんですか!シンデレラってバトルものじゃないから!
「シンデレラ!右足を3回叩いて!」
「え、ええっと、こうですか!?」
言われた通りに指先で右の靴を三回叩くと、ガラスの表面は虹色に輝き出し、眩い光が私の身体を包んだ。
「え、なにこの格好…」
光が収まると、身に着けていた豪勢なドレスはピンクのフリフリなミニスカートドレスへと変貌を遂げている。
「これって魔法少女…?」
「さぁ、魔法を放つのです。呪文はわかりますね?」
「え!?」
わかるわけが無いでしょう!と思ったのも束の間、何故だか頭の中に呪文が浮かんでくる。これをそのまま口に出せばいいのだろうか?
私は本能に従うように手を身体の前に翳し、
呪文を唱える。
「あー、もう!!」
※聖者ノ炎!
ガアアァアアア!
突如―私の手のひらからオレンジ色の業火が溢れ出し、放出された炎は真っ直ぐと飛んで行き、化け物の胴体に直撃した。身体を燃やされながら苦しそうに悶える姿はやけに生々しい。
その後も私は牽制するように構えたけど、マジックイーターはそのまま灰となり、跡形もなく砕け散った。
「これが…魔法!」
私は炎を出した手を確認する。とりあえず火傷の心配は無さそうだ。魔法が解けたのか、安心したと同時に私のドレスは元の薄い水色のドレスへと早変わりした。
「…気取られたか。このままだと不味いわ…シンデレラ、私は一度帰還する。0時には戻るから、それまで身を隠すのよ?」
「え、ちょっと待ってよ!」
妖精さんは私の言葉を聞きもせず、光の粒となってその場から姿を消した。残された私は立ち尽くす。
「よくわかんないけど…魔法使いには、なれたのよね?」
もうシンデレラの世界線とはかけ離れてる気がするけど、ひとまずの目標は達成されたみたいだ。
「でも手から炎を出すのは危ないかも…妖精さんにもっと色々教えてもらわなくちゃ…」
妖精さんに置いていかれた私が一人で佇んでいると、一台の馬車が通りかかった。
「そこの女。ここで何をしている?」
「はい?」
馬車の窓からこちらへ声をかけて来たのは金髪の男性。胸から上しか見えないけど、白いスーツを身に付けている。
(なんだあのイケメン…シンデレラにあんな人いたっけ?)
「16歳から20歳の娘は今日の舞踏会に参加するようにと、知らせが届いている筈だが?王家に逆らう気か?」
―あ、この流れは不味い。この人お城の関係者だ!
「いえ、そんなつもりは…ちなみにあなたは誰ですか?」
「何…?王子であるこの俺を知らないと?」
「え…王子!?」
「乗れ。舞踏会は既に始まっている」
―なんで始まってるのに、主役がここにいるのよ!
「いえ、私ドレスも無いし…」
「ほう。では、その身に着けているものはなんだ?」
王子からの指摘を受けて自分の身体を見回すと、私はしっかりドレスを来ていた。そういえば妖精さんに貰ったんだった。魔法少女になったせいですっかり忘れてたな…
―なにか言い訳を
「…あっ!で、でも家を留守にする訳には…」
「何度も言わせるな。俺に逆らうとは…命が惜しくないのか?」
―い、命!?そこまで言いますか!
「ひぃッ!のひ…乗りますから!乗らせてください」
―小物みたいな声出しちゃった…それにどうしよう…妖精さんと0時に約束してるのに…
心配する私を余所に、馬車はお城へと走り出した。
〜
(やばい、気不味い…)
元から男子と話すのは苦手だったけど、この世界に来てから会話した異性なんて、父親と知り合いのおじさんくらいだ。それにしても―
(キレイな顔―)
王子様というだけあって、正面に座るこの男の顔はエグいくらい整っている。サラサラなストレートの金髪に、キラキラと輝く碧眼。
眉間にシワを寄せ、鋭く細めた目からは少し冷たい印象を受けるけど、月夜に照らされ窓の外を眺める姿は幻想的にも思えてしまう。これじゃ前世で自分が美人だなんて言われてたのが恥ずかしいくらいだ。
なんて―感傷に浸りながら観察していると、不意に王子の視線はこちらへと移され、うっかり目が合ってしまった。
「何見てんだ?お前、失礼なヤツだな」
「あ、ごめんなさい!」
これに関しては私が悪い。すぐに顔を逸らして窓の外に目をやった。森の木々しか見えなくて退屈だけど、視線を戻せば再び彼を見てしまいそうなので、到着するまでは我慢だ。
「なぁ、お前」
「は、はい!」
不意に声をかけられ視線を戻すと、
王子はなにやら真剣な眼差しでこちらを見ている。
(今度はなんなの?人の事を失礼だとか…あなたに良い印象無いんですけど!)
すると、王子は私に視線を向けたまま、
両肘を膝に付け前のめりの姿勢になった。
室内は重々しい雰囲気包まれ、
私も背筋を伸ばし彼からの言葉に身構えた。
「お前は、魔法ってものを信じてるか?」
「魔法…ですか?」
急に何を…
でも言えない。さっき使いました!なんて言えない。
それか…もしかして見られてた!?
それから沈黙が続き、ただならぬ空気と王子と目を合わせたままの状況に耐えられなくなり、私は俯いてしまった。その様子を見た王子は溜息をつき背筋を正すと、つまらなそうに窓の外を眺めた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「はあ」
どうやら私が魔法少女の格好になって手から炎を出した姿を目撃した訳では無いらしい。あのタイミングで馬車が通りがかったのは、ただの偶然のようだ。
それから王子との会話は無く、
そのまま舞踏会が開かれているお城に到着した。
〜
王子に追い出されるように馬車を降りると、
目の前には幅が広めな大理石の階段が続いていて、赤い軍服を身につけた兵隊さん達が左右にズラリと最上段まで配置されている。
(とりあえずここを登っていけばいいの?)
兵隊さん達の顔を伺いながら、私は1段ずつ慎重に階段を登った。途中で止められたり声をかけられたりしないからこのまま進めばよさそうだ。
―ふぅ
ようやく階段を登りきり、広間を覗くとそこは綺麗なドレスに身を包む女性達で溢れていた。天井からは壮大なシャンデリアが眩い光を放ち、鏡のように磨かれた床からその光が反射されている。
(私…このまま入っちゃってもいいのかな?そもそも、このまま帰ればよくない?)
豪勢な広間と女性達の雰囲気に圧倒され、私は足を踏み入れるのを躊躇してしまう。
―帰るべきか、入るべきか。
入り口の付近を行ったり来たり。
私は悩みに悩む。
―やっぱり帰え
「お嬢さん」
決めきれずに悩んでいると、
突然、背後から肩を叩かれた。
男性の声―警備の人だろうか?
傍から見ると私のあの動きは不審人物と思われても仕方がない。怒られる事を覚悟し、恐る恐る振り返ると―
「僕と一緒に踊りませんか?」
私の視界に映ったのは、爽やかな笑顔をこちらへ向ける、黒髪イケメンの姿だった。




