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08

ラヴィラントの王都は、白い石造りの建物と青い瓦屋根が広がる、さながら豪華なタペストリーのような街並みだった。だが、魔道士サトゥリに言わせれば、それは単に男を食料品店から遠ざけるために設計された、無駄に巨大な迷路に過ぎなかった。


カラン、コロン――。 石畳に響く下駄の音は、市場の喧騒をかき消すほどに高く響く。 (どこもかしこも人だらけだ。服を着て、協調性をなくしたカモシカの群れだな)


サトゥリは白黒の羽織を整え、鋭い眼光で屋台を物色していた。狙いは敵ではなく、高品質な塩化ナトリウム――すなわち、結晶の輝きである。


 その後ろを歩くセラフィナ王女とライナー隊長は、彼以上に苦労していた。 サトゥリが一歩踏み出すたびに、空気が波打つ。 一般の民衆から見れば、彼はただの「奇妙なほど背が高く、流れるような優雅さで動く寡黙な男」に過ぎない。 しかし、ライナーの探知魔法からすれば、それは「そよ風のふりをしている局地的なハリケーン」を観察しているようなものだった。


「サトゥリ様、お待ちください!」セラフィナが彼の長い歩幅についていこうと駆け寄る。「国王陛下がお待ちです! 王宮の錬金術師たちが、最高級の魔力入り食材を使った晩餐会を用意しているのですから!」


 サトゥリは足を緩めない。 「魔力入りだと?」低いバリトンボイスで彼は鼻を鳴らした。「魔力が食えるのか? それは塩辛いのか? もしあの『真実の眼』とかいうガラス玉みたいな味がするなら、興味はない」


砕け散ったアーティファクトの名を出され、ライナーは顔をしかめた。 「閣下、あれは伝説の至宝だったのですが……」


「あんなものは脆い玩具だ、ライナー。北の斜面じゃ、『大きなアライグマ』だってあのガラス玉よりは硬い皮膚を持ってるぞ」


 サトゥリは、街の片隅にある目立たない小さな屋台の前で唐突に足を止めた。 ここの空気は他とは違った。鋭く、土の香りがし、紛れもなく「本物」の気配がした。


(そこか。大気の摩擦がここだけ違う。……いい味が出ているな)


彼はカウンターに身を乗り出し、居眠りしていた老商人の上に長い影を落とした。


「爺さん」 サトゥリの「気配遮断」のせいで、商人は幽霊でも現れたかのように飛び起きた。


「だ、誰だ!? おお、旅の方か! 何か御用――」 セールストークを待たず、サトゥリは麻袋から結晶を一つ摘み上げた。 それを午後の陽光にかざす。 街の住人が使うような、きめの細かい粉末ではない。尖り、荒々しいその姿は、まるで大地の骨から削り出されたかのようだった。 (ようやく見つけた。デタラメな谷間に咲いた理屈だ)


「ここにある分、全部もらおう」サトゥリは淡々と告げた。 「全部で!? お客さん、これは金貨3枚分にもなる代物で……」 サトゥリは羽織の懐に手を入れ、神の爪の近くで摘んできたミントの葉を一掴み取り出した。


「これで足りるか? 北の斜面のミントだ。消化不良によく効くし、刃に塗り込めば風切り音を消すこともできる」 商人はその葉を凝視した。それは神峰の高地魔力をたっぷりと含み、淡く自然な光を放っていた。


その葉一枚で、小さな別荘が買えるほどの価値がある。 「こ、これなら……取引成立ですな」商人は震える手で答えた。 セラフィナ王女は、その光景を絶望的な表情で見つめていた。 (またやってる……。あの人、『常識』を知らないせいで、そこらへんの野草で経済を書き換えてるわ……)


 その頃、亜空間の奥深く。黒曜石の玉座に座る「影の観測者」は、赤く光る瞳で「特異点」が塩の値切り交渉をする様子を眺めていた。


「『真実の眼』を指先一つで粉砕する男が、塩の代金を『胃薬の葉っぱ』で払うとはな」 観測者は囁いた。その声は時の狭間を震わせる。 彼は頬杖をつき、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「いつ気付くかな、小さな侍よ。その塩商人はただの商人ではない。そしてその粗塩も……ただの塩ではないということに」 観測者の笑い声が響き、闇の城が再び微かに揺れた。


 市場では、サトゥリがすでに結晶を小袋に詰め終えていた。山を下りてから初めて、彼は心底満足そうな様子だった。


「行くぞ、王女」小袋を肩に担ぎ、サトゥリは言った。「5時には昼寝をする予定だ。それに、湿った紙みたいに燃えない炭も探さなきゃならん」


(もし王様の厨房が、あの城門みたいに『欠陥品』だったら、自分でコンロを作る羽目になりそうだな)

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