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07

ラヴィラント王国には、単に壁があるだけではなかった。それは、地平線に対する地形的な侮辱とも言える代物だった。王国の民にとって、この日光石サン・ストーンで築かれた500フィートもの城壁は「女神の盾」であり、一千年にわたる包囲網を退けてきた守護のルーンが刻まれていた。 だが、魔導師サトゥリの目には、それはただの「石材の巨大な無駄遣い」にしか見えなかった。


「雨を凌ぐにしちゃあ、ちと大層すぎやしないか?」 サトゥリは首を後ろに傾け、188センチ(6フィート2インチ)の巨躯を風に預けるようにして尋ねた。 「俺の故郷じゃ、藁と竜石がありゃ十分だ。こんなに高く積んだら、山羊ヤギの連中が挑戦状だと勘違いしちまうぞ」


「サトゥリ様、あれは『アイギスの壁』なのです」 セラフィナ王女は、王都のエリート特有の旋律のような震え声を絞り出した。彼女は法衣の下に隠された『皇日繋コウジツナギ』のペンダントを握りしめ、Sランク級の災厄を家庭の害虫のごとく扱う男に視線を走らせた。 「第十階梯の大地マナが込められているのです。大竜グレート・ドラゴンですら、傷一つ付けることは叶いません」


「マナ、か」 サトゥリはうなじを掻きながら呟いた。黒と白の羽織が、下界の「重い」谷風にたなびく。 「あんたらは小難しい言葉が好きだな。石が良ければ建ち続け、悪ければ崩れる。山の理屈ロジックなんてのは、それだけのことだ」


正門に近づくにつれ、空気の色が変わった。石畳を叩くサトゥリの雪駄せったの「カツン、シュッ」という規則的な音が、鎧を纏った四人の衛兵の軍靴の音よりも大きく響き渡る。 鉄板のプレートアーマー——サトゥリが内心で「昼寝には不向きだな」と評した装備——に身を包んだ門番たちが前へ出ると、ハルバードが金属音を立てて交差した。


「止まれ! セラフィナ様、お許しください。現在、王国は『カラミティ・ベア』の目撃情報によりレベル3の警戒態勢にあります」 先頭の衛兵が吠えるように言った。その視線が、長い黒髪を後ろで束ね、鏡の破片を湾曲させたような武器を携えた、そびえ立つように寡黙な男に留まった。 「……そちらの御仁は何者です? ギルドの証もなければ、マナの気配シグネチャーもない。まるで、そこに実体がない『虚無』のようだ」


「それは、彼が礼儀を尽くしているからだ」 ライナー隊長が、山の「摩擦」を目撃した時の青ざめた顔で囁いた。 「信じてくれ。彼の『存在プレゼンス』が解き放たれるところなど、見たくはないはずだ」


政治的なやり取りを無視して、サトゥリは門の脇の台座に置かれた巨大な水晶球を凝視していた。世間では、これは「真実の眼」と呼ばれ、旅人のマナの「表面張力」を測定して、潜伏する魔物や高位の侵入者を検知する装置だった。


「これが通行料か?」 サトゥリはタコのできた手を伸ばした。 「あんたが言ってたコインは持ってないが、高山育ちのミントの葉ならある。消化不良に良く効くぞ」


「ダメ! 触れないで——!」 セラフィナが叫んだが、もう遅かった。


サトゥリの掌が水晶に触れた。彼にとっては、単に装飾用のガラスを触ったに過ぎない。しかし、原子レベルにまで至る十年の精神修行により研ぎ澄まされた彼の「剣意」は、眠っている間ですら常に発動していた。


「真実の眼」は、単に光るだけでは済まなかった。衛兵の手にある鉄のハルバードが共鳴して震えるほどの周波数で、水晶が唸りを上げ始めた。球体内部のマナ流体は一瞬で沸点に達し、音速を素振り(ベースライン)とする男の「正体不明アンノウン」を受け止めきれなくなった。


——パリン!


伝説のアーティファクトは「振動同調」を引き起こし、千個の輝くダイヤモンドとなって砕け散った。


正門に、絶対的な静寂が訪れた。衛兵たちは膝をつき、王女は両手で顔を覆った。 サトゥリは手を引っ込め、心底がっかりしたような表情を浮かべた。


「やっぱりな」 彼はため息をつき、ライナーの方を向いた。 「下界のものは、どれもこれも脆すぎる。不良品のガラスを掴ませやがって。この街の塩も、まさか質の悪いもんじゃないだろうな?」


彼は門を通り抜けた。その「存在プレゼンス」はあまりに完璧に隠蔽されていたため、通りの平民たちは巨漢が通り過ぎたことすら気づかなかった。ただ、オゾンと山の松の香りが微かに漂う、鋭い突風が吹いたことだけを感じた。


「サトゥリ様、待ってください!」 セラフィナが慌てて後を追った。 「まだ登録が済んでいませんし……その、台所も探さないといけませんから!」


サトゥリは振り返らなかった。彼はすでに、近くの香辛料の屋台をじっと見つめていた。 「粗塩がなきゃ、北の斜面に帰るからな」 彼は独り言を漏らした。 「洗濯物の邪魔をする『デカいアライグマ』を何匹蹴り飛ばすことになろうと、知ったこっちゃない」

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