03
サトリに言わせれば、彼の家までの登山は「食欲をそそるための軽い散歩」だった。 だがセラフィナ王女と衛兵たちにとって、それは文字通りの「死の地帯」への登攀であった。標高5,000メートルを超えると気圧は急激に低下し、気圧公式によって示される物理的な現実が彼らを襲う。この高度では、並の人間なら心停止を防ぐために「酸素魔法」や「空気圧縮陣」を必要とする。
しかし、サトリは尖った玄武岩の岩石から岩石へと軽快に跳ねていた。静かな強さを象徴する「青海波」の模様が描かれた白黒の羽織は、空気が薄いはずの場所で穏やかにたなびいている。 「皆、大丈夫か?」 助走なしの「基本」の跳躍で、12メートルもの崖を飛び越えたサトリが上から見下ろした。「顔が真っ赤だぞ。麓で流行り病でも出ているのか?」
「それは……魔力の……密度が……」 ライナー隊長は、酸素を求めてあがきながら鎧をガシャガシャと鳴らして喘いだ。高度のせいだけではない。サトリから放射される「剣気」があまりに濃密で、まるで見えない刃の中を歩いているようだった。サトリにとっては単に「集中」しているだけなのだが、衛兵たちには周囲8キロの魔物を制圧するSランクの「存在領域」に感じられた。
「もうすぐ着くぞ」 サトリが霧に包まれた山頂の端に危うく佇む、小さな建物を指差した。「少し手入れが必要なボロ家だがな。火の雪が降ると雨漏りするし、床板もその辺で見つけた古い端材だ」
ついに「小屋」にたどり着いたとき、セラフィナは疲労ではなく、純粋な困惑から気を失いかけた。 その「手入れが必要なボロ家」は、魔術師が1万ゴールドもする杖を作るために用いる伝説の素材「神天木」で丸ごと建てられていた。「雨漏りする屋根」には古代の氷龍の鱗が葺かれており、サトリはおそらくそれを「少し厚めのスレート」か何かと勘違いしているようだった。
「さあ、入ってくれ」 名匠が鍛え上げた楽器のような精密さで、音もなく滑る扉をサトリが開けた。「茶を淹れよう。庭で摘んだただの雑草だから、期待はしないでくれ」
彼は小さなキッチンに入り、「日常的」な作業を始めた。炉は使わず、鉄瓶の底にそっと触れる。かすかな音と共に、水は一瞬で沸騰した。客人の目には、それが第四位階の「無詠唱発火」に見えた。サトリにしてみれば、火を起こす手間を省くために少し「体温」を使っただけのことだ。
彼が出した「雑草」——その乾燥した葉は、衛兵たちの肺のうっ血を瞬時に解消するほど神々しい香りを放った。 「これ……これは『亀甲草』……」 セラフィナは震える手で木杯を持ち、囁いた。「長寿の秘薬に使われるSランクの薬草です。葉の一枚で小国が買えるほどの……」
「そうなのか?」 サトリはあぐらをかいて座った。188センチの彼の体躯は、小さな部屋をさらに狭く感じさせた。「いつもはヤギの消化不良を治すのに使っているんだ。二回ほど煮出さないと、かなり苦いからな」
サトリは羽織の懐から、使い古された小さな品を取り出した。川原の石のような形をした、シンプルな木のペンダントだ。王女からようやく差し出された塩の袋を受け取ろうとして、彼はそれをテーブルに置いた。 セラフィナの目がそのペンダントに釘付けになり、息が止まった。木自体はありふれたものだったが、そこに彫られた複雑な「工字繋ぎ」の紋様は、ラヴィラント王室の個人紋章だった。
「そのペンダント……」彼女は何とか声を絞り出した。「どこで手に入れたのですか?」
サトリは石を見つめ、その無表情な顔を一瞬だけ和らげた。 「十年前だ。川から私を引き上げてくれた子供がいた。その子が霧の中に消える前に、これを落としていってな。ずっと返したいと思っていた」
セラフィナはペンダントと、目の前の「摩擦の火花」で厄災の熊を焼き尽くす男を交互に見た。十年前、溺れていた少年を救った「子供」は少年ではなかった。それは、生まれて初めて山を見るために王宮を抜け出した彼女自身だったのだ。
「あなただったのね……」彼女は呟いた。
「塩のことか?」 サトリは彼女の気づきに全く気づかないまま、干し肉にたっぷりと塩を振りかけた。「ああ、実にいい。使い慣れたものより少し細かいが、いい感じの『魔力(MP)』のキレがある」
突如として、上の山頂から巨大な轟音が響き渡った。小屋が揺れることはなかった——神天木の構造があまりに堅牢だったからだ——だが、外の空が打撲痕のような不気味な紫色に染まった。
「やれやれ」 サトリは溜息をつき、立ち上がって刀に手を伸ばした。 「北斜面の『大きなアライグマ』が戻ってきたようだな。二度と洗濯物に触るなと言ったんだが……どうやら本気を出さねばならんらしい」
セラフィナは窓の外を見た。その「大きなアライグマ」とは、先月三つの国境砦を壊滅させたSランクの災厄、三つ首のキメラだった。
サトリは雪の中へと足を踏み出し、その存在感はすでに山の霧の中へと溶け込み始めていた。 「ここで待っていろ。すぐに済ませる。床を汚したくないからな」




